脱炭素の原子力とエタノール その魅力をどう伝えるか?
二〇二四年十二月十六日
いまや大半の先進国でエタノール(アルコール)を混ぜたガソリンがスタンドで販売されているが、日本ではほとんど普及していない。その原因のひとつは、エタノールの魅力(メリット)を日本のメディアがしっかりと伝えないからだ。米国のエタノール事業者は、その魅力をどう伝えたらよいかを探る消費者意識調査を行っていた。原子力を考える上で参考になりそうだ。
エタノールは脱炭素の救世主
十二月上旬、世界一のエタノール生産国である米国を訪れた。米国には現在、エタノールの生産事業者が約五〇社あり、エタノール工場は全米で二〇〇か所もある。ガソリンにエタノールを一〇%混ぜた「E10」といわれるエタノール混合ガソリンが全米中に普及し、最近は「E15」も増えている。
米国のエタノールは飼料用トウモロコシの実(でんぷんの部分)を発酵させて作る。エタノールを車の燃料として使えば、二酸化炭素(CO2)が発生するが、その二酸化炭素はトウモロコシが大気中から吸収したものなので、差し引きゼロだ。もちろん、トウモロコシの栽培やエタノールの製造過程で化石燃料(農薬や肥料、農機具、工場の重油や天然ガスなど)を使うため、純粋にゼロではないが、ガソリンに比べて、CO2の発生量は約半分だ。
「E10」の最大の魅力は、エタノールをガソリンに混ぜるだけで済むことだ。しかも、巨費を要する電気自動車(EV)の充電設備と違い、エタノールの導入は現行の石油スタンドのままでよく、インフラ整備もほぼ不要だ。これが、エタノールが速効性に富む脱炭素の救世主と言われるゆえんである。
六割の米国人がおおむね肯定的
日本で「エタノールの入ったガソリンを知っていますか」と聞いても、おそらく消費者の認知度はゼロに近いだろうが、米国ではどうだろうか。
エタノール事業者で組織した米国の「再生可能燃料協会」(RFA・会員約五〇社)が今年九月、二千人の消費者を対象にエタノールの意識調査を行った。その結果、五八%の人が「肯定的」な見方を示し、否定的な意見は一八%だった。ここ四年間、同様の調査を実施しているが、肯定的にとらえている人は五八~六九%で推移し、否定的な見方をする人は一五〜一九%で横ばいだ。
政党の支持別に見ても、民主党、共和党のどちらの支持者もおおむね六割の人が肯定的だ。この調査を見る限り、米国ではだいたい六割の人がエタノールを好意的に見ていると言ってよいだろう。
政党の支持者間で微妙な差
興味深かった点は、「なぜエタノールに好感をもつのか」という理由が、政党の支持者間で微妙に異なることだった。共和党(ちなみに次期大統領のトランプ氏は共和党)の支持者は「燃料効率がよい」(fuel efficiency)が三五%でトップ、次いで「米国産」(made in America)、「安価」(affordability)がそれぞれ三四%だった。これが上位三つの理由だった。
これに対し、民主党支持者は「炭素のフットプリント」が三二%で一位、次いで「燃料効率がよい」(三一%)、「安価」(三〇%)が続いた。「米国産」という言い方に好意的だったのは二四%だった。民主党の支持者のほうが、より環境を重視している傾向が読み取れる。
消費者の心に響く3つの魅力
米国の業界ではエタノールに対して、「バイオ燃料」や「アルコール燃料」と言ったり、「よりクリーンで低炭素」「オクタン価が高く、高いパフォーマンス」といった言葉をよく用いてきた。
しかし一連の意識調査から、エタノールは「再生可能な燃料」であり、「環境にやさしく、二酸化炭素の排出を削減する」、そして、「独立(independenceの意味)した米国産のエネルギー」といった言い方のほうが、消費者の心に響くことが分かったという。要するにエタノールは「環境にやさしい(environmentally friendly)」うえに、「海外への石油依存を減らし」(energy independence)、それでいて、「手ごろな価格で入手できる(affordability)」という三つの魅力が消費者の心をとらえるというわけだ。
ちなみに米国でのエタノールの価格はガソリンよりも一ガロン(一ガロンは三・七八五リットル)あたり一~一・五ドル安い。イリノイ州のシカゴ近くにある「パワー・エネルギー・グループ」のガソリンスタンドを訪れたところ、「E30」「E50」「E70」「E85」と多種類のエタノール混合ガソリンを販売していた。ひょいと上を見ると「(ここで給油することは)地球と国を守る」と書かれた大きな看板が掲げられていた。
原発のメリットを
どう伝えるべきか
新しいテクノロジーが登場した際に、どういう言い方で消費者に理解してもらうかは、非常に重要なテーマである。原子力発電の場合はどういう言い方がよいのだろうか。
読売新聞は十二月十二日付けの一面トップ記事で「政府は3年ぶりに改訂する『エネルギー基本計画』で原子力発電に対して、『可能な限り依存度を低減する』としていた方針を見直し、『最大限活用する』と明記する」と報じた。
この記事を読むと、政府は「脱炭素」と「安定供給」のために原発を活用するとある。さらに記事の本文では「再生可能エネルギーの拡大だけでは安定供給と発電コストの低減は難しく、産業界の競争力の低下を招く」と原発を活用する理由にふれた。ただ、見出しには原発のメリットを訴求する言葉はなかった。
原子力発電のメリットを訴える言い方としては、「CO2を減らす」「脱炭素」「エネルギーの安全保障の強化」「原発は準国産エネルギー」「中東に依存しない安定供給型エネルギー」「安い電力価格」「産業の競争力を高める」など多様な表現が可能だろう。どれが消費者の心に響くかについて、いま一度、調査してみるのも面白いかもしれない。
遺伝子組み換え作物は米国やカナダ、ブラジル、インドなど世界の約三〇か国で栽培されているが、日本ではいまだに栽培が実現していない。すでに「農薬の削減」「農家の収入の増加」「労力の低減」「生物多様性の維持」「土壌劣化の防止」「CO2の削減」「地球の温暖化防止」などSDGs(持続可能な開発目標)に貢献することが明白になっている。ところが、いまだに消費者や農業生産者の心に刺さる言葉はメディアでは流布していない。
先端テクノロジーをどう語れば、消費者に受け入れられるのか。農薬や食品添加物、放射線なども含め、消費者にとって魅力的な言い方とは何かを探る意識調査が、もっとあってもよいのではないか。