原子力産業新聞

風の音を聴く

ジャーナリストとして国際報道の最前線を、時に優しく、時に厳しく、歩み続ける筆者によるコラム。──凛と吹く風のように。

ミャンマー 猫の首に鈴をつけられるのは?

08 Apr 2021

ミャンマーのクーデターからすでに2か月以上が経つ。事態は悪化の一途をたどり今や混迷の只中にある。国際社会の無力ぶりが、今回ほど露わになったことはないような気がする。

もちろん欧米は軍を制裁している。しかし決め手に欠く上に、何より事態打開への熱意や覚悟が伝わってこない。民政移管(2011年)前、自宅軟禁中の民主化指導者アウン・サン・スー・チー(スー・チー)氏の解放や民主化要求にあれほど熱心だった欧米メディアも、おとなしい。

中国やロシアは毎度の内政不干渉、国際社会の分断に国連安保理は機能不全も同然だ。常軌を逸する軍の行動は、国際社会のこうした体たらくも見透かしている。ミャンマーは内にあっては内戦化の、外にあっては見捨てられる二重の危機に瀕していると言える。

国際社会とくに欧米の冷めた対応は、必ずしも世界的に広がる「自国第一主義」のせいではない。むしろ民主化のシンボルとして、かつては欧米期待の星であった国家最高顧問兼外相、国民民主連盟(NLD)議長のスー・チー氏のロヒンギャ問題への対応ぶりに失望したことが、欧米の熱意不足の根底にあるように私には思える。

少し説明が長くなるが、「ロヒンギャ問題」が国際社会を揺るがしたのは、最近では2017年。イスラム過激派への軍の掃討作戦で60~70万ものロヒンギャ難民が発生し、隣国バングラデシュに逃れた。この悲惨な人道危機にスー・チー氏がロヒンギャの側に立たず、また軍の行動を非難しなかったことに欧米のスー・チー批判は高まった。一部ではノーベル平和賞剥奪キャンペーンさえ起きた。

身勝手なものだと、当時私はむしろ欧米に失望した。もちろん難民救済は大事だし軍の過剰な掃討作戦も問題がある。しかしロヒンギャ問題に同国が長年苦慮してきたことや、その淵源を考えれば、欧米はスー・チー批判に終始するより、問題解決に協力する方が先決ではないかと思った。

もともとロヒンギャはベンガル系イスラム教徒の人々で、ミャンマー西部ラカイン州に移住・定着した。しかしそこには仏教徒たちが多数派として先住しており、対立の芽が生まれた。さらに追い打ちをかけたのが第2次世界大戦だ。ラカイン人仏教徒を武装化し、対英戦争に使った旧日本軍に対して、英国はベンガルのイスラム教徒を武装化し、ラカインに送り込んだ。つまり仏教徒とイスラム教徒は日英の代理戦争をさせられたことになる(その意味では日本もロヒンギャ問題に責任の一端がある)。

こうした背景もあって、決して褒められることではないが、ミャンマー国民の反ロヒンギャ感情や差別感は強い。スー・チー氏の先の判断に、欧米のような批判が国内ではほとんど起きなかったことがそれを物語る。

スー・チー氏は政治指導者として国民感情を斟酌し、政権運営のために軍とも敢えて妥協したのだろうと当時は考えたのだが、後半に関しては違ったようだ。スー・チー氏と軍トップ、クーデター首謀者のミン・アウン・フライン総司令官との間には、民政移管時の元軍人テイン・セイン大統領との間にみられたような、国の発展のためタグを組んだ協力関係は、結局生まれなかったのだ。緊張・対立は続き、昨年の総選挙でNLDが圧勝すると、軍存亡の危機と焦燥感を募らせ、クーデターに走ったのだろう。

現在スー・チー氏は4件の罪状で訴追され、3月1日に首都ネピドーの法廷にビデオ中継で初出廷した。しかし次の15日は24日、4月1日と延期され、2回目はまだ開かれていない。安否や動静も明らかではない。軍事政権下では、海外メディアがその一挙手一投足を逐一報じたというのに。軍はここでも時間稼ぎを目論んでいると言えよう。

一体誰が猫の首に鈴をつけられるだろうか。

ミャンマーも加盟する東南アジア諸国連合(ASEAN)の調整力に期待する声が上がっている。中国は影響力を及ぼすべく、すかさずASEANに接近している。日本は軍とスー・チー氏の両方にパイプを持つ数少ない国だが、これまでのところ利点を生かせないでいる。果たして水面下で必死に猫ににじり寄ろうとしているのだろうか。

それとも今は無名の市民たちの中から、スー・チー氏に替わる新しい指導者が現れ、鈴をつける日が来るだろうか。

千野境子Keiko Chino

Profile
産経新聞 客員論説委員
神奈川県横浜市出身。早稲田大学第一文学部卒業後、産経新聞社入社。マニラ特派員、ニューヨーク支局長、外信部長、シンガポール支局長、論説委員長などを歴任。最新刊は「江戸のジャーナリスト 葛飾北斎」。

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