原子力産業新聞

メディアへの直言

EVの失速で浮上するエタノール ハイブリッド車の逆襲なるか

二〇二四年十月十日

 みなさんも日々のニュースでお気づきのように、電気自動車(EV)が失速し始めた。代わって人気なのが、エンジンと電気モーターで走るハイブリッド車だ。この流れを受けて、日本で大きな注目を集めそうなのが車の燃料としてのエタノール(アルコール)である。脱炭素の救世主とも呼ばれるエタノールは今後、日本のエネルギー事情をどう揺るがすのか?その未来像を描いてみた。

欧米でEVが失速

 八月以降、EVの失速をうかがわせるニュースが後を絶たない。読売新聞は八月二十三日付で「米EV軌道修正」との見出しで米国の車大手フォードが「スポーツ用多目的車(SUV)タイプのEVの開発を中止した」と報じた。また、ゼネラル・モーターズ(GM)も「米国ミシガン州の工場で新型EVの生産開始を当初計画から二年遅らせ、二〇二六年からに見直す」と報じた。価格の高いEVは富裕層以外には売れず、燃費のよいハイブリッド車がお買い得という事情が背景にあるようだ。

 また、毎日新聞(九月六日付)によると、スウェーデンのボルボ・カーズ(現在は中国の浙江吉利控股集団の傘下)は当初、二〇三〇年までにエンジン車やハイブリッド車の販売を終え、EV専業になるとの目標を掲げていたが、九月四日、それを「撤回する」と発表した。

 ドイツでも、EVの売れ行きが伸びず、工場の閉鎖まで出てきた。朝日新聞(九月七日)によると、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)はディーゼル排気ガスの不正事件後、EVの開発・販売に舵を切り、巨額の投資を行ってきたが、EV戦略の目算が狂い、ドイツでは初めて車の生産工場を閉鎖する検討が始まったという。

 さらに、九月二十二日のフジテレビ「日曜報道 THE PRIME」では、EVで世界制覇を目指す中国で、EV関連メーカーの倒産が急増し、売れ残った大量のEVが捨てられているEV墓場の様子が報じられていた。

世界では「E10」が普及

 もはやEVの失速は紛れもない事実のようだ。そうなれば、これまで目の敵にされてきたガソリン車(エンジン車)が見直されることになる。そこで注目したいのが、ガソリンにエタノール(アルコール)を一〇%混ぜた「E10」といわれる燃料だ。日本ではほとんど知られていないが、米国をはじめ、カナダ、英国、ブラジル、タイ、中国、フィリピン、インド、ドイツなど世界中で、「E10「E27(同二七%)」「E85(同八五%)」を燃料にした車がごく普通に走っている。米国、カナダ、英国では、エタノールの一〇%混合を法律で義務づけている。いまや「E10」は世界標準の車の燃料と言ってもよいだろう。

エタノールは
カーボンニュートラル

 なぜ、「E10」が普及しているかと言えば、エタノールが脱炭素の救世主だからだ。現在、エタノールの最大の生産・供給国は米国とブラジルだ。米国ではトウモロコシ、ブラジルではサトウキビを原料に生産されている。

 エタノールは植物由来のため、車の燃料として燃やせば、確かにCO2は発生するが、そのCO2はもともと大気中にあったCO2を植物が吸収したものなので、CO2の発生量は差し引きゼロ、つまりカーボンニュートラルというわけだ。もちろん、エタノールを生産する過程でCO2が発生するため、CO2の発生量が正味ゼロとは言えないが、ガソリンに比べれば、CO2の発生量はおおよそ半分だ。

米国産のエタノールは
さらなる低炭素化が進行

 今年四月、そのエタノールの最前線を知るため、米国イリノイ州と首都ワシントンDCを訪れた。イリノイ州では三つのエタノール生産工場を見学した。驚いたのは、どの工場でも生産過程で発生したCO2を地下に閉じ込める「CCS」(CO2回収・貯留)が進んでいたことだ。日本でも石炭火力発電所などから排出されるCO2を集め、地下に貯留・圧入する実証実験が行われているが、米国のエタノール工場ではすでに実用化の段階に入っていた。

エタノールの生産工場 筆者撮影

 「CCS」を経て出荷されるエタノールは、地下貯留なしのエタノールに比べて、二酸化炭素の発生量がより少ないグリーン(低炭素)なエタノールといえる。米国は今後、このグリーンエタノールを持続可能な航空燃料(SAF)も含めて、世界へ向けて輸出する作戦だという。

 今年四月、岸田総理(当時)とバイデン米国大統領の共同声明が公表されたが、その中に「エタノールの推進」がうたわれていた。このことは日本ではほとんど報道されていないが、この共同声明は間違いなく、今後、日本に米国産エタノールが確実に入ってくることを予感させる。

 ただいまのところ、日本では「E10」の販売はない。名古屋市の中川物産株式会社だけが日本で唯一、エタノールを七%混ぜた「E7」を製造販売しているが、これもほとんど知られていない。とはいえ、いずれ石油元売り業者もエタノール入りガソリンを販売してくるだろう。

EVの製造時のCO2発生量はガソリン車の二倍

 そうなると俄然、車の世界で強みを発揮すると私が見ているのは、エンジンとモーターのつの動力源をもつハイブリッド車(トヨタのプリウスなど)だ。

 一般にEV(電気自動車)はCO2の発生が少ないと思われているが、実は製造段階ではガソリン車の二倍以上のCO2を発生させる。EVは走行時(充電時に火力発電で生まれた電気を充電すれば間接的にCO2を出すことになるものの)にはCO2を出さないため、走る距離が長くなると徐々にガソリン車のCO2発生量に近づいていく。

 原料の採掘から車の製造・廃棄までの全工程を考慮したLCA(ライフサイクルアセスメント)という指標でCO2の排出量を比べた場合、ガソリン車がどれくらい走ったときにEVと同じ発生量になるかといえば、その距離(CO2等価発生量距離)は約十一キロメートル(火力発電が約八割を占める日本の場合)である。なんと走行距離がキロメートルの時点では、まだガソリン車のほうがCO2の発生量は少ないのである。

ボルボ社によるガソリン車とEVのLCA比較©Volvo Cars

 このことはすでに今年七月三十一日掲載の当コラム欄で述べておいたが、ここで強調したいのは、ガソリン車よりも燃費のよいハイブリッド車だと、EVとの「CO2等価発生量距離」は十一キロメートルよりも長い数万キロメートルになるだろうということだ。そして、さらにハイブリッド車がエタノール入りガソリンで走れば、CO2の発生量や使い勝手の比較では、間違いなくハイブリッド車のほうがEVよりも優れているといえることだ。

 その意味では、日本政府が進めている脱炭素政策の中にぜひ、エタノールを導入したハイブリッド車によるCO2削減量の試算をマクロ的に示してほしいと思う。これは原子力政策などエネルギーミックスにも微妙に影響するはずだ。

自国産エタノールとハイブリッド車で日本が再生!

 結論を言おう。日本が強みをもつハイブリッド車は、エタノールを起爆剤にして、欧米や中国のEV戦略に十分に対抗できる武器のひとつになりうるということだ。

 幸い、日本はエタノールの原料となるコメという武器をもっている。減反政策をやめ、広大な遊休農地を水田に変えて、コメを増産すれば、国産エタノールの生産も夢ではない。そのあたりの事情については、「アルコールで走る車が地球を救う」(毎日新聞出版)を読んでほしいが、水田が増えてコメが増産されれば、食料自給率が上がり、食料安全保障の強化にもつながる。

 ハイブリッド車を中心に日本の車産業が活気づき、同時に日本の農業分野に新たなエタノール産業が生まれれば、「食料安全保障の強化」「車産業の基盤強化」「新たな水田アグリ産業の創出」というトリプルメリットが誕生する。エタノールの出現でそんな未来像が実現する日を期待したい。

小島正美Masami Kojima
元毎日新聞社編集委員
1951年愛知県生まれ。愛知県立大学卒業後に毎日新聞社入社。松本支局などを経て、1986年から東京本社・生活報道部で食や健康問題に取り組む。2018年6月末で退社し、2021年3月まで「食生活ジャーナリストの会」代表を務めた。近著「フェイクを見抜く」(ウェッジブックス)。小島正美ブログ「FOOD NEWS ONLINE

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