原子力産業新聞

メディアへの直言

東京都のガソリン車新車販売禁止は、「ウケのよい正義」か「愚挙」か!?

二〇二四年七月三十一日  

 東京都知事選挙は大した政策論争もなく、現職の小池百合子知事の勝利に終わった。残念ながら、新築住宅に太陽光パネルの設置を義務づける政策や、ガソリン車の新車販売禁止政策の是非はほとんど議論にならなかった。しかし、これらの政策は間違いなく近いうちに「負の側面」が露わになるはずだ。

築地市場の豊洲移転騒ぎは
一体何だったのか?

 小池知事は確かに人の心をつかむのがうまい。しかし、それが裏目に出ることもある。それを強く感じたのが二〇一七年に勃発した「築地市場の豊洲移転」だった。移転先の豊洲市場の地下水から基準を超える発がん性物質のベンゼンが検出された後、小池知事は「豊洲は安全ですが、安心ではない」という迷文句を唱え、記者や都民の心を巧みに操った。

 当時、この問題を記事にしたコミュニケーション戦略研究家の岡本純子氏は、小池知事の卓越したコミュニケーション術を評価しつつ、「小池都知事『安全だが安心ではない』の欺瞞 『情』に乗じて扇動する手法には限界がある」(東洋経済オンラインとの見出しの記事で「小池知事は常々、その信条を『共感と大義』であると表現している。人々の本能的欲求に寄り添い、『理より情』にアピールし、わかりやすい『正義』を掲げる…」と指摘した。

 豊洲移転問題は結局、約一年間の無駄遣いと空騒ぎで終わった。

国に先んじて
「わかりやすい正義」を提唱

 この小池劇場を見てわかるように、小池知事は世の中の空気の流れ、人心をつかむのに長けている。一般住宅への太陽光パネル設置義務について言えば、国が「無理だ」と見送った矢先に、「いえいえ東京都は全国に先駆けて新築住宅へのパネル設置を義務づけます」(二〇二五年四月施行)と先進性をアピールした。

 また、日本政府が二〇二〇年に「二〇三五年までにガソリン車の新車販売を禁止する」との方針を公表したかと思えば、小池知事は国より五年前倒しで「東京都では二〇三〇年までにガソリン車の新車販売を禁止します」との方針を表明した。

 岡本純子氏が指摘したように、小池知事は機を見るに敏で、「理より情」に訴えるウケのよい「正義」を掲げるのが本当にうまい。

世界に誇るガソリン車を
つぶすのか?

 ただ、ガソリン車の新車販売禁止はもうすぐそこの二〇三〇年である。豊洲移転のような空騒ぎで済む問題ではない。新車販売からガソリン車を締め出すことは、日本が世界に誇るエンジン車[1]エンジンを搭載した車。もちろんハイブリッド車も、エンジンを搭載している。FCVやEVはモーター車だ。をつぶすことに通じる。そんな愚挙を国に先んじて実行したところで何のメリットがあるのかと思うが、今年月、東京都内で開かれた「フォーミュラE 東京大会」で小池知事は、「二〇三〇年までに新車販売で非ガソリン車一〇〇%を目指している」と述べ、方針を変えていない。

 非ガソリン車とは燃料電池自動車(FCV)、電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド自動車(PHV)、ハイブリッド自動車(HV)のことだ。ハイブリッド車を排除していない点は救われるが、この小池知事の「正義」はガソリン車の性能を軽視し、EVに関する誤ったシグナルを送っていることに気づいている人はいるだろうか?

「EVは走行中にCO2を出さない」は正しいか?

 その好例が、公益財団法人東京都環境公社のウェブサイトだ。いかにもEV(電気自動車)が環境に良く、ガソリン車が環境に悪いかのような解説が載っているが、まず気にかかるのは、「電気自動車は走行時にCO2を排出しない」というくだりだ。

 確かに一般的に「電気自動車は走行中にCO2を出さない」といわれるが、充電時に化石燃料で生み出された電気(天然ガスや石炭など火力発電所からの電気)を使えば、結果的には走行中にもCO2を出したことになる。

 そのことを知ってか、前述のウェブサイトのイラストを見ると、電気自動車が充電している装置の向こう側に太陽光パネルと風力発電の絵が見える。いかにも電気自動車の充電時の電源が太陽光と風力だけで生み出されているかのように迷わせるが、現実には日本の総発電電力量の約七~八割は化石燃料である。つまり、日本で走るEVの電源は主に化石燃料であり、「走行中にCO2を出さない」は誤解を与える言い方だといえる。

ガソリン車とEV
走行距離十一キロで並ぶ

 CO2の排出に関し、ガソリン車はどこまでEVと勝負できるのだろうか。結論から言うと国の電源構成にもよるが、ガソリン車はEVに負けていない。

 実はEVは製造時にガソリン車の二倍に近いCO2を排出する、ということを知っている人はほとんどいない。あなたの家庭に新車のEVが届いた時点では、実は、EVのほうがCO2を多く排出しているのだ。これに対し、ガソリン車は製造時のCO2排出量は少ないが、走り出すとガソリンからCO2が出るため、走行距離が長くなるにつれて、徐々にEVのCO2排出量に近づいていく。

 では、CO2の排出量(生産から廃棄までのトータルのCO2排出量を計算したライフサイクルアセスメント=LCAで評価)から見て、どれだけ走った時点でガソリン車とEVは同じラインに並ぶのだろうか。日本の電源構成の場合は、ガソリン車が十一キロメートル走った時点でEVと並ぶ[2]SUN MOTOREN BLOGなど参照。つまり、ガソリン車とEVのCO2排出量が同列に並ぶ「CO2排出量・同列距離」は、十一万キロメートルである。

ボルボ社によるガソリン車とEVのLCA比較©Volvo Cars

 言い換えると、ガソリン車の走行距離が十一キロ未満の場合は、ガソリン車の方がEVよりもCO2の排出量は少ないのである。逆に言えば、仮に八万キロの走行距離で廃車になったEVは、CO2を余計に排出しただけで寿命を終えたことになる。

 「CO2排出量・同列距離」は、総発電電力量に占める化石燃料のシェアが少ない西欧では約七~八万キロだが、日本の化石燃料シェアは世界の平均的なシェアとほぼ同じである。ガソリン車は世界的にみれば、まだまだ言われているほどCO2排出量は多くないのである。

 ここまではガソリン車の話だが、トヨタのプリウスのようなハイブリッド車では、一キロ走行当たりのCO2排出量はガソリン車の半分以下である。となれば、ハイブリッド車とEVが同列に並ぶ距離はざっと見積もって、数万キロだろう。ハイブリッド車がCO2排出面で、EVよりもかなり優れていることは明らかである。

東京都は自国産業を
守ってくれるのか!

 とはいえ、今の世の中ではCO2は悪役である。いずれ日本政府はCO2の排出量に応じた課税を導入してくるだろう。そうなるとガソリン車を所有することが不利になるといわれるが、仮にガソリン車に課税するならば、十一キロの走行後にしてほしいものだ。単にガソリン車というだけでCO2税を課すというならば、製造時にCO2を大量に排出するEVは販売時に課税すべきだろう。つまり、どちらも課税対象にしないと理に合わない。

 原子力発電や水力発電など、安定した低炭素型エネルギーを多くもつ北欧のような国で、EVを走らせるのはよいだろうが、日本ではEVは必ずしもCO2排出量が少ないわけではない。

 最近は中国やEU諸国が、以前ほどEVを礼賛しなくなった。現実が見えてきたのだろう。ドイツではエンジン車を容認する兆しもある。東京都の政策は本当にこのままでよいのだろうか。ウケのよい正義ではなく、自国の技術を守ることに大義を掲げてほしい。

脚注

脚注
1 エンジンを搭載した車。もちろんハイブリッド車も、エンジンを搭載している。FCVやEVはモーター車だ。
2 SUN MOTOREN BLOGなど参照
小島正美Masami Kojima
元毎日新聞社編集委員
1951年愛知県生まれ。愛知県立大学卒業後に毎日新聞社入社。松本支局などを経て、1986年から東京本社・生活報道部で食や健康問題に取り組む。2018年6月末で退社し、2021年3月まで「食生活ジャーナリストの会」代表を務めた。近著「フェイクを見抜く」(ウェッジブックス)。小島正美ブログ「FOOD NEWS ONLINE

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