原子力産業新聞

メディアへの直言

リニア中央新幹線と原子力 同じ巨大プロジェクトでも何が違うのか?

二〇二四年十一月十八日

 東京と名古屋を四十分で結ぶリニア中央新幹線に関するニュースが最近になって増えてきた。ちょうど月半ば、山梨のリニア実験線の体験試乗会に参加した。時速五〇〇kmを実感しながら、同じ巨大プロジェクトの原子力との「差」を考えてみた。

時速五〇〇kmを実感

 私が体験乗車したのは十月十六日。JR東海がメディア関係者を招いて行った。現在、山梨県笛吹市から上野原市までの約43kmの路線が完成している。この実験線は東京~名古屋間の路線の一部であり、完成したあとはそのまま利用される。

 ワクワク気分でさっそく乗ってみた。リニアは超電導磁石を用いた浮上走行だ。最初のうちはレールの上を走るが、まもなく浮上走行に替わる。加速して浮上するときは飛行機に乗って離陸するときのような感覚だ。ほとんどがトンネル内を走るため、窓を見ても、宇宙空間を走っているような感じだ。時速五〇〇kmに達したとき(写真1)は、さすがに記者たちも歓声を上げ、時速五〇〇kmの文字を示す速度計の前に立ち、記念写真をパチパチ撮っていた(写真2)。私もミーハー気分で記念撮影に収まった。

写真1

 

 思ったよりも揺れは少ない。飛行機に乗っているときのような轟音というか雑音はするが、飛行機ほどではない。座席のテーブルにコーヒーカップを置いても、コーヒーの液体がこぼれ落ちることはないという。これなら、仮に東京から名古屋までリニアに乗り、40分間で着くとしたら、新聞や本を読んだり、コーヒーを飲んでいるうちに到着し、疲れることはないだろうと感じた。

写真2

 

 今の予想では、完成は早くても10年後と言われているだけに、未来の科学技術空間をいち早く体験できたのはとても貴重だった。

リニア自体を
否定するニュースはなし

 リニアに体験試乗したせいか、リニアに関するニュースが以前よりも目に止まるようになった。私にとって興味があるのは原子力に関するニュースとの相違である。

 十一月八日のNHKニュースでは、リニア中央新幹線の地下のトンネル工事が行われている東京都町田市の住宅で水と気泡が湧き出て、JR東海が掘削機による工事を中断しているというニュースが流れた。同様のニュースは十一月十一日朝、フジテレビの「めざまし8」でも流れた。同番組はこの問題を意外に詳しく報じ、気泡剤と水がボーリング跡から漏れ出したのではという指摘もしていた。

 ついでに最近の新聞記事もネット検索で読んでみたが、原子力との大きな違いに気づいた。私が見た限り、どのニュースを読んでも、リニア自体を否定する内容がないことだ。原子力発電所の場合は反対派のコメントが記事中に載り、原発反対の大きな見出しも踊るが、リニアにはそれが見られない。もちろん住民による反対運動はあるし、リニア工事の認可取り消しを求める訴訟も起きているが、原子力のような反対の嵐はない。

 巨大工事にともなって地下水が枯れたり、住民や工場の立ち退き問題が起きるというニュースはローカル的に流れているが、それらの問題が連鎖反応を起こし、「リニアを止めろ!」という一大合唱にはなっていないようだ。

朝日新聞、毎日新聞とも
否定的ニュアンスなし

 朝日新聞は月五日付け経済面で「リニア開業遅れ 突きつけられた『延命』」との見出しで記事を載せたが、否定的な論調ではない。「リニアには圧倒的な速度による輸送力と並んで、東海道新幹線の『バイパス』の役目を期待する声がある。しかし、その全線開業の時期がいまだ見通せない」とある。記事の最後は「完成から61年目に突入した新幹線は、さらなる完成への途上にあるのかもしれない」と結んだ。どう見てもリニア自体に否定的なニュアンスは読み取れない。

 毎日新聞も月三日付け記事で「進む移転 迫られる決断」との見出しで、長野県飯田市で明治時代から染色業を営む職人の工場がリニア工事で移転を迫られる苦境を伝えていたが、リニア自体を止めろ、という文言や住民の声は出てこない。

 リニア工事に伴う問題点とメリットを詳しく報じたフジテレビの「めざまし8」が、これらのニュースを象徴するかのように思えた。女性のコメンテーターは「人口が減っているのに必要なの?」とコメントしたのに対し、コメンテーターの橋下徹弁護士は「リニアについては賛否両論あるが、リニアは国家戦略上必要だ。高速道路など過去の工事でも問題点を乗り越えて私たちは利益を得てきた。何か問題があるからやめろ、では将来の世代に利益を与えることができない。問題があるからといって工事自体を止めるべきではない」(筆者で要約)と述べた。原子力発電所の問題だと、こういう歯切れのよいコメントは期待できない。

移動時間は
短いほうが疲れは少ない

 私が気になるのは採算だ。JR東海によると工事費は全額自己負担で東京~名古屋間で七兆円以上かかるという。今後の工事の進展いかんでは社会的な補償費用がかさみ、コストが増えていく恐れがある。なんとか10年後には開業にこぎつけてほしいものだ。

 最後にひと言。よく「そんなに速く移動する必要があるのか。いまのままで十分だ」という批判を聞く。こういう物言いは、戦後の高度経済成長の真っただ中で「これ以上、経済成長は必要なのか」という議論があったが、これと似ている。いくら「ゆっくりズム」がいいからといって、いまどきあえて東京~名古屋間を移動するのに「こだま」号か在来線の列車に乗る人はいない。だれしも早く目的地に着きたいのだ。日頃「ゆっくりがいい」と言っている人も、間違いなく「こだま」ではなく、「のぞみ」に乗っているはずだ。

 また、アメリカへ行くのにあえて船を利用する人はいないだろう。脱炭素を訴えている人でも、みなごく普通に飛行機に乗って世界を駆けまわっている。

 移動を目的とした列車や飛行機の旅は、けっこう疲れる。移動時間は短いほうが疲れは少なく済む。口先だけの観念論(理想論)にはくれぐれも要注意だ。リニアの魅力は分かりやすい。原子力のメリットとしては、電力の安定供給(エネルギーの安全保障)をもっと見える化する形で伝えていくことが必要だと、リニア試乗体験から感じた。

小島正美Masami Kojima
元毎日新聞社編集委員
1951年愛知県生まれ。愛知県立大学卒業後に毎日新聞社入社。松本支局などを経て、1986年から東京本社・生活報道部で食や健康問題に取り組む。2018年6月末で退社し、2021年3月まで「食生活ジャーナリストの会」代表を務めた。近著「フェイクを見抜く」(ウェッジブックス)。小島正美ブログ「FOOD NEWS ONLINE

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