原子力産業新聞

風の音を聴く

ジャーナリストとして国際報道の最前線を、時に優しく、時に厳しく、歩み続ける筆者によるコラム。──凛と吹く風のように。

太平洋島嶼国と日本

16 Apr 2015

天皇皇后両陛下の戦没者慰霊のためのパラオご訪問で、ミクロネシア諸島地域と日本との歴史的紐帯にあらためて思いを致した人も多いだろう。私には「太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います」というお言葉がことのほか心に響いた。

実際、ペリリュー島の「西太平洋戦没者の碑」への供花でも玉砕したアンガウル島への拝礼でも、悲しい歴史を秘めて周囲に広がるコバルト・ブルーの海はどこまでも美しく、平和そのものだった。

パラオだけではない。ミクロネシア、メラネシア、ポリネシア…と太平洋島嶼国・地域のどこにも美しい海がある。初めてキリバスやバヌアツを訪れた時も、比類のない海の美しさと海が生み出す活力に圧倒された。

しかし目をふと島の暮らしに向けた時の、もう一つの忘れ難い印象は、水資源、環境、エネルギーというもっとも今日的な課題に脆弱な島嶼国・地域の姿だった。強い陽光と透明な海、真っ白な砂浜。けれど足元には飲み干しのペットボトルや空き缶、プラスチックごみの数々。

赤道直下、ギルバート諸島、フェニックス諸島、ライン諸島という3つの諸島群から成るキリバスの首都タラワを訪れ、海面上昇の実情を取材するため海岸を車で回った時も、こうしたゴミの山に何度か遭遇した。国土の総面積は対馬とほぼ同じ720平方キロ。33にのぼる島々は珊瑚礁だから、地中に埋めることも、最終処分場の確保も容易ではない。海はあるが水は足りない。バヌアツもパラオも程度の差はあれ、島嶼国に共通する課題であり悩みだ。

バナナにタロイモの昔ながらの食生活に全面的に戻るのは無理だとしても、缶詰に依存する食生活の改善やごみの分別、リサイクルの徹底などライフスタイルを変えていかないと、環境劣化で取り返しがつかなくなるのではと感じた。

エネルギーも原油を産出するパプアニューギニアのような国は例外として、大半は石油も石炭も出ない。原子力という選択肢はない。電力は化石燃料によるディーゼル発電が中心で、コスト高が国家財政を圧迫する。

このため再生可能エネルギーを活用し、電力の安定供給を目指す取り組みが島嶼国で始まっている。トンガでは今年3月、日本の無償資金協力(約15.7億円)でマイクログリッドシステムと太陽光発電システムが導入された。大洋州では初めての試みで、国際協力機構(JICA)によると、トンガは2020年までに電力供給の50%を再生可能エネルギーに置き換えることを目標にしているそうだ。

またディーゼル発電に関しても、燃料消費量が最小となるように出力配分を行う「経済負荷配分」というノウハウを大洋州に広めるため、JICAと沖縄の企業が研修を立ち上げ、すでにそこで学んだキリバスやフィジーの研修員たちが母国で取り組みに成功している(JICA「ムンディ」3月号)。

先に島嶼国に原子力の選択肢はないと書いた。しかし太平洋島嶼国は放射性物質の輸送ルートにあたっており、まったく無関係というわけではない。またキリバスの国土の半分を占めるクリスマス島は、1957年~58年に英国が、62年には米国が核実験を行った。人口の90%が住むギルバート諸島の過密状態を解決するため、政府には同島への移住計画もあるのだが、国内から足がない遥かポリネシアに近い離島であることがネックとなっている。

両陛下のパラオご訪問で、太平洋島嶼国には「悲しい歴史」を超えて、親日的で心温かな人々が沢山暮らしていることも分かった。タラワも日米激戦の地だ。中でもとくに激しかったベシオでは1943年11月、激戦の末に約4,600人の日本兵が玉砕したとされる。私が訪れた2008年当時も、赤さびた砲台や爆撃を受けた軍司令部が灼熱の太陽の下、残骸をさらしていた。

折しも太平洋・島サミット(PALM7)が福島県いわき市で5月22~23日と開かれ、パラオのレメンゲサウ大統領はじめ島嶼国のリーダーたちが参集する。この地の人々のよりよい暮らしのために、日本は友好と協力を決して忘れないようにしたいものである。

千野境子Keiko Chino

Profile
産経新聞 客員論説委員
神奈川県横浜市出身。早稲田大学第一文学部卒業後、産経新聞社入社。マニラ特派員、ニューヨーク支局長、外信部長、シンガポール支局長、論説委員長などを歴任。最新刊は「江戸のジャーナリスト 葛飾北斎」。

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