特集「終わりのない原子力の安全性向上に向けて」 原子力安全推進協会理事長・松浦祥次郎氏
期待に応え、活動重点化し原子力産業界の自主的な安全性向上を牽引
高い目標掲げ、活動は第二ステージに、規制委との相互補完的関係構築も視野
自主的な安全性向上に向け、原子力産業界を牽引する原子力安全推進協会の松浦祥次郎理事長に、これまでの活動を踏まえて今後の取組みについて聞いた。事業者との密接なコミュニケーションを通じて実績と経験を積みながら、発電所の円滑な再稼働への支援と再稼働後の運転の安全確保にしっかりと対応する、という重要課題にフォーカスし、事業の重点化など継続的な改善をはかる姿に「安全文化醸成の範」たろうとする覚悟と熱意がうかがわれた。
- 原子力安全推進協会(JANSI)設立から4年が経過し、原子力の安全性向上に向け取り組んでこられたが、どの程度軌道に乗ってきたものと考えているか。
JANSIは、福島第一原子力発電所の事故の反省にたち、二度とこのような事故を起こさないという認識のもとに設立された。その設立からをざっと振り返ると、いまは第二ステージに入ったところだ。
事故以前の安全確保の考え方は、規制当局の要求に応じることが基本にあり、これにしっかり対応していれば安全は一応確保できる、との認識が強かったと思う。しかし事故後、規制要求にこたえるだけでは安全確保が十分にできるわけではないという反省から、自主的な安全性向上の必要性が認識された。
規制の要求に対して事業者がさらに何をするべきか、特に原子力がもっている特有のリスクを考えたときにどうしていくべきか。それがいわば自主的な安全性向上の主眼であり、そのための具体的な活動を引っ張っていく自主規制組織としてJANSIが設立された。
JANSIの前身である日本原子力技術協会(JANTI)は、原子力発電所のトラブルなどに対しオーバーサイト(監視)して安全性の向上を図るために設立された。組織の先例としては米国の原子力発電運転協会(INPO)があり、これをモデルとした。JANSIとしての活動も引き続きINPOを参考としており、現在も協力関係にある。ただ、JANTIの状況と異なり、JANSI設立当時における原子力産業の重要課題は再稼働をいかに円滑に進めるかということであった。安全を確認した上で、原子力発電を活用していくことが、日本全体としても重要であるからだ。そのため、原子力規制委員会の新規制基準を満たしハード・ソフトの両面で対応をしっかりと行うことが重要であるが、これは電気事業者の役割で、JANSIはむしろ再稼働した後の運転の安全確保に取組むべき、という基本的な考え方で設立当初の5か年計画を策定した。これが第一ステージだった。
一昨年にはJANSIの活動の進展について、INPOから自主規制組織としてのあり方との比較評価を受け、いくつかの建設的な批判が示された。その結果、JANSIは事業者とのコミュニケーションを一層活発にして安全性向上の強化につなげるべきとの認識に至った。そして時間をかけ問題点を洗い出し、対応策を昨年7月までにまとめた。具体的には、原子力安全にフォーカスすることや、リーダーシップ、オーバーサイト、ガバナンスの観点で自主規制組織の理念を再構築して、組織全般の構造と機能の抜本的改善を行った。特に、職員各自と組織全体の活動に明確な目標を示すため、「JANSIの活動規範」と「自主規制組織としてJANSIが目指す姿」を制定し、今後の活動達成目標と基準を明確に示した。
INPOの評価でも強調されたことだが、原子力発電所が円滑に再稼働し安全で安定した運転が保たれることが当面する最も重要な課題である。そのためにJANSIが特段の力を発揮するよう、このたび改定した「5か年計画 2016-2020」に基づき第二ステージの活動を進めているところだ。
これまでの活動で、事業者にも自主規制組織としてのJANSIに対する認識と期待が高まったと考えている。1月には電気事業連合会の勝野哲会長(中部電力社長)がJANSIに来られて、自主規制組織の重要性をいかに認識し、JANSIという組織のあり方に高い期待をもっているかについて、職員を前にはっきり表明された。これは印象深く、意義深いことだったと思う。
- 第二ステージの活動へと歩みを進める区切りとなった昨年7月に実施した組織改正のねらいは改めてどのようなものか。
前身のJANTIは、当時の状況を踏まえて、原子力産業界からのいろいろなニーズに柔軟に対応できるように組織は各部門が並列するフラットな形としていた。
しかし、JANSIは、安全性の向上に向けて進めるべき事業をより重点化し、発電所の円滑な再稼働と安全で安定した運転の確保といったミッションを効果的に遂行するためにミッション・オリエンテッドな組織とした。そして、ピアレビューの実施、安全性向上策の提案、また基盤的支援活動といったJANSIの3つの事業の柱をベースとした構造に改め、ガバナンスの強化を図っている。
INPOの場合は豊かな人材を擁しており、現状、フラットな組織としているが、JANSIは限られた人的資源を効率的に運用して一つ一つ成果をあげていく方針で、原子力産業界の状況変化などに柔軟に対応し、今後も適宜、組織を見直していくことを考えている。
- 自主的な安全性向上に向け、例えばピアレビュー活動などを重点的に進めているが、世界原子力発電事業者協会(WANO)などとの連携強化についてはどのようにお考えか。
JANSIの3つの事業の柱のうち、ピアレビューは、日本の原子力産業界が原子力安全のエクセレンスを追求していくための重要な活動である。その意義は、レビューチームと発電所が協働して、自らでは見つけにくいエクセレンスとのギャップを見出し、発電所が自らそれを解消し、原子力施設の安全性・信頼性をさらに向上させていくことである。
ピアは言葉の通り“仲間”という意味だが、評価者と発電所のカウンターパートが原子力に携わるプロフェッショナル同士として信頼関係を築き、現場の観察と妥協のない真剣なコミュニケーションを行っていくことが重要だ。
現在は、JANSIと日本の事業者からの評価者だけでなく、WANOからのメンバーも加えて行っている。ピアレビューは米スリーマイル島原子力発電所(TMI)事故を受けて発足したINPOが実施したのが最初で、それがチェルノブイリ事故の際には世界的に実施すべきとの認識から、INPOの活動を参考にしてWANOが設立されたという経緯がある。
- JANSIの取り組む自主的な安全性向上に向けた活動の意義・効果を、社会にどう発信していくべきとお考えか。
INPOもWANOも自分たちの活動については公表していない。現場と密接に事実の確認や議論をするため、そして、安全性向上を第一としてその実をあげるためには、すべてを公表することは必ずしも良い効果を表さないことを、これまでの経験によって学んでいるからだ。JANSIはWANO東京センターの一員であり、WANOの原則を守るべき立場でもある。JANSIの活動を通じて得られた成果の中で紹介したほうがよいものは、事業者自身が判断され、説明されることが適切だと思う。
ただ、JANSIの活動がもう少し見えるように工夫したらどうか、とのご意見を組織の内外からいただいていることも事実なので、自主規制組織としてのJANSIの特性を損なわない範囲で、一つ一つ確認をしながら、活動の紹介などを行いたいと考えている。
- 最後に、国の規制を預かる原子力規制委員会(NRA)との関係について、どのようにお考えか。
米国では、原子力規制委員会(NRC)とINPOが相互補完的な関係で安全性向上に取り組んでいる。両者は協定に基づいて情報交換を活発に行っているとともに、NRC委員長とINPOのCEOは頻繁に会い、コミュニケーションをとっている。
NRCは原子炉監視プロセス(ROP)の仕組みの中で、コンプライアンスの観点から各発電所の安全性をランクづけして、問題のある発電所はかなり厳しく検査するなど、合理的な検査制度を運用している。一方、INPOではピアレビューを実施し、パフォーマンス指標(PI)と併せて発電所の安全性を評価し、パフォーマンス重視の立場で事業者の自主的な安全性向上の取組みを促している。INPOはその評価結果を公表することはしない。しかし、両者は互いの活動の適正さを評価し合っている。
日本においても、NRAとJANSIの関係を、米国のNRCとINPOに近い形で具体化することがよいのではないかと考えている。JANSIではこうした関係作りに向けてNRAとも意見交換を行っており、今後、着実に進展していくことを期待している。