今月は、エクセロン社がクリントン原子力発電所(上の写真)とクアド・シティーズ原子力発電所の閉鎖を決定し、オマハ地域公営電力はフォートカルホーン原子力発電所の閉鎖を決定した上、さらにPG&E 社がディアブロキャニオン原子力発電所の運転期間延長の認可を得ないことを決めて公表した。これにより、この合計6基の原子力発電所からこれまで社会全体が得ていた大きな便益が失われることになる。本コメンタリーでは、なぜこうした事態が起きたのか、そしてどうすればそうした流れを止めることができるのかについて説明したい。
最近キウォーニ原子力発電所とバーモントヤンキー原子力発電所が早期閉鎖された件は多くの注目を集めたが、それより前に決まった発電所の早期閉鎖に対しても防ぐための方策はほとんど取られてこなかった。上述6基の閉鎖公表に加え、今月はこれまで以下が明らかとなっている。
- 「フィッツパトリック」と「ピルグリム」が早期閉鎖される。
- 保修関連の課題が大きいため、「サンオノフレ」と「クリスタルリバー」も早期閉鎖された。
- ニューヨーク州の政策措置が本年9月までに施行されない場合、「ナインマイルポイント1号」と「ギネイ」も早期閉鎖される。
- 「プレーリー・アイランド」の早期閉鎖が検討されている。
- 「デービスベッセ」を救済するためのオハイオ州の政策措置には、米国連邦エネルギー規制委員会の規制や訴訟という難関が待ち受けている。
- 「フェルミ3号」と「サウス・テキサス・プロジェクト3、4号」は建設・運転一括認可を受けたが、実際に建設される予定はない。
米国内の原子力発電所の運転を通じて社会は大きな便益を受けているが、そうした公益的役割の大きさに見合う補償を発電所は受けてはいない。市場では原子力の発電電力量と発電容量も他電源と区別なく市場価値が決まり、それに基づき原子力発電所を所有する会社は様々な判断を下さざるを得ない。昨今のように電力価格あるいは容量価格が低迷している場合、自由化環境下に置かれた原子力発電所は損失を出して運転することになる。そんな場合、料金規制下に置かれた原子力発電所や公営原子力発電所では電気料金の値上げが起きる。また新規原子力発電所計画も採算性がないとみなされることになる。電力価格が高騰している場合、自由化環境下に置かれた原子力発電所の採算性は高まり、料金規制下に置かれた原子力発電所や公営原子力発電所では電気料金の値下げが起きる。また新規原子力発電所事業の採算性はより高くみなされることになる。一時的な電力価格低迷で既存の原子力発電所が早期閉鎖され、新規の原子力発電所も建設されないとするなら、それは電力系統の信頼性確保や経済的・環境的効果など、これまで社会全体が原子力発電から受容していた大きな効果が失われることにつながる。これは原子力を電力市場の中で扱う、という米国がとった手法は失敗であったということを意味する。
市場の失敗
「市場の失敗」、経済学上の一つの概念、市場(電力市場に限らず広い意味での)の機能では社会の純便益確保がなされない場合を指している[1]「社会の純便益」とは社会全体の便益(公的便益と私的便益)から社会全体の費用(公的費用と私的費用)を差し引いた純便益をいう。。ある経済活動や投資が行われれば社会全体としては純便益が確保されるにも拘わらず、それが各企業にとって私的損失を招く場合、そうした活動や投資は行われないことになるが、こうした場合が「市場の失敗」に相当する。こうした「市場の失敗」を防ぐためには、負の外部性を有する要因に対して費用を課す、また正の外部性を有する要因に対しては補償を与える、あるいは市場の失敗を起こしそうな領域については公的所有に移す、などの手法が一般的にとられる。「市場の失敗」は公益を最大限に確保することに対する失敗だから、こうした対処はいずれも政府による措置を伴うものとなる。炭素価格制度は負の外部性要因に対して費用を課した一例である。英国が新規原子力に対してとった奨励措置は正の外部性要因に対する補償の一例である。また、再生可能エネルギー電源に対する補助金もこれと同様の例である。フランス、韓国、ロシア、UAEなどの諸国で政府が原子力発電所を所有しているが、これは公的所有により市場の失敗を防いでいる例である。
米国の「市場の失敗」を如何に是正するか
5月に行われた「米国エネルギー省(DOE)サミット」では米国内の原子力発電所が早期に閉鎖されてしまうことに歯止めをかける手法が議論され、米国原子力学会が示した「ツール・キット(政策オプション集)」などが取り上げられた。原子力に関する市場の失敗を防止する手法は、間接的手法と直接的手法に区分して考えることができる。
間接的手法
間接的手法は原子力発電所に対し経済的支援を与えるものだが、直接的に市場の失敗という問題に焦点を当てたものではない。例えば、電力市場の構造変革や炭素価格制度がこうした間接的手法に相当する。
電力市場と容量市場の改善 ―― 電力市場と容量市場の価格で原子力発電所の収入は決まる。信頼度を確保しながら系統の限界費用を下げる、という電力市場や容量市場が意図する目的に照らせば、これら市場は比較的うまく機能している。しかし電力市場や容量市場は、原子力発電所から社会が得られる便益を最大化する、という観点では制度設計されていない。NECGコメンタリー第2回では、原子力発電所など資本集約度が高い発電方法がなぜ電力市場とはうまく整合しないのかについて解説した。もしも電力市場の構造を変革し、今は価値を認められていない原子力から得られる便益についても何らかの価値を付与することができれば原子力にとって有益である。
炭素価格制度 ―― 一部では炭素価格制度が原子力を救うことになるという見方もある。炭素価格制度は原子力の採算性を向上させる可能性があるが、最近、私がワールド・ニュークリア・ニュース(World Nuclear News:WNN)に投稿した記事にもあるとおり、それで原子力が本当に救えるかどうかは確かではない。
直接的手法
原子力発電所が社会に提供している便益に対して直接的に補償する(例えば、正の外部性に対応した金額を補填するなど)ことは、市場の失敗という問題を解決する上で効果的な手法である。直接的手法の具体例を以下にいくつか示す。
電力売電契約 ―― 料金規制下にある電力会社と原子力発電所が電力売電契約を締結すれば、原子力発電所は安定かつ十分な収入を確保することができ、自由化環境下での早期閉鎖を防ぐことが可能となる。自由化環境下にあるデュアン・アーノルド原子力発電所の2012年売電契約延長はその一例である。アイオワ州公益委員会は原子力発電が公益性(ゼロエミッションや雇用確保)を併せ持っていることを理由にこの売電契約の延長を認可した。
クリーン(あるいは原子力)エネルギー使用義務付け ―― これは州の料金規制下にある小売電力会社に対して、原子力を含むクリーン電源から一定の割合、電力を調達するよう義務付けるものである。原子力の使用を義務付けるということは、原子力が環境的に便益を生むことに加え、電力系統全体の信頼度を確保し、経済的にも便益を生むということを認めるものともいえる。
税控除 ―― 連邦税あるいは州税の控除は既設原子力発電所に対して直接的な収入を生み、発電所が社会に与えている大きな便益に見合う補償を得ることにつながる。
原子力に対する「プランA(政府所有)」適用 ―― 経済的困難に直面している発電所を政府所有に移すことは原子力発電に関する市場の失敗への対処法となり得るものである。
最近のワシントンポスト記事では、石炭火力発電所を閉鎖するため、米国政府がそれら発電所を買い取ることが提案されている。この石炭火力発電所に対する「プランA」適用は、頓挫している「クリーン電源計画(CPP)」に代わるものとして提案されたもので、「CPP」と同様の目標を、より早期かつ確実に、また法的にも問題がない方法をもって達成しようとしたものである。石炭火力発電所を収用するのに要する支払いを含め必要となる費用は、それによって社会全体が純便益を得られる(つまり火力発電所が閉鎖される)ことをもって十分に正当化されるとられている。
米国政府は原子力発電所に対してもこうした「プランA」適用検討を進めるべきである。その場合、早期閉鎖が検討されている既設原子力発電所が運転を継続できるよう、連邦政府がそれを買い取ることになる。そして将来電力市場価格が上向けば、政府が所有することになる原子力発電所の価値もまた高くなる。
こうした措置に要する費用の正当化
原子力発電所に関する市場の失敗を解決するのにかかる費用は、電力料金の上昇、連邦政府支出の増加や税収減少などの形になって表れる。しかし、再生可能エネルギーに対する米国連邦税控除、あるいは州の再生可能エネルギー使用義務付け、さらにはEUの再生可能エネルギーに対する国家援助の例外規定など、これと類似の市場の失敗への対処は正当なものとされており、この原子力に関して発生する費用についても同様の論拠から正当化が可能なものと言える。社会が便益を受ける(炭素放出量がゼロである)にも拘わらず、市場の失敗のために再生可能エネルギーへの投資は行われることにはならないから、こうした市場の失敗に着目した政府の措置が必要と考えられている。運転中の原子力発電所が早期に閉鎖されることを防ぐために必要となる費用は、発電所が運転を継続することで得られる大きな公的な便益を考えれば十分に正当化ができるものである。
米国が英国から学ぶ教訓
原子力に関する市場の失敗をどのように扱えばよいかにつき、英国政府が良い手本を示している。英国内の原子力発電所を所有していたブリティッシュ・エナジー社は、英国自由化電力市場で売電する発電事業者となって、経済的な問題に直面することとなった。原子力発電所が早期に閉鎖されることを防ぐため、英国政府は2005年、同社を再度国有化した。また英国電力市場の現状や炭素価格制度だけからは新規原子力発電所への投資を裏付けることはできないにも拘わらず、英国政府は、新規の原子力発電所が建設されるべきと判断した。このため、英国政府は「ヒンクリー・ポイントC」を皮切りとする複数の新規原子力発電所の建設計画を後押しするために「電力市場改革計画」を施行した[2]Information on the Hinkley Point C incentive package。英国とは対照的なことに、米国では経済的問題にさらされている運転中の原子力発電所を救済し、あるいは新規の原子力発電所建設を後押しするような政策措置を、政府はほとんど何もとってこなかった。
次なるものは?
米国内の原子力発電所に関する「市場の失敗」は、発電所が大きな便益を社会に提供しているにも拘わらず、それに対して補償が与えられていないために発生しているものだ。その結果、発電所所有者は単に市場価値だけをもって様々な判断をせざるを得なくなっている。もしもこの市場の失敗を解決する措置が取られなければ、さらに多数の運転中原子力発電所が早期に閉鎖され、新規の原子力発電所も建設されることには決してならない。原子力発電所が生んでいる便益に対して補償を与えるため、何らかの措置を取ることがこの市場の失敗を解決する最も確かな方法である。政府だけがそうした補償を与えることができる。もしも米国内で原子力産業を生き残らせたいとするなら、今、直ちに連邦政府の措置が必要と言える。
脚注
↑1 | 「社会の純便益」とは社会全体の便益(公的便益と私的便益)から社会全体の費用(公的費用と私的費用)を差し引いた純便益をいう。 |
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↑2 | Information on the Hinkley Point C incentive package |
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