原子力産業新聞

メディアへの直言

遺伝子組み換え作物が「脱炭素の優等生」なのをご存じだろうか?

二〇二四年一月二十六日 

 「脱炭素にとって、原子力は必要だと思うが、遺伝子組み換え(GM)作物は危険なイメージがあり、どうも好きになれない」。そんな声を聞いたことが現にある。遺伝子組み換え作物と言えば、いまも否定的なイメージが強いようだが、実は脱炭素の優等生であり、SDGs(持続可能な開発目標)にも貢献している。この話、実は原子力と決して無縁ではない。

土壌中には莫大な炭素が

 多くの人は大気中の二酸化炭素の発生源は化石燃料だと思っているだろうが、実は地球を覆う土壌も大いなる発生源である。いやむしろ逆である。深さ一メートルの土壌には大気中に存在する炭素量の二倍、植物体の三倍もの炭素(腐植や炭酸カルシウム)が蓄積している。つまり、土は陸地で最大の炭素貯蔵庫であり、大気中の二酸化炭素の安定性に大きく貢献しているのである(「大地の五億年」藤井一至著から引用)。言い換えると、土の中の炭素がすべて大気中に放出されると、大気中の二酸化炭素はいまの三倍の濃度になってしまうのだ。

脱炭素は「不耕起」がカギ

 であれば、農業を考える場合に最も重要なことは土の中に炭素をいかに閉じ込めておくかである。そして、炭素を土壌に閉じ込めておくためには、できるだけ土を耕さないこと、つまり「不耕起」が最適といえる。おそらく多くの人は「土を耕すことはよいことだ」と思っているだろうが、それは違う。土を耕すと土の表面の植物の被覆がなくなり、腐植(おおよそ有機物と考えてよい)が分解して、風雨による土壌の浸食(土壌が失われる)が激しくなり、炭素が大気中に逃げてしまう。土壌中の腐植量と炭素量には強い相関があり、腐植の約六割は炭素が占めることも意外に知られていない。

 もうお分かりだろう。同じ作物を栽培するなら、できるだけ土壌に炭素量を閉じ込める栽培法、つまり不耕起栽培が地球の温暖化防止に寄与するということだ。このことは気候変動枠組条約締約国会議でも認められている。

GM作物で
なぜ不耕起が可能なのか

 結論を先に言おう。遺伝子組み換え(GM)作物というバイオテクノロジー(遺伝子工学技術)が、この不耕起栽培を実現する強力な武器となるということだ。私は二〇〇二年から二〇一六年まで、ほぼ一年おきに米国中西部のGM作物畑を取材してきた。農業生産者たちは常に「以前に比べて農薬の使用量が減った」「収穫量も増えた」、そして「GM作物のおかげで不耕起栽培が可能になった」と話していた。

 除草剤耐性GM大豆やトウモロコシを例に説明しよう。このGM大豆は、グリホサートなどの除草剤を撒くと、周囲の雑草は枯れるものの、大豆は枯れずに収穫できる。一般的に農家は播種(種まき)の前に雑草を取り除くために土を耕すのだが、除草剤耐性GM大豆なら、雑草が少々生えている大地でもそのまま種子をまくことができ、大豆がある程度成長した段階で除草剤をさっとまけばよい。もちろん収穫に悪影響はない。

 播種前の耕作はトラクターで行うため、もし耕作が不要になれば、トラクターの動力に使う化石燃料が節約できる。同時に不耕起だと土壌が失われることもなくなる。つまり、GM作物の普及は土壌中の炭素を守り、同時に化石燃料の削減にも貢献する。

加サスカチュワン州では
不耕起が約95

 大豆やトウモロコシだけではない。カナダのナタネ(カノーラ)栽培は脱炭素のお手本のような例である。昨年十二月、カナダで遺伝子組み換え(GM)ナタネを大規模に栽培する女性のシェリリン・ニーゲルさん(44)が夫と子供2人とともに来日した。「日本バイオ作物ネットワーク」(徳本修一理事長)主催の「東京カンファレンス23」で基調講演をするためにやってきた。

右から二人目がシェリリンさん

 シェリリンさんはカナダ・サスカチュワン州南部にある約六千ヘクタールの農地でナタネや小麦、ひよこ豆などを栽培する。約六千ヘクタールの三分の一は除草剤耐性GMナタネだ。シェリリンさんは二〇二一年に農業で最も影響力のあるカナダのトップ50人に選ばれた一人である。

 シェリリンさんはスライドを見せながら、不耕起栽培の様子を説明した。すでに大豆で説明したように、ナタネがある程度成長したときに除草剤のグリホサートをまくだけで、周囲の雑草を枯らし、ナタネはそのまま収穫できる。シェリリンさんの畑は不耕起のため、春先の播種の時期には枯れた前年の作物や雑草が農地を覆っている。それでもそのまま播種して、ちゃんと収穫できる。

 不耕起自体は父の考えで始まったというが、GM作物の導入が不耕起を容易にしたという。シェリリンさんは不耕起栽培のメリットとして、「水分が土壌に残る」「炭素が土壌に残る」「化石燃料の使用が減る」の三つを挙げた。そして「自分たちが実践している不耕起が環境保全に貢献しているという強い意識も持っている」と話した。

 すでにカナダ・サスカチュワン州では農家の約95%は不耕起栽培を実践しているという。現在、不耕起栽培は、GM作物の普及が進むアルゼンチンやブラジルでも増えている。

不耕起で生産性は上昇

 日本では不耕起だと生産性が落ちると思っている人がいるかもしれないが、その逆である。カナダ・サスカチュワン州では過去約三十年間で収量は二倍に増えた。国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が世界の穀物収量と土壌データを解析した調査結果によると、世界の農地の七割を占める乾燥・半乾燥地域では「農地の土壌に含まれる炭素量が多いほど干ばつ被害が少なく、収量の減少が抑えられている」(二〇二〇年二月公表)との試算結果もある。土壌中の炭素が多いと収量も多いのだ。

 GM作物と温暖化問題の関連などを研究している米国カリフォルニア大学バークレー校のデイビッド・ジルバーマン氏(農業資源経済)は、「GM作物は不耕起栽培を通じて、土壌に炭素を貯蔵することを可能にした。これは温暖化問題の解決に大きく貢献できる潜在能力をもっていることを示す」(学術誌「グローバル・チェンジ・バイオロジー」2015年)と述べている。

共通項は反対運動

 もはやGM作物が環境保全に貢献し、脱炭素の優等生なのは明らかだと思うが、こうした良い話はメディアではほとんど報じられない。そのせいか、いまもって日本ではGM作物を誰一人として栽培できない状態が続いている。もちろん安全性が確認され、環境への影響もないことから、法的にはだれでも栽培できる。

 なぜ、栽培できないかと言えば、反対運動があるからだ。かつて一部の農家が試験的に野外でGM大豆を栽培しようとしたが、反対派によって茨城県内の畑がショベルカーでつぶされてしまった。以来、だれも栽培に挑戦していない。

 反対運動によって何もかもが阻止される。いまはそういう時代なのだろうか。すでにこのコラムで書いたが、カドミウムをほとんど含まない画期的な米の新品種[1] … Continue reading「あきたこまちR」でさえ、反対運動に遭っている。福島第一原発事故で発生した除染土の再利用も環境への影響はないにもかかわらず、なかなか前へ進まない。GM作物が原子力と無縁ではないと冒頭で述べたのは、こういう似た背景があるからだ。

 GM作物に関しては、ようやく「日本バイオ作物ネットワーク」の生産者たちがカナダから先進的農家を招き、不耕起栽培を実現させる手段としてGM作物の栽培に意欲を示し始めている。不耕起を通じて土壌に腐植を増やせば、大気中の二酸化炭素を減らすことができる。その意味でGM作物と原子力は脱炭素を目指す盟友である。原子力・エネルギー関係者もぜひGM作物に関心をもってほしい。

脚注

脚注
1 編集部注=小島さんが司会を務める「あきたこまちR」に関するオンラインセミナー(参加無料)が、二月七日午前十一時~十二時半で開催される。お申し込みは 食の信頼向上をめざす会 から。<終了しました>
小島正美Masami Kojima
元毎日新聞社編集委員
1951年愛知県生まれ。愛知県立大学卒業後に毎日新聞社入社。松本支局などを経て、1986年から東京本社・生活報道部で食や健康問題に取り組む。2018年6月末で退社し、2021年3月まで「食生活ジャーナリストの会」代表を務めた。近著「フェイクを見抜く」(ウェッジブックス)。小島正美ブログ「FOOD NEWS ONLINE

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