原子力産業新聞

風の音を聴く

大統領選に見る米国のダイナミズムと復元力

07 Aug 2024

世界の人口の半分を超す45億人強が投票箱に向かう空前の選挙年前半戦は、番狂わせやサプライズが相次いだ。

4〜5月のインド総選挙は、「400議席越え」をTシャツに印刷し、圧勝を目指したN.モディ首相率いるインド人民党(BJP)が、蓋を開ければ大量議席減で単独過半数を失った。

6月の欧州議会選では極右・国民連合の躍進に危機感を覚えたE.マクロン仏大統領が、解散総選挙の賭けに打って出たものの、今度は急進左派の勝利を許してしまった。

イランはE.ライシ大統領のヘリ墜落による事故死で予定にない大統領選挙を実施、決選投票で改革派が勝利する二重の想定外を生んだ。

波乱万丈のレースは「事実は小説より奇なり」がピッタリだった。そして最後の最後に、前半戦最大のサプライズが待っていた。

米大統領選挙の予備選で既に候補指名に必要な代議員数を確保していたJ.バイデン大統領が、D.トランプ前大統領とのテレビ討論に失敗、民主党重鎮や有力メディア、大口献金者らによる高まる辞任圧力にレースから撤退、アッという間にカマラ・ハリス副大統領へ候補がスイッチしたのだ。

このニュースに有権者が「やっと大統領選が始まった気がする」とCNNで語っているのを見て、全米の多くの有権者の正直な気持ちではないかと感じた。私もまったく同感だ。

1月から始まった予備選で、民主党はバイデン氏への挑戦者が現れず、共和党もトランプ氏の対抗馬は皆、早々と消え、予備選はあってないも同然だった。4年前と同じ顔触れは、「老々対決」とか「衰え隠せぬ老人 VS. 嘘つき重罪人」などと揶揄され、「ダブルヘイタ(バイデン大統領VS.トランプ前大統領=どっちも嫌)」の戦いになることが避けられないとみられていた。

それが今や対決の構図は一変。決めるのは米有権者だし、ハリス氏の大統領としての潜在能力も未知数だが、土壇場でのどんでん返しは、米大統領選の及ぼす影響力の大きさを思えば、世界にも決して悪くなかった。

私は米国の最大の強みはダイナミズムと復元力にあると考えて来た。そしてその源泉が大統領選挙である。4年に一度、国を挙げて大統領選挙という名の長距離レースを行うことで、政治のダイナミズムや社会の活力を取り戻し、その長丁場をフェアに全力で戦い抜いた勝者だからこそ、変革と前進を担う指導者になることが出来ると思うのだ。

「ようやく始まった」大統領選は、115日の投開票日まで3か月の短期決戦となった。この際、時間の短さには目を瞑る他ない。選挙戦が選挙戦らしくあることが肝心なのだから。

今回はDEIMAGAの戦いとも言われる。前者はDiversity(多様性)、Equity(公平性)& Inclusion(包括性)の略で、女性、アジア系、黒人のハリス氏(59歳)を体現する標語だ。後者はMake America Great Again(アメリカを再び偉大な国にするの略で、トランプ氏(78歳)の専売特許である。

共和党大会直前の銃撃事件で、血を流しながら拳を突きあげ強い指導者ぶりを示し、一躍優位に立ったトランプ氏に対して、DEIで女性や若者、無党派層にアピールするハリス氏も巻き返し、支持率は目下、拮抗している。ハリス氏がご祝儀相場を今後、本物に出来るかがカギだろう。

最後は接戦7州(ペンシルベニア、ウィスコンシン、ミシガン、ネバダ、アリゾナ、ノースカロライナ、ジョージア)が帰趨を決める構図に変わりはないのかもしれない。

振り返って選挙年前半戦は、ロシアやベネズエラ大統領選、バングラデシュ総選挙に見るように、民主主義の悪用や形骸化による権威主義・独裁体制の増加を生んだ。また韓国やインド、欧州議会選挙に見るように分断・対立も一層拡大し深まった。

米国も「老いの一徹の再選 VS. リベンジ権力奪還」という不毛の対決を回避出来たのは朗報だが、勝敗が社会の分断・対立を激化させる懸念は大きい。ハリス氏は勝ち負けどちらであれ初挑戦を糧に、トランプ氏には「寛容な勝者もしくは偉大な敗者」になってほしいものだ。その意味でダイナミズムと復元力を確かなものにするのは、これからに掛っている。

千野境子Keiko Chino

Profile
産経新聞 客員論説委員
神奈川県横浜市出身。早稲田大学第一文学部卒業後、産経新聞社入社。マニラ特派員、ニューヨーク支局長、外信部長、シンガポール支局長、論説委員長などを歴任。最新刊は「江戸のジャーナリスト 葛飾北斎」。

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