電力自由化市場で多くの原子力発電所が廃炉の危機に瀕している。我々はそれがいわゆる市場の失敗に相当するということを考慮した上で、どのようにしたらその市場の失敗に終止符を打ち、今後も原子力が生む公益性を維持できるかについてよく考えるべきである。
アーティフィシャル島[1]Artificial Island: (訳注)ニュージャージー州とデラウェア州境にある島。セーレム原子力発電所とホープクリーク原子力発電所が立地している。にある2つの原子力発電所に対して追加の収益を与えるためのニュージャージー州の援助案は同州においてこの市場の失敗を防ぐことになると考えられる。一方でオハイオ州やペンシルバニア州ではこの市場の失敗が現実のものとなってしまうことがほぼ確実と思われる。
このNECGコメンタリーでは市場の失敗とは何か、そしてそれが実際に原子力発電所ではどのように起きるのかについて解説する。[2]市場の失敗の問題についてはNECGコメンタリー#14でも取り上げている。
市場の失敗
市場の失敗とは経済学で一般的に用いられる用語であって、どのような市場にも当てはまる概念である。
市場の失敗の「市場」とは、ある産業における所有権の形態(すなわち様々な私企業)や、そうした企業が関係する市場でどのように収益を上げるか、さらにはそれらが関係する市場がどのように機能するのかなど、その産業の置かれる環境を総体的に表した概念である。
つまり市場の失敗とはある特定の市場が機能していないということを意味するものではなく、そうした市場がもたらす結果が公益を最大化していない、ということを意味している。
ここでの公益とは一般社会の利益と幸福を意味している。(例えばきれいな空気は公益の一つである)
ある特定の市場を考えた場合、その市場設計上の目標は達成できたとしても、それでも市場の失敗を引き起こすということがあり得る。そうしたケースは経済学では外部性という概念を用いて説明される。外部性とは良きにつけ悪しきにつけ、当該市場では表現することができない影響を業界が受けることを言っている。
電力業界を考えると、発電の直接費(当該企業のコスト)には負の外部性(例えば燃焼ガス排出、電力システムが一時的にしか稼働しないことで生じる費用、土地確保のための開発、景観、騒音など)は通常含まれない。また正の外部性がもたらす利益(例えば雇用創出による経済効果、電力系統安定性、燃料源の多様性など)も含まれていない。[3]最近のNEA報告書-The Full Cost of Electricity Provision … Continue reading
電力市場は時々刻々変わる需要に応じて発電事業者が発電する(つまり発電機を動かす、あるいは止める)のに際して当該企業で発生する直接費だけに基づいている。[4]重要なのはこうしたコストには各発電事業者の固定費用と限界費用が混在しているという点である。本件はNECGコメンタリー#2でも論じている。
リアルタイムで電力需要に応えるのは困難かつチャレンジングなプロセスである。自由化電力市場もその難題に対応してはいるが、市場に参入している事業者の外部性を反映してはおらず、その結果、市場の失敗を引き起こす可能性もある。
電力市場の短期的なスポット価格が産業の効率化をもたらすことはあるとしても、それで排出ガスを低減するとか、長期的な電力系統の安定性を確保するとか、あるいは国としての政策を実現するといったその他の目標も同時に達成できると考えるべきではない。
原子力に関する市場の失敗
マーチャント原子力発電所という用語は発電した電力を電力市場で売却して収益を得ている原子力発電所のことを指している。規制環境下にある発電所やそれを所有する事業者、あるいは自治体などが所有する発電所の収益は電力市場での売り上げには依存していない。マーチャント原子力発電所やそれを所有する発電事業者はその点で大きく事情が異なっている。
電源種別の如何によらないコモディティとして電力を扱っている電力市場を通じて得られる収益では考慮されていない様々な社会的利益を原子力発電所は生み出している。そうした社会的利益には、排出ガスゼロの発電、長期的な高信頼度稼働、電力系統の安定性確保、電源の燃料源多様化、化石燃料高騰に対するヘッジ、雇用創出を通じた経済効果などがある。
マーチャント原子力発電所では以下のような場合に市場の失敗を引き起こすことになる。
- コモディティ電力市場からの収入では固定的な発電コストをカバーできない場合
- 電力市場で現に損失を出し、あるいは将来損失を生じるであろうと予想される場合
- 私企業である所有者が経済的損失を理由に廃炉せざるを得ないような場合
- そして発電所が生みだしている大きな公益性がそうした廃炉によって失われる場合
市場の失敗への対策
一般的に言って市場の失敗への対策には以下のようなものがある。すなわち、負の外部性に対しては費用を課す、また正の外部性に対しては何らかの補填を与える、またそうした市場の失敗を引き起こしそうな分野そのものを政府・公的機関に所有させる、などである。
市場の失敗は公共財に関するものだから、通常こうした対策には政府が関与していくことになる。
カーボンプライシング(炭素への価格付け)は負の外部性に費用を課す一例である。カーボンプライシングを行えば炭酸ガスを放出する電源の原価は増加することになるから、電力市場価格も上昇し、その結果、炭酸ガスを放出しない電源(例えば原子力)の電力市場における価値は間接的に増すことになる可能性がある。
ゼロエミッションクレジット(ZEC)による給付金は正の外部性に対する補填の一例である。ニューヨーク、イリノイ、ニュージャージーの各州は、原子力発電がもたらす排出ガス上の便益がコモディティ電力市場では適切に補填されていないことを認識した上で、そうした便益に対してはZECによる給付金で補填をする対策を取っている。
再生可能エネルギーに対する連邦税額控除、あるいは州によるその使用義務付けや補助も正の外部性を補填しようとする取り組みである。電力市場からだけでは十分な収益があげられないのではないかという再生可能エネルギーのプロジェクトに関する懸念に対して、そうした施策を通じて追加の収益を付与することで再生可能エネルギー開発計画を支援しているということになる。
またフランス、中国、韓国、ロシア、アラブ首長国連邦(UAE)などで見られるような電気事業と原子力そのものを政府が所有する形態も、政府・公的機関がそうした所有権を持つことで市場の失敗を防ぎ、かつ公益性を最大限に発揮させようとしている一例である。
例1-市場の失敗
図1に示す最初の例では発電原価3.5¢/kWhのマーチャント原子力発電所が電力市場で2.5¢/kWhの売り上げを得ている場合を示している。このkWh当たり1¢の逆ざやによる損失は年間を通して考えれば何百万ドルもの損失を引き起こすことになる。
ここでこの原子力発電所は社会全体にとって正味7.5¢/kWhに相当する公益を生み出していると考えてみよう。私企業であるこのマーチャント原子力発電所の所有者にとってみれば、こうした公益を生んでいるにも拘らずそれに関して金銭的な利益を受けることは全くない。
もしもこのマーチャント原子力発電所の所有者がそれ以上の経済的損失を出さないために廃炉を決めるとした場合、この原子力発電所が生んでいる公益全額は失われることになる。それが市場の失敗である。
例2-ZEC給付金
図2に示す2つ目の例はマーチャント原子力発電所に対してZECによる給付金が付与される場合である。原子力発電所が生んでいる正味の公益に対して、その一部はZEC給付金の形で補填されることになる。こうしたZEC給付金が付与されれば原子力発電所の運転は利益を生むことになり、社会から見てもZEC給付金を差し引いた正味6¢/kWhの公益を生み続けることになる。
こうしたアプローチをとれば市場の失敗を避けることができることになる。
例3-料金規制あるいは政府・公的機関による所有
図3に示す3つ目の例はマーチャント原子力発電所を再び料金規制下に戻す、あるいはその所有権を政府・公的機関に持たせる場合である。この場合、原子力発電所の発電原価全体を電力需要家が負担することになるから、kWh当たり1¢の逆ざや分は需要家から回収されることになる。
その負担分を考慮しても正味でみて大きな額の公益が残ることになる。こうした方策を取ることでも市場の失敗を回避することができる。
マーチャント原子力発電所が廃炉の危機に瀕している場合、この市場の失敗のことをよく考えた上で、その市場の失敗に終止符を打ち、原子力が生んでいる公益が失われないようにする方策を皆が考えるべきである。
脚注
↑1 | Artificial Island: (訳注)ニュージャージー州とデラウェア州境にある島。セーレム原子力発電所とホープクリーク原子力発電所が立地している。 |
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↑2 | 市場の失敗の問題についてはNECGコメンタリー#14でも取り上げている。 |
↑3 | 最近のNEA報告書-The Full Cost of Electricity Provision はどうして電力市場価格が外部性や電力系統への影響など含めた全てのコストを反映したものとはならないのかにつきうまく説明している。 |
↑4 | 重要なのはこうしたコストには各発電事業者の固定費用と限界費用が混在しているという点である。本件はNECGコメンタリー#2でも論じている。 |
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