ウォールストリート・ジャーナル記事「米国原子力産業の降伏について再考する」は、原子力安全規制が行き過ぎるために、米国やその他の西欧民主主義国家は原子力産業についてロシアや中国に降伏してしまったと示唆している。だがこの記事では、原子力発電の経済性、電力業界の構造、あるいは政府が果たすべき役割など、原子力発電において異なる状況をひき起こす様々な重要な要因が無視されている。
原子力発電の経済性
米国での原子力発電が低迷している最も重要な理由は、安価な天然ガスの存在にある。原子力発電所では、発電用に設計された原子炉が使われる。この原子炉から得られる電力の価値が原子力発電所の価値を決めることになるが、その価値は同時にその他の電源のコストによって左右される。米国には低コストの天然ガスを燃料とするコンバインド・サイクル(CCGT)発電所からの安価な電力がある。この安価なガスのため、米国では均等化発電原価(LCOE:Levelized Cost of Electricity)を比較すると新設CCGT発電所の方が新設原子力発電より安い[1] NECGコメンタリー第8回で論じている通り。。その他の国では、原子力発電のLCOEは他の電源より安く、原子力は長期的にみてより望ましい電源の選択肢とされている。
電力産業の構造
たとえ原子力発電のLCOEがそれに代わり得る他の電源よりも安いとしても、電力業界が日常的に得る収益が長期的かつ確実に確保されていなければ、原子力発電プロジェクトへの投資は実現しない[2] 私の2015年1月のNEIマガジン記事「米国の原子力産業の衰退」で詳細に考察している。。電力業界にはそれぞれに経済原則が異なる2種類のモデルがある。
従来型モデル
従来型の電力業界の構造では、垂直統合され地域独占を許された企業を経済的規制下におくか、それを政府などが公的所有する形をとる。この従来型電力会社は、電力需要を満たし、かつ経済的にみて総システムコスト[3] 総システムコストには、発電所の短期限界費用のほかに、固定運転費、投資回収、送電・配電系の費用などの項目が含まれる。が長期的に最も安くなるように、電源構成も含めて電力供給システムを構築することをその目標に据える。自らが長期需給計画を立案し、それに沿って新規発電設備の建設を責任をもって進めることになるが、それは原子力発電所投資に必要となる収益を確実に確保することにつながる。現在運転中の全ての原子力発電所と、現在建設中のほぼ全ての原子力発電所は、こうした従来型の電力システムの下で建設、あるいは運転されている。この従来型モデルには1世紀以上の成功実績がある。
市場モデル
一方、電力市場モデルでは、電力会社は発送電分離によって再編され、その中で発電事業者は電力市場で競争することになる。電力市場では、経済的にみて卸売スポット市場価格[4]卸売スポット価格には、短期限界費用のみが含まれ、固定運転費、投資収益と投資回収、またはその他の電力システムコストは含まれない。を最小に抑えることが目標とされる。たとえ現在の電力市場スポット価格が、原子力発電所の投資を正当化するほど十分に高いとしても、将来のスポット市場価格には常に不確実さがある。売電時のスポット価格が不確実であれば、原子力発電所の投資を正当化するのに必要となる確実な長期的収益が確保できるかどうかもわからない。市場モデルでは、常に利潤を最大化し、商業的リスクは最小化することを重視する民間の電力投資家が発電施設に対し投資を行うことが前提となるため、発電所への投資から得られる収益が確実なものであることがなお一層重要となる。新しい市場モデルの下では、原子力発電所は未だ1基も建設されていない。電力市場と原子力発電は相容れないものである可能性がある[5]私の2015年2月のワールド・ニュークリア・ニュース(World Nuclear News:WNN)の社説「原子力は自由化電力市場で成功できるか?」で考察している。。米国の自由化環境下で電力市場に売電しながら運転している一部の原子力発電所は経済的理由から早期廃止になった[6]電力市場とバーモントヤンキー発電所の早期廃止の関連性については、NECGコメンタリー第4回で考察している。。英国の電力市場改革プロセスでは、投資に対する長期的収益を確実なものとし、十分かつ適切な発電設備への投資が行われるよう、英国政府が電力市場に介入することが許されている。(例えば、ヒンクリーポイントC発電所)
政府の役割
現在、活力をもって原子力発電開発が行われている国々のほとんどでは、電気事業及び原子力産業に関して政府が強い役割を担っている。経済活動の中で政府が果たす役割は、市場資本主義(例えば、米国)から、政府所有あるいは国有(例えば、中国)まで様々である。市場資本主義では民間企業が市場で競争しながら物品とサービスを提供するが、政府計画経済では国営企業がトップダウンの計画に基づいて物品とサービスを提供する。
発電所はその所有者に直接的な利益をもたらすのみならず、政府にも重要かつ間接的な経済的影響をもたらす。国営電力会社は、直接的利益と間接的経済的影響の両方を踏まえながら発電所への投資決定を行うことができる。同様に、国営原子力産業は、所有者に直接的利益をもたらし、かつ国の経済に間接的な影響をもたらすことができる。政府経済は伝統的電力産業を抱える可能性が高く、これらの政府経済は国営原子力産業を擁する可能性はより高い。電気事業と原子力産業の両方を政府が統制すれば、組織的に統合された原子力発電開発戦略を策定することができる。原子力開発についての政府決定は、政府系電力会社による原子力発電所の発注につながる。こうした原子力発電所の発注は、国営の原子力企業に対しても行われ、そうしたメーカーは計画的に技術力を高めながら原子力発電所を納入することができる。
国家資本主義
一部の国では、国家エネルギー戦略および原子力産業戦略の一環として原子力発電所を建設している。これらの国の国営電力会社は国営原子力メーカーから原子力発電所を購入する。またこうした国営原子力メーカーは世界の原子力市場で競争している。こういった国営原子力メーカーは国家資本主義[7]Ian Bremmerによる「自由市場の終焉」で考察している通り。の好例であり、政府が所有し統制している企業が世界市場で民間企業と競争している。
フランスの原子力発電所建設状況
フランスは市場経済国であり、いわゆる「西欧民主主義国家」の1つであるが、電気事業と原子力産業は国営である。フランスは、輸入化石燃料に代わるものとして原子力発電を選択し、上図に示すように原子力建設計画に基づいてEDFが標準化された原子力発電所を多数発注している。こうしたフランスの原子力発電所の発注は、フランス原子力産業を発展させるための基盤となっている。中国、フランス、ロシア、および韓国は、国家が統制する原子力産業を擁する主要な国々である。フランスの原子力発電所建設状況
降伏ではない
米国で原子力発電が低調であるのは、原子力安全規制のせいではなく、以下の事実に関連したものである。
- 原子力発電の経済性-原子力の発電コストは、天然ガスCCGTのそれより高い。
- 電気事業の構造-米国の多くの地域で自由化電力市場がある。また、建設中の5基の原子力発電所は従来の規制地域にある。
- 国の経済政策-米国の市場経済は、フランス、ロシア、中国、韓国でみられるような政府統制による原子力開発戦略を支援するものではない。
脚注
↑1 | NECGコメンタリー第8回で論じている通り。 |
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↑2 | 私の2015年1月のNEIマガジン記事「米国の原子力産業の衰退」で詳細に考察している。 |
↑3 | 総システムコストには、発電所の短期限界費用のほかに、固定運転費、投資回収、送電・配電系の費用などの項目が含まれる。 |
↑4 | 卸売スポット価格には、短期限界費用のみが含まれ、固定運転費、投資収益と投資回収、またはその他の電力システムコストは含まれない。 |
↑5 | 私の2015年2月のワールド・ニュークリア・ニュース(World Nuclear News:WNN)の社説「原子力は自由化電力市場で成功できるか?」で考察している。 |
↑6 | 電力市場とバーモントヤンキー発電所の早期廃止の関連性については、NECGコメンタリー第4回で考察している。 |
↑7 | Ian Bremmerによる「自由市場の終焉」で考察している通り。 |
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