原子力産業新聞

メディアへの直言

「風評」を助長しているのは、実は「報道そのもの」だった!

二〇二二年三月十二日

 東日本大震災から11年。福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出をめぐる記事やニュースが目立ってきたが、「風評被害」や「国民の理解」に関するニュースを見ていて、おかしなことに気付く。いったい、誰が風評を流しているのか?という疑問である。実は何気ないニュースが風評を生み出しているという事実に、メディアはもっと気づくべきではないだろうか。

キャスターの何気ない「結論ありき」の言葉が誤解を招く!

 三月九日朝、NHKテレビの「おはよう日本」は、福島第一原発のタンクにたまる処理水の海洋放出問題を、特集のような形で報じた。高瀬キャスターが現地入りしてレポートする内容だ。一〇〇〇基を超えるタンクの風景を見せながら、「地元住民と国民の理解をどう得るか」が課題だと問いかける。そこまではよかったが、高瀬キャスターの次のような質問を聞いて、目が飛び出るほど驚いた。

「結論ありきで進めているんじゃないかという声もあると思うが、この10~11年間、そうした理解や不安の払しょくをできる限りやってきたという思いでしょうか?」

 「結論ありき」という既視感のある言葉を聞いたとき、「またか」と思った。「『結論ありき』で進めてきたのではないか?」という問いかけ自体が、実は、国民の理解を妨げ、風評をつくり出していることにNHKが気づいていない。

 なぜそう言えるのか。一般視聴者の立場でこのやりとりを素直に聞くと、「政府や東京電力が『結論ありき』で海洋放出を決めた」と読める。「結論(海洋放出)ありき」という言い方は朝日新聞などが社説で主張してきた物言いと同じである。たった五文字の「結論ありき」という響きから受ける印象は、ロクな議論もせずに海洋放出を決めたというニュアンスがつきまとう。もちろん海洋放出は専門家の議論を経て得られた結論である。

 この奇妙な現象は別の番組でも見られた。三月七日夕方に放送されたフジテレビの「イット!」でも処理水問題が取り上げられた。番組自体は風評被害が課題だと解説し、危険性を強調するものではなかった。しかし、番組の最後に意見を聞かれたコメンテーターの柳澤秀夫氏(元NHK解説委員)が「結論ありきで進んできたのが問題」と、またしても「結論ありき」という言葉で冷ややかにコメントした。処理水に関する解説自体はよかっただけに、番組を台無しにするコメントに思えた。

キャスターが納得したのなら、国民も納得できるはずではないか

 NHKの番組自体も「タンクに溜まる放射性物質は基準以下に除去され、きわめて低い濃度まで希釈されて放出される」などと説明し、危険性をあおる内容ではなかった。しかし、そのあとに地元住民たちの声を取り上げ「いまは本音が語れない状況だ」といった様子を流した。これを見ていて私は「地元では不安の声が多いのに、その声を思うように上げられない。とても海洋放出に理解が得られている状況ではない」といったネガティブな印象を受けた。

 地元では放出に賛成する人もいるだろうが、あえて地元の人たちが不安を感じているという光景を流せば、事情を深く知らない他県の人たちは、より一層不安にかられるだろうことが予想される。こうして、何気ないニュースが風評を醸成していく。

 高瀬キャスターの締めの言葉は皮肉を込めて言えば、非常に含蓄に富むものだった。

「廃炉作業が少しずつ進んでいるように感じられた。それは私が実際に見て、質問をぶつけて、納得と理解が得られるまで説明を受けたからだ。そのことを地元のみなさんにこれまでやってきたのか?一方的な説明や意見聴取になっていなかったのか?」

 この言葉は実に逆説的な意味を放つ。「自分は十分な説明を受けたので理解できた」というなら、その受けた説明と同様の説明を国民に向けて伝えれば、国民も理解するはずである。それが分かっていながら、なぜ、あのような番組の内容になるのか不思議である。

 キャスターの発言と番組の内容から言えることは何だろうか。NHKの制作スタッフは国民に向けて、心の底から処理水の問題を正しく理解してもらおうという強い意図をもっていなかったということだ。トリチウムの海洋放出は海外の原子力発電所でも行われており、人体や環境への影響はないことを、公共放送としてのNHKがしっかりと伝えれば、高瀬キャスターが理解できたように国民も理解できるはずである。

メディアも問題解決の当事者になるべきだ

 こういうメディアの姿勢はNHKに限ったことではない。どのメディアも「風評被害を抑えるのは政府や企業の役目であり、メディアの役割ではない」と考えているようだ。

 それでよいのだろうか?

 風評被害とは、根拠のない不正確な情報が新聞やテレビなどのメディア、SNS、個人の伝言などを通じて広範囲に広がり、さまざまな人や企業、団体が社会的・経済的打撃を被ることを指す。この説明ですぐに分かるように、根拠のない風評が網の目を次々に伝わるかどうかは、メディアがどのように報道するかにかかっている。

 処理水の放出をめぐっては、どのメディアも「風評被害」を最大の課題とみなしている。現に三月四日の毎日新聞の特集(一ページ丸ごとの記事)の見出しは「処理水海洋放出 風評懸念根強く」だった。しかし、不思議なのは、自ら「風評」と認識していながら、この記事を読んでも、「みなさん安心してくだい」というメッセージは伝わってこない。リードの文(前文)で「放出後の風評被害をいかに抑えられるかが課題になる」と書いているのに、その風評の解消に結び付くような解説が本文には出てこないのである。メディアの自家撞着(じかどうちゃく)ぶりが分かる。

 「風評」という言葉を使ったことの意味は、言い換えると、処理水の放出は人や環境に悪影響を与えないけれども、そのことが国民に正しく伝わっていないということだ。つまり、メディア自らが処理水は安全だと宣言しているわけだ。それなら、どうして風評が生じるのだろうか。メディアが安易に「風評が生じるだろう」と報じるからだ。つまり、メディアの報道自体が風評をつくり出しているのである。はっきりと「海洋放出で風評が生じることはない」と言えばよいのに、そのような報道を見たことがない。

 メディア自らが大見出しで「風評被害が懸念される」と考えているのであれば、その風評を打ち消す記事をたくさん書いて、高瀬キャスターが取材の中で納得したような説明をニュースの形で伝えればよいはずだが、いまの新聞やテレビはそういう役割を全く果たしていない。

 風評の解消は政府だけの仕事ではない。風評が伝わる複雑な網の目の結節点に立つメディアこそが悪い風評を食い止めなければ、風評を抑える術はない。もしメディアが風評被害の解決につながるような提案型のニュースを流したら、そのメディアは政府を後押しする御用メディアとみなされるのだろうか?いや違う。風評を打ち消し、国民の生活の安定や福島の経済復興に役立つ情報を届けることも、メディアの大きな役割のはずだ。

 高瀬キャスターが自ら納得・理解できたような説明を、国民に向けても、ぜひ報道してほしい。高瀬キャスターが理解できたのだから、間違いなく国民も理解するはずだ。

小島正美Masami Kojima
元毎日新聞社編集委員
1951年愛知県生まれ。愛知県立大学卒業後に毎日新聞社入社。松本支局などを経て、1986年から東京本社・生活報道部で食や健康問題に取り組む。2018年6月末で退社し、2021年3月まで「食生活ジャーナリストの会」代表を務めた。近著「フェイクを見抜く」(ウェッジブックス)。小島正美ブログ「FOOD NEWS ONLINE

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