原子力産業新聞

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ジャーナリストとして国際報道の最前線を、時に優しく、時に厳しく、歩み続ける筆者によるコラム。──凛と吹く風のように。

スイス国民投票に見る民主主義とは?

01 Jan 2021

120日、バイデン氏は第46代米大統領就任式で何を語り、ドナルド・トランプ前大統領はその時、どこで何をしているだろうか。

2020年の米大統領選挙ほど、民主主義について考えさせられた選挙もなかった。アメリカ民主主義も地に堕ちたと嘆く人がいれば、このドタバタ劇こそ民主主義だと言う人もいた。

今は世界が民主主義のあるべき姿を求めて試行錯誤し、苦闘している時代なのかもしれない。直接民主制を採るスイスで、170年以上の歴史がある国民投票にしてそれが当てはまりそうだ。

国民投票は毎年4回行われる。「軍需企業への融資禁止」といった国家安全保障の問題から「牛の角の除去」という暮らし密着型まで、テーマはさまざま。2020927日に行われた5件も、

  1. 人の移動の自由協定の破棄
  2. 戦闘機の購入
  3. 父親の育児休業の導入
  4. 子育て世帯への減税
  5. 狩猟法改正

と多種多様だった。

結果はBとCが可決、A/D/Eは否決。スイス公共放送(SWI)によると、賛否が拮抗していたB(戦闘機の購入)は賛成50.1%、反対49.9%、票数にして8670票の僅差だった。連邦政府は老朽化した戦闘機刷新のため予算をつけ、議会もこれを可決したが、反対派が国民投票に持ち込んでいたのだ。

政府は新規調達の目途が立ちホッとしたに違いない。しかし僅差が逆だったらどうか。古くて危険でも乗らねばならぬ軍人、ひいては国家の安全は大丈夫か。しかし反対派ももう一押しだった。両派、一票の重さを痛感したことだろう。

一方、A(人の移動の自由協定破棄)は、反対61.7%が賛成38.3%を大きく上回り、圧倒的多数で退けられた。2002年に欧州連合(EU)と取り決めた協定の破棄を求め、保守政党が国民投票に訴えたものだ。

背景には近年、EUを揺るがしている移民・難民問題がある。EU非加盟のスイスでも移民は過去50年、国民投票で繰り返し議論されてきたテーマという。SWIによると今回の提案も頻繁に登場している。提案、否決、提案を繰り返してきたわけである。

山国スイスの国民性は質実で用心深く、時に閉鎖的とさえ言われる。しかし有権者が移動の自由協定に一貫して賛成票を投じてきたことは、スイス人のバランス感覚を物語る。しかも国民投票は有権者の過半数に加えて、州票も過半数を得ないと通らないから、ハードルは高い。

20201129日の、同年最後の国民投票にかけられた「責任ある企業イニシアチブ」がこれに該当した。スイスに拠点を置く多国籍企業が国外で人権侵害や環境破壊を犯した場合、法的責任を負わせようという同提案は、賛成が50.7%と過半数を超えた。ところが州単位で過半数が取れず、否決されたのである。

スイスは多国籍企業が集中する有数の国の1つ。税収や雇用の源であり、これが有権者の判断を左右した可能性が考えられる。本来は弱小州を守るため出来たルールだが、結果的に国民投票の乱発や暴走を牽制する役割を果たしていると言えそうだ。

スイスの国民投票は1848年に始まった。日本はまだ大政奉還(1867)前だ。以来、回数は600回を超す。毎年、毎度、面倒ではと思ってしまうが、過去20年の平均投票率は約4045%と聞けば、意外に高いのにビックリ。

また国民投票には、①義務的レファレンダム(1848~)、②任意的レファレンダム(1874~)、③イニシアチブ(1891~)--の3種類あり、①は憲法改正や国連といった超国家的組織への加盟など国家の重大事項、②は法律への異議申し立てで、有権者5万人以上の署名が必要、③は憲法条項の追加や廃止などを提案するもので、最低10万人の署名が要る。

SWIによれば、国民は①の7割を可決する一方、③の9割は否決しているというから、これまた驚きだ。箸にも棒にもかからない提案なのか、スイス人が志操堅固なのか。スイス人は多分、昨今の悪しきポピュリズムなどには流されないのだろう。

しかしスイス民主主義には提案する権利もある。先ほどのA(人の移動の自由協定破棄)のように、否決されても諦めずに何度も出す。否決率は上がる。どちらもタフな精神があってこそ、だろう。また否決を受けて、連邦議会がイニシアチブよりは内容的にゆるやかな間接的対案を作り施行、従わせることもある。これはもう民主主義の実験室である。

日本でも国民(住民)投票を増やすことへの期待が聞かれる。必要十分条件を満たせるか。彼我の違いは大きい。

千野境子Keiko Chino

Profile
産経新聞 客員論説委員
神奈川県横浜市出身。早稲田大学第一文学部卒業後、産経新聞社入社。マニラ特派員、ニューヨーク支局長、外信部長、シンガポール支局長、論説委員長などを歴任。最新刊は「江戸のジャーナリスト 葛飾北斎」。

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