原子力産業新聞

風の音を聴く

中東の地殻変動と日本外交

20 Jul 2023

中東が大きく動いている。

ウクライナだけでなく、こちらにも目を凝らしたい。

折しも岸田文雄首相が716日から19日までペルシャ湾岸のサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタールの3か国を訪問したが、これはひとまず置いて、まずは中東の地殻変動から。

今年3月、サウジとイランが中国の仲介で7年ぶりに外交関係の正常化に合意し、世界を驚かせた。アラブの大国とイスラム教シーア派の大国。地域覇権を競う両者は、2016年にサウジがシーア派指導者を含む47人をテロ関連で処刑したことからイランが激怒、断交していた。

7月現在、両国の代理戦争といわれるイエメン内戦に終わりは見えないものの、大使館業務は再開され、影響の拡散はこれからだろう。

5月には内乱のため資格停止中のシリアがアラブ連盟に復帰、国際的制裁の続くアサド大統領は12年ぶりに首脳会議に出席した。復権を助けたのは、かつて反アサド派に資金を提供するなどしてアサド政権打倒を目論んだサウジである。

少し遡って20211月にはサウジ、UAE、バーレーン、エジプト4か国の対カタール断交が米国の仲介により5年で終わった。陸空封鎖を解かれたカタールは息を吹き返し、中東・アラブ初のサッカーW杯開催は昨年、大成功し、同国はトルコのエルドアン大統領とエジプトのシーシー大統領との関係改善にも一役買った。

昨日の敵は今日の友、今日の友が明日の敵となるかどうかはともかく、動きは目まぐるしく風雲急を告げる感じ。

今回の秩序再編には特徴が少なくとも3つある。第1は地域の新しいプレイヤーとしての中国の登場だ。サウジとイランの仲介だけでなく、中国・湾岸協力会議(GCC)首脳会議や中国・アラブ諸国首脳会議をサウジの首都リヤドで初めて開くなど布石を着々と打ち、「中東の警察官」米国に対抗しようとの野心が垣間見える。

2はこれとも関連して米国の影響力の低下だ。2003年に米軍主導で始めたイラク戦争から20年。内政安定には程遠いにも関わらず、米軍はアフガニスタンに続いてイラクからも一部を残し撤退した。6月初めにブリンケン国務長官が訪問先のサウジで「米国はこの地域に留まる」と述べたのは、裏返せば米国が引いて行くことに対する地域の懸念を認めたのに等しい。

そして第3はイラクやリビア、エジプトなど「アラブの春」の政変から立ち直れないアラブ諸国に代って、サウジやUAE、カタールなど湾岸首長・王国のプレゼンスの向上だ。

中東問題に素人の独断を許して頂けば、これが一番興味深い。同じ権威主義体制でありながら「アラブの春」を凌いだ首長・王国の強靭性。ウクライナ戦争によるエネルギー問題の深刻化を強みに転化する外交・発信力。米中対立の波及を懸念しつつも、「湾岸の湾岸による湾岸のための」地域益や国益を追及する自律的な第一歩かもしれないからである。

ところで今年は第1次石油危機から50年でもある。スーパーの棚からトイレットペーパーが消えた、あの騒動はもう口の端にも上らない。50年は早や歴史であると同時に、石油は依然として基幹エネルギーだとしても、時代の潮流は産油国の湾岸諸国でさえ脱石油時代を見据えて原子力発電や太陽光など再生可能エネルギーの導入を図り、エネルギーの多角化に向かっている。中東のもう1つの、目が離せない動きだ。

その意味で、岸田首相が脱炭素化やエネルギーの安定供給に焦点を当て、数十社の企業幹部を率いて歴訪したのは当然だし、理に適っている。サウジは石油依存経済からの脱却が最優先課題だし、UAE11月の第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)では議長国を務める。カタールも2030年までに総発電量に占める再生可能エネルギーの割合を20%にするのが目標だ。

ただ首相訪問だけ従来通りの経済資源外交に終わる。首脳会談などの成果を踏まえ、米中や湾岸諸国の秩序再編の動きにも傍観者の立場を返上し、振り返った時に歴訪が日本の新たな中東外交への転換点だったなることを期待したい

千野境子Keiko Chino

Profile
産経新聞 客員論説委員
神奈川県横浜市出身。早稲田大学第一文学部卒業後、産経新聞社入社。マニラ特派員、ニューヨーク支局長、外信部長、シンガポール支局長、論説委員長などを歴任。最新刊は「江戸のジャーナリスト 葛飾北斎」。

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