ウクライナの原子力発電所の状況 #83


ウクライナの状況に関するIAEA事務局長声明 166号(現地時間2023616日)[仮訳]

国際原子力機関(IAEA)のラファエル・マリアーノ・グロッシー事務局長は今週、紛争開始以来、ウクライナのザポリージャ原子力発電所(ZNPP)に3度目の訪問を行い、カホフカ・ダム崩壊事故がZNPPの安全に与える影響を評価するとともに、ZNPPに駐在するIAEA専門家チームの交代を実施した。

事務局長とそのチームは、6月6日に下流のダムが深刻な被害を受け、ZNPPに冷却水を供給する巨大な貯水池の水位が大きく下がり始めてからおよそ1週間後、最前線を越えて欧州最大の原子力発電所であるZNPPに到着した。

今週初めには、キーウでウォロディミル・ゼレンスキー大統領と会談し、飲用水、保健、土壌・水管理から重要インフラの健全性評価に至るまで、原子力技術の応用を通じて、その後の洪水の被害をウクライナが復興できるよう支援する新たなIAEA技術支援パッケージを提示した。

2022年2月以降、8度目となるウクライナへのミッション派遣は、現在ロシアが支配するZNPPに近いザポリージャ州を含め、ウクライナ軍の反攻が進む中で行われた。

「ZNPP近郊で軍事行動が激化し緊張が高まる中、先日のダムの大惨事によって、ZNPPの極めて困難な原子力安全およびセキュリティの状況がさらに複雑化している。このタイミングで私が再び現地に赴き、新たな水関連の問題を管理するためZNPPで進行中および計画中の対策など、現場の状況を確認することは非常に重要であった」と、グロッシー事務局長は語った。

昨日、6月15日のZNPPでの滞在中、グロッシー事務局長は、カホフカ貯水池の水位が過去10日間で著しく低下し、以前は水没していた砂州が露出したこと、また、貯水池が使用できなくなった場合に備えて、サイト内やその近くに大型の冷却池や複数の水路があり、短・中期的に冷却水を供給できる十分な蓄えがあることを直接確認した。

現在、近隣のザポリージャ火力発電所(ZTPP)の放水路の水は、運転停止中の6基の原子炉と使用済燃料を冷却するためにZNPPのスプリンクラー冷却池に供給され、あるいは別の冷却池の枯渇を防ぎ、満水状態を維持している。

放水路と大型冷却池を合わせると、そのままであれば数か月は冷却水を供給できるが、蒸発や将来的な漏れの発生など様々な外的要因を考慮すると、既存の貯水量がいつまで保てるかは正確には予測不能である。

また、ZNPPの近くでは、貯水池の他のエリアとは異なり、数日前に水の損失が止まったため、貯水池からの水資源が残っているとの情報もあるが、ポンプで汲み上げできるほどの水位かどうかは不明である。ポンプが最後に稼働したのは約1週間前であった。

グロッシー事務局長は、IAEAの専門家チームとともに、大型冷却池とZTPPの放水路を貯水池から分離するゲートなどのサイトの給水システムのすべての主要部分と、これらの水域の安全性と保全を確保するためのZNPPの方策を評価した。

例えば、漏水を防ぐために隔離ゲートを密閉し、補強する作業が完了している。グロッシー事務局長は、カウンターウェイトと砂で補強されたゲートの様子を直接確認した。

「原子炉を冷却するための十分な水を確保するためには、これらのゲートの完全性を維持する必要がある。同時に、ZNPPはより長期的な解決策を講じることが不可欠である。IAEAのチームは、この作業を支援し助言することができる」と語った。

グロッシー事務局長は、ZNPPの対策は、予備の水供給オプションを追加で準備するための時間的余裕をもたらすものであると指摘した。

ZNPPは事務局長に、地下水システムと敷地内の井戸から追加の冷却水を汲み上げることができると報告した。しかし、これらの井戸が必要な水をすべて確実に供給できるかどうかはまだ不明だという。また、貯水池の水位が低くても水を利用し続けられる可能性のある新しいポンプの設置も検討している。

「ダムの決壊により、ZNPPの水供給チェーンの脆弱な箇所が特定され、システム全体を新たな状況に適応させる必要がある。しかし、ZNPPがこれらの課題に対処し、状況を安定させ、将来的にも十分な冷却水を確保できるようにするための具体的な措置を講じていることも分かった。この状況は深刻であり、我々の継続的な監視が必要である。しかし、今のところ、コントロールされている」と事務局長は述べた。

事務局長は、5月30日の国連安全保障理事会で、軍事的リスクが高まる中、原子力発電プラントを守るためのIAEAの5つの基本原則(プラントを攻撃しない、プラントから攻撃しない、プラントを重火器の貯蔵所として使用しない等)を定めたことを受け、ダム崩壊以前からZNPPへの訪問ミッションを予定していた。

「今後は、ZNPP近郊で軍事行動が激化の兆しを見せていることから、上記5つの基本原則が遵守されているかどうかを監視することになる。そのためには、IAEAのプレゼンスが強化される必要がある」と述べた。

この地域の緊迫した状況を示すように、事務局長の車列は視察からの帰路で、銃声が聞こえたことにより数分間の停止を余儀なくされた。しかし、車列が直ちに危険にさらされることはなく、また、銃声に関する詳細は不明だ。

今週のミッションでは、事務局長がIAEA専門家の新たな交替を実施し、約10か月前に同サイトにIAEAザポリージャ支援/調査ミッション(ISAMZ)が設置されて以来、9度目のチームを同伴した。交代は定期的に行われているが、天候や一般的な治安情勢に起因する遅延や延期が数度発生している。

また事務局長は、ZNPPから数キロ離れたZTPPも視察した。ZTPP電力開閉所は破損する以前は、ZNPPへの330kVの予備電力を供給していた。ZNPPの最後の330kV予備送電線は約4か月前に破損しており、IAEAは開閉所の状態を確認するためにZTPPへのアクセスを要求していた。

ZNPPでは、廃水処理に必要な蒸気や、原子力安全とセキュリティに重要な計装・制御システムを備えた部屋の空調を行う蒸気駆動の冷却システムの維持のため、6基の原子炉の内1基が温態停止状態で運転し続けている。一方、ZNPPは、蒸気の生産および必要な冷却を行うために代替案も模索している。他の5基は引き続き冷温停止中である。

先週、IAEAはウクライナの他の原子力発電所(フメルニツキー、リウネ、南ウクライナ、チョルノービリ・サイト)でも専門家チームの交替を実施した。さらに、IAEAは原子力発電所への初の医療支援ミッションを派遣した。

https://www.iaea.org/newscenter/pressreleases/update-166-iaea-director-general-statement-on-situation-in-ukraine


※日本原子力産業協会は、ウクライナの原子力発電所及び都市名等の名称については、ウクライナ語および表記・発音に基づく以下の表記を使用します。
 フメルニツキー、リウネ、南ウクライナ、ザポリージャ、チョルノービリ(チェルノブイリ)、
 キーウ(キエフ)、ハリキウ(ハリコフ)

※ロシア軍によるチョルノービリ原子力発電所の占拠期間:2022年2月24日~2022年3月31日

 ロシア軍によるザポリージャ原子力発電所の占拠期間:2022年3月4日~