通常、原子力発電所はベースロードで運転されるが、柔軟な運転方法をとればその価値をさらに高めることができる。
2015年9月、私は米国原子力エネルギー協会(NEI)のブレインストーミング・セッションに参加した。このセッション(及びこれより前の2つのセッション)は、米国の自由化環境下にある原子力発電所が、電力業界構造変革と電力市場という難関に直面する中、どこまで柔軟な運転方法をとることができるのか、という点が主なテーマであった。このNEIのブレインストーミング・セッションで議論されたアイデアのいくつかをとりあげてみたい。
NECGコメンタリー第3回では、経済的理由からほとんどの原子力発電所はベースロードで運転されていることを説明した。大半の電力系統や電力市場ではこのように原子力をベースロードで運転することが最適となるが、一部の電力系統や電力市場においては原子力発電所を柔軟に出力変動させながら運転することでその価値をさらに高めることができる。このコメンタリーでは、原子力発電所を短期的、および長期的に柔軟に出力変動させながら運転する手法について考察する。
短期的な柔軟性
電力市場価格は短期的にマイナスになり得るが、それに対応し短期的に柔軟に原子力発電所の出力を低下させれば、原子力発電所が生む利益をより大きくすることができる。スポット市場価格がマイナスになるということは、市場が発電出力を低下させるべきという経済的信号を発電事業者に向けて発していることを意味する。一部の発電事業者の短期限界費用(SRMC・すなわち電力市場への入札価格)はマイナスになることがある。例えば、風力発電事業者は、発電所が実際に発電した電力量に応じた税控除や再生可能エネルギー・クレジットを受け取ることができる。こうした風力発電事業者にとっては、税控除額と再生可能エネルギー・クレジットの合計額にマイナスをつけて市場で入札するのが最も合理的な戦略となる。電力スポット市場価格がこの風力発電事業者のマイナスの入札価格より高ければこの事業者は必ず利益を出して運転することができる。
水力発電事業者や原子力発電所など、その他にもSRMCがゼロとなり得る発電事業者がある。こうした発電事業者は、常に発電をしたいから、通常は「価格受容者」として市場に入札する。つまりこうした事業者の入札では、市場が発電事業者の発電電力量すべてを引き取る代わりに、価格としてはその時点時点で決まるスポット市場価格を適用して発電事業者に支払いが行われる。「価格受容者」として入札すれば、電力改革後の新しい電力市場環境においても原子力発電所を確実にベースロードで運転することが可能となる。原子力発電所は「価格受容者」として市場に入札しても、電力市場価格がゼロを上回る限り、各取引期間毎にいくばくかの収入を得ることができ、それを固定費に充当することもできる。しかし、もし電力市場でスポット価格がマイナスに転じた場合、「価格受容者」として入札した原子力発電所は市場運用者に対して支払いを行うことになる。こうした支払いは、原子力をベースロードで運転維持するための現金支出をともなう費用であって、原子力発電所の発電原価(燃料費以外の運転コスト)を上昇させる。もしもスポット市場価格がマイナスになるような場合には、原子力発電所が出力低下可能であれば、こうした費用を削減し、あるいはゼロにすることも可能となる。以下はいずれも原子力発電所を短期的に出力変動させながら柔軟に運転している例である。こうした実例はマイナスのスポット市場価格に直面する既存の原子力発電所にとって何らかの参考となるものだろう。
オンタリオ州発電所のタービン・バイパス
オンタリオ州ブルース発電所のCANDU炉は、原子炉を全出力で維持しつつ、電気出力を低下させる機能を有する。それはタービンをバイパスし、蒸気を復水器に直接排出することで、タービン発電機の電気出力を低下させる機能である。ブルース発電所の 各8基のプラントは定格電気出力約76万kWだが、各プラントは定格から出力を30万kW低下させ、柔軟な運転を行うことができる。オンタリオ州の市場運用者は低需要時や風力の発電出力が高い時には、このブルース・パワー社の原子力発電所が持つ合計240万kWの柔軟な調整電力を活用してオンタリオ州の電力系統のバランスを取っている。本稿トップの図は、2013年9月4日~10日の原子力発電所の柔軟な運転状況を示している。このようにオンタリオ州の電力系統のバランスを取るためにブルース発電所が持つ柔軟な運転機能が活用され、2013年9月8日日曜日早朝には原子力は出力を約200万kW低下させ運転していた[1]出典:Scott Luft’s Cold Airブログ;201336ウィークリー・レポートのアーカイブデータ(2013年9月4日~10日)。。CANDU炉のタービン・バイパスを活用した出力変動速度(すなわち、電気出力をどれほど速く増加または減少できるか)は、最大で全出力の10%/分である。これはコンバインド・サイクル火力発電所の出力変動速度である全出力の約5%/分より大きく、EPRやAP1000といった改良型原子炉の設計出力変動速度(全出力の約5%/分)と比べても速い[2]Atomic Insights、2011年12月1日、Don Jonesによるゲスト投稿;オンタリオ州のCANDU炉は天然ガスと水力より柔軟になれるか;。
NEIブレインストーム・セッションで、原子力業界からの参加者は、技術的に言えば米国の軽水炉も同様のタービン・バイパス機能を有しているが、今のところそれを運転の柔軟性向上には活用していない、と発言していた。米国の原子力発電所でもこのタービン・バイパス機能を活用し、運転出力を柔軟に調整すれば、スポット価格がマイナスである期間にも全出力運転を継続しているために発電所が市場運用者へ支払っている費用を削減し、あるいはゼロにすることができる。このように発電所出力を柔軟に調整することのメリットは十分にあり、それによって経済的理由から早期に廃止されてしまう可能性があるような原子力発電所の運転も継続することが可能となるかもしれない。
フランスの原子力発電所[3]原子力発電所の負荷追従の技術と経済性、OECD NEA 2011年
フランスでは、全電力量の75%以上が原子力で発電されている。フランスではこのように原子力発電の比率が高いため、一部の原子力発電所は柔軟に出力を調整しながら運転し、電力需要の時間単位、日単位、および週単位の変動に対応する必要がある。こうした柔軟な運転を実現するために、フランスの原子力発電所はベースロード・モード、一次/二次周波数制御モード、または負荷追従モードでの運転が可能となっている。一次周波数制御モードでは、系統周波数を安定に維持するため、リアルタイムでの出力増減が必要になる。二次周波数制御モードも類似ではあるが、原子力発電所の出力をより長期的に調整しながら、より大きな系統需要と周波数の変動に対応させる。負荷追従モードでは、24時間を通じて出力レベルと変動速度を予めプログラムしておく。この負荷追従モードでは、一部の原子炉では定格出力の50%という低出力で運転されることもある。
こうした柔軟な運転モードを実現させるため、フランスの原子力発電所では2種類の制御棒が使用されている。通常の制御棒に加え、中性子吸収量が小さいグレー制御棒が使われている。グレー制御棒の他、一次冷却材の温度変動も活用することで、フランスの原子力発電所は相当な運転上の柔軟性を確保している。新規原子炉の設計に関する欧州電力要求では、フランスやその他欧州諸国(例えば、ドイツ)での経験を基に、周波数制御と負荷追従の両方を可能とするような柔軟な運転機能が要求されている。こうしたフランスの柔軟な運転モードの一部は、米国の原子力発電所でも実現可能なものである。
コロンビア発電所[4]ICAPP 2015年の議事録、2015年5月03日~06日-ニース(フランス)、Paper … Continue reading
コロンビア発電所は、米国の太平洋岸北西部に所在する沸騰水型原子炉であるが、この地域には多数の水力発電所がある。コロンビア発電所は、電力系統の需給予測に対応して運転されており、同発電所ではこれを「ロード・シェーピング(負荷形成)」と呼んでいる。コロンビア発電所は、米国内でこうした運転方法を取っている唯一の商業原子力発電所である。ボンネビル電力管理局(BPA)管内電力系統では、春季に水力発電所の溢流を回避するため、原子力の「負荷形成」が必要となる。BPA電力系統の中で風力容量が増加することにより、さらに新たな「負荷形成」が必要になる可能性もある。コロンビア発電所は、BPAと合意しかつ米国NRCの承認を受けたガイドラインに従って「負荷形成」を実施する。普通、運転員は原子炉再循環流量の調整により、電気出力を定格の85%程度まで低下させ、さらに制御棒を挿入して電力出力を65%まで低下させる。こうした「負荷形成」による出力低下は、BPAの給電指令に基づき行われる。こうした出力低下の給電指令は、85%出力までの低下の場合は少なくとも12時間前に、また65%出力への削減の場合は48時間前に、そして完全停止の場合は72時間前までに必ず出されることになっている。米国の自由化環境下にある原子力発電所でも、類似の方法を活用して市場価格がマイナスとなることが予想される季節には夜間の出力を低下させることもできよう。
長期的な柔軟性
原子力発電所の運転を長期的に柔軟に行うことで価値を生める場合もある。原子力発電所の運転費が電力市場価格よりも高くなることがあるが、それは発電所の営業損失につながる。こうした営業損失が何年も続くと予測される場合もある。これまで米国では自由化環境下にあるキウォーニ発電所とバーモントヤンキー発電所の2原子力発電所が早期廃止されたが、これは電力市場での経済損失が発生し、あるいは将来も損失が発生すると予想されたことが原因である。自由化環境下にあるその他複数の原子力発電所でも同様の状況が起き得ると言われている。こうした長期的な損失継続に直面した米国の原子力発電所が採り得る選択肢としては、
- 状況が改善するまで、損失を出しながら運転を継続する。
- 原子炉を停止し、廃止措置を開始する。
ということになるが、こうした原子力発電所でも、電力市況が上向くまでの間、10年くらい休止状態にしておくという3番目の選択肢をとり得るのであれば、早期に発電所を恒久的に廃炉にしてしまうよりも魅力的な選択肢になり得る。カナダでの以下の実例から原子力の柔軟性に関してさらに別の教訓を得ることができる。
ピッカリングA発電所とブルースA発電所
1997年にピッカリング発電所の1~4号機は休止状態にされた。しかしピッカリング4号機は2003年に運転を再開し、1号機は2005年に運転を再開した。ピッカリング2号機と3号機は現在も安全停止状態にある。ブルースA発電所の1~4号機のうち、ブルース2号機は蒸気発生器のトラブルのために1995年に休止され、残る3基も1998年に休止状態にされた。2001年5月、ブルース・パワーLP(ブルース・パワー)社はオンタリオ・パワー・ジェネレーション社との間で長期リース契約を締結し、ブルースA発電所、およびブルースB発電所の運転認可を獲得し、カナダ初の民間原子力発電会社となった。リース契約の時点で、ブルースA発電所の4基の原子炉は休止状態にあった。ブルース・パワー社はブルースA発電所管理役務を引き継ぎ後、2004年1月にブルース3号機を、また2003年10月には同4号機を再稼働させ、さらにブルース1号機と2号機を2012年初めに再稼働させた。ピッカリングならびにブルース両発電所は、運転休止という選択がされなければ、廃炉にされていた可能性がある。休止状態に置いておくという選択肢があったことで、後からこれらの原子炉を再稼働させることができた。
米国の状況
許認可上、米国の運転中の原子力発電所には、「運転認可」を継続して維持するか、または発電所を閉鎖して「所有のみ認可」に移行するか、という2つの選択肢がある。「運転認可」を有する原子力発電所は、運転員及びその他の要員を継続的に維持しなければならない。人件費は原子力発電所の固定費の主要部分を占めるため、「運転認可」を維持しつつ単に運転中の原子力発電所を停止するだけでは、燃料費と燃料交換停止時の費用は削減することはできる。しかし、固定的な運転・保守費を大幅に削減することにはならない。
一方、原子力発電所を閉鎖し、「所有のみ認可」に移行するなら、それは廃炉への一方通行である。一旦閉鎖した原子炉に対し、後から新たな運転認可を取得することは可能かもしれない。その場合、当初、運転認可が発行された時点に施行されていたNRCの規制要件ではなく、現行の規制要件への適合がその発電所に対して要求される可能性が高い。古い原子力発電所を現行の規制要件に合致するように更改するのは、非常に大きな費用が必要となる可能性がある。もしも、米国NRCが原子力発電所の休止状態を認める、新たな制度上の認可種別を設けることができれば、米国でもピッカリング発電所やブルース発電所が再稼働したのと類似の状況を生む可能性がある。こうした新しい「運転認可の一時的停止」は以下のような内容となるであろう。
- 「所有のみ認可」に移行した場合とほぼ同等の運転保守費の削減(例えば、セキュリティや最低の保守費用のみが発生する)が可能になり、原子炉の維持コストを大幅削減できる。
- 「運転認可の一時的停止」状態の原子力発電所には、いずれ運転再開するか、あるいは廃止措置に移行するか、2つの選択肢がある。
- 原子炉を運転状態に戻す場合、「運転認可の一時的停止」状態に置かれた期間の長さ分、当初の運転認可満了日を延長させる。
- 「運転認可の一時的停止」状態の間の原子炉の維持要件を(将来の再稼働は十分可能だが、過度な負担とはならないよう)明らかにする。
- 運転状態に戻すときの要件を明確に示し、「運転認可の一時的停止」状態に入れるに際し、発電所所有者が復帰の費用や再稼働についての見通しを評価できるようにする。
原子力発電所にこうした新しい認可オプションを適用することができれば、米国の自由化環境下にあって閉鎖の脅威にさらされた原子力発電所を恒久的に廃止するのではなく、休止状態に移行させて維持することが可能となる[5]ANS Nuclear Cafeへの投稿「停止した原子力発電所を休止状態にしよう」、Rod Adams、2013年9月3日にこのトピックを取り扱った。
結論
既設原子力発電所を短期的に柔軟性をもって運転すれば、発電所が生む利益をより大きくすることができる。原子力発電所を休止状態に置くような長期的柔軟性を確保できれば、今は採算が合わない原子炉でも何年か後に電力市場価格が好転した際に運転を再開することができる。
[Margaret Harding(NECG提携先)が、本コメンタリーの早期ドラフトをレビューした]
脚注
↑1 | 出典:Scott Luft’s Cold Airブログ;201336ウィークリー・レポートのアーカイブデータ(2013年9月4日~10日)。 |
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↑2 | Atomic Insights、2011年12月1日、Don Jonesによるゲスト投稿;オンタリオ州のCANDU炉は天然ガスと水力より柔軟になれるか; |
↑3 | 原子力発電所の負荷追従の技術と経済性、OECD NEA 2011年 |
↑4 | ICAPP 2015年の議事録、2015年5月03日~06日-ニース(フランス)、Paper 15555、原子力と再生可能エネルギーは友人になり得るか?D.T.Ingersoll、C.Colbert、Z.Houghton、R.Snuggerud、J.W.Gaston、及びM.Empey |
↑5 | ANS Nuclear Cafeへの投稿「停止した原子力発電所を休止状態にしよう」、Rod Adams、2013年9月3日にこのトピックを取り扱った |
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