2019年7月、英国ビジネス・エネルギー・産業戦略省は英国内での新規原子力発電所建設向け投資実現を目指す規制資産ベース(RAB[1]RAB model : Regulatory Asset Base model)モデルについて意見公募を開始した。このNECGコメンタリーはこの意見公募に対する我々の見解をまとめたものである。
このNECGコメンタリー第30回は2019年7月に出された英国ビジネス・エネルギー・産業戦略省のRABモデル意見公募に対する我々の見解であり、以下の内容からなっている。
- 要旨
- 議論の背景
- RABモデルに関する論考
- 結論
I. 要旨
電気事業改革が進む中、英国において新規原子力発電所建設への投資を実現させることは大きな課題であり、この課題に対する単純明快で簡単な解決方法はない。
RABモデルは枠組みを適切に構築した上で実運用されるならば有益な手段となり得るが、いくつか課題もある。すなわち、RABモデルは、
- 複雑であり実運用は困難なものとなる可能性がある
- 英国原子力発電事業のあるべき姿を的確に反映できない可能性がある
- 英国内の電気事業や電力市場のあり方を広範に再評価し、全体的に再構築することなくして適切なものとはならない可能性がある
- 期待されているような原子力新設への投資にはつながらない可能性があり、仮にそれが実現したとしても、EdFや中国のCGNのような海外国営企業以外には建設を行う主体は出てこない可能性もある
この意見公募の質問項目についてNECGは以下のような見解を持っているが、これらは本コメンタリーの以降の章で解説を加える原子力新設への投資を実現させる上での諸課題とも密接に関係している。
質問1:RABモデルは新規原子力建設に対する投資を引き起こし、かつ需要家や納税者の負担に見合う価値をもたらすモデルとなっているか?
質問2:モデルで示された経済的規制の枠組みを構成する各要素について何か意見はあるか?
質問5:ここに示した原子力新設に対するRABモデルに基づいて行われる具体的な収支設計がどのようなものになるかについて意見はあるか?これ以外の本案を代替する他のモデルで我々が検討を行うべきものはあるか?
質問6:原子力に対するRABモデルの下で新規原子力建設を評価した上で、それが需要家や納税者の負担に見合うものかどうかを判断しようとするこの手法に対して何か意見はあるか?
これらの4つの質問(つまり質問1,2,5,及び6)のいずれもが提案されたRABモデルは完璧で実運用可能な手法であり、それにより英国内で十分な容量の新規原子力発電所建設が行われ、いわゆる「原子力ギャップ」を埋め合わせることができる、という前提に基づいている。だがNECGはこの前提には同意でない。これらの質問に答えるにあたっては、まず本稿で後述するような問題点や疑問点が解明されなければならない。
質問3:ここで提案された手法で需要家の利益はうまく保護されることになるかどうかにつき何か意見はあるか?需要家の利益を保護するために何か他に考慮すべき事項はあるか?
理屈から言えば提案されたRABモデルには需要家の利益を保護することになる諸特性が含まれていることは事実だが、現実問題としてみるなら提案されたRABモデルではそれが実現しない可能性があることをNECGは懸念している。いずれにせよ提案されたRABモデルを構築し実適用しようとすれば多大な労力を費やす必要があり、しかもそれによっても期待される水準や形をもって新規原子力発電所建設に対する投資は行われないかもしれない。
質問4:CfD(差金決済)モデル[2]訳注:CfDについては過去本コメンタリー第6回、第10回、第24回、第26回などで解説されている。と比べ、RABモデルを使えば需要家の総負担額は小さくなると予想されるならば、需要家もリスクを分担して負担するというRABモデルは需要家にとっても価値があるものだ、という点について同意できるか?
理屈上の答えはその通りである。しかしながらこの質問はどちらのモデルでも新規原子力発電所建設の投資が実現することを前提としているが、この前提は正しくないかもしれない。ヒンクリー・ポイントC号機新設のために取られた奨励策(すなわちここで言及されているCfDモデル)はホライズン社やニュージェネレーション社(NuGen)の新設計画などではうまく機能しなかった。以下で論評を加えるとおり、提案されたRABモデルでは、その内容を見直し、かつ更なる支援策を追加しない限り、新規原子力発電所建設の投資は行われない可能性があることをNECGは懸念している。
II. 議論の背景
英国は炭素放出量や系統信頼性に関する長期的政策目標を達成するため、新規の原子力発電所建設を必要としている。原子力発電は実証済みかつ大規模で給電指令可能な電源であり、負荷追従運転も可能である上、環境への炭素放出量は極めて小さく、燃料サイクルが可能で国家エネルギーセキュリティ上も有益で、環境上も所要土地面積が小さく、高エネルギー密度で、さらに長期間運転可能なインフラ資産であるなどの特徴を有している。
英国では新規原子力発電所建設に際しては、諸外国の国営企業も含む民間からの投資を惹起するような奨励策を取る政策がとられている。
ヒンクリー・ポイントC号機の新設計画を担っている[3]訳注:ヒンクリー・ポイントC号機はフランス電力(EdF)が建設中。EdFは仏国政府が8割以上の株式を所有している。ような原子力関連の国営企業はリスク選好的で、国家レベルのリソースを振り向けることも可能であるなど、純民間ベースで新規原子力発電所の開発投資を検討している普通の企業とは大きく異なった特性を有している。
ヒンクリー・ポイントC号機で活用されたCfDモデルは主に運開以降の収支水準とその確実性に関するリスクを解消することに焦点を合わせたものであり、運開までのリスクについては、当該海外国営企業とその所有者である政府がリスクを取ることを前提としている。そうした政治的環境の中で行われる交渉を通じて新規原子力発電所建設を進めることに英国が満足しているのであれば、RABは新規原子力建設に対する投資をもたらす上で適切なベースとなり得るし、そこでは英国国民がより大きなリスクを背負うことになるから原子力発電所建設主体にとってみれば潜在的に[4] … Continue readingCfD手法よりも好ましいものとなり得る。
理想の世界では電力市場が出す答えが原子力についても新規投資を促す動機づけとなるとされるであろう。だが電力自由化された現実の社会を見れば、長期にわたる収入を確実なものとする市場外での補助金などなしに、市場だけで原子力発電のように資本費が大きい新規電源に対する投資を促すに十分な経済的な動機づけが与えられるということにはならない。
その理由として少なくとも以下の4点をあげることができる。
- 新規原子力発電への投資を後押しするには、自由化された電力市場で決まる短期的な電力価格は余りに安くかつ不確実である。
- 電力市場価格は原子力発電所がもたらす公益(例えば、無炭素電源、エネルギーセキュリティ、エネルギー供給多様性など)の価値を評価、反映することはほとんできない。
- 最近の原子炉は長寿命の資産(認可期間は60年で100年位までは寿命延長が可能)だという点が経済モデルには取り込まれておらず、運開後約30年以降の資産価値を評価、認識することができない。
- 初期投下資本が大きいが極めて長期にわたって運転を続ける新規原子力発電所への投資資金確保は銀行融資になじまない。金融市場は原子力発電所新設への投資を好意的には捉えておらず、その結果、新規原子力発電所への投資に際しては追加の財政的支援策やリスク減少対策が必要となる。
こうした課題に対して英国政府がこれまでとってきた施策はある程度は有効なものであったが、いわゆる「原子力ギャップ」を埋めるに十分なほどの新規原子力発電所への投資をもたらすことにはなっていない。
新規原子力発電所建設に関する課題は多くあるが、いくつかをあげるなら、投資が大規模でかつ長期にわたること、設計・建設期間が長期にわたりそこには多くの不確実性があること、最近の新規建設を見ても実績は好ましいものではないこと、原子力規制が持つ複雑さ、そのために要する費用や期間、そして予見可能性の低さ、そして運開したとしてもその後の収支が不確実であることなどがある。原子力発電所完工までのリスクを考えてみても、工期遅延、建設費用増加や、完工以前に廃止されてしまうリスクなどがある。仮に運開以降の料金収入を高くする措置が取られたとしても、プロジェクトにまつわるこうした様々なリスクを考慮してみると、投資家にとって原子力発電所建設計画から適正規模の利益を得ることはできなくなる可能性がある。
このRABモデルはこうした課題解決を目指したものではあるが、全ての関係者にとっても満足が行き、かつ一般の利益も保護できるよう、その内容を具体化し、取り決めとしてまとめるには、さらに大規模かつ複雑なプロセスが必要となるものである。こうしたRABモデルの内容を監視・管理するという重要な仕事を実施するには、新たな規制機関を設立する必要がある。
RABモデルの詳細やその実運用の内容にもよるが、その規制を受ける原子力発電所の建設・運営主体は、適正な利潤を得つつその原子力発電所への投下資本を回収し、また原子力発電所の運転費用を回収することができるようになるかもしれない。また同時に電気料金を支払う需要家(すなわち料金規制を受けた電力の需要家)は予め定められた範囲[5] … Continue readingで完工リスクを背負うことができる可能性もある。
しかしながら、建設費用増加や建設計画そのものが頓挫するリスクまで考えると、それへの対処は極めて困難性の高いものとなるであろう。原子力発電所の建設主体やそれに連なるサプライチェーン各社にしてみれば、もしもそうしたリスクがカバーされないとなれば、原子力新設にまつわる基本的課題は解決されていない、ということになってしまう。他方、もしも大きな制約なしにこうしたリスクがカバーされているとするならば、原子力発電所建設主体が無能で怠慢であることについてのリスク全てを需要家側が背負わされることになるかもしれない。
III. RABモデルに関する論考
一般論として言うなら、RABモデルは英国政府が原子力発電所建設に関する課題を解決し、新規原子力発電所建設への投資を期待される水準で呼び込むための取り組みの一つの手法であるが、そこにはいくつかの大きな制約があるとNECGは考えている。
A. 何故RABに止まるか
CfD手法の限界を考えるなら、英国が新規原子力への投資を動機づけるための手法を変更しなければならなない状況にあることはNECGにもよく理解できる。英国ビジネス・エネルギー・産業戦略省が過去行った「エネルギー・インフラに関する資金調達に関する調査」へのNECGの回答でも述べたとおり、NECGは規制資産ベースの手法を含めこの問題に対して一連の見解を有している[6]https://nuclear-economics.com/wp-content/uploads/2019/07/2019-04-02-NECG-Submission-to-UK-Inquiry-Financing-Energy-Infrastructure.pdf を参照のこと。。
もしもRABモデルで数基の新規原子力発電所建設の投資を実現させたいと英国が真剣に考えているとしても、それは新規原子力発電所建設に対しさらにより直接的に英国政府が果たすべき役割を考えるための小さな第一歩でしかない。これよりもより単純で、より効率的、かつ迅速、確実で、より柔軟な手法は、新たに「国営新規原子力発電所建設会社」を設立することである。
この新しい企業体は新規原子力発電所建設計画の立案から営業運転段階まで出資者兼所有者として、「国王陛下の政府」とともに設計・建設段階のあらゆるリスクを背負い、またその利益を享受することとなる。こうした新国営会社を設立すれば英国政府は新規原子力発電所建設計画を最適化することが可能となり(すなわち、サイト選択、建設時期、新設容量、資源配分、様々な教訓反映などを最適化でき)資本費を大幅削減できる可能性があり、同時に英国政府はそれによって大変に有効な手段を手中にすることができると考えられる。そうして一旦発電所が完工すれば運転準備が整った原子力発電所そのものを市場のオークションで売却することも可能となるであろう。
こうした手法にはいくつかの市場競争的な要素を取り込むことも可能である。例えば、
- 新国営企業が発注する原子力発電所の設計・建設業務、機器納入、プロマネ業務などを競争で調達する
- 英国政府が債務保証をつけた上で行う資金調達を競争で行う
- 完工し運転可能な原子力発電所を、適切な収入額確保策(CfD,RAB,買電契約、あるいは重要インフラ契約など)を付した上で民間投資家に対してオークションで売却する
- そうした収入確保策はオークション実施の5年とか10年前に決めるのではなく、オークション実施時点の市場状況を踏まえて定める
などである。
英国政府が提案しているRABモデルはこうした「国営企業モデル」に照らしてベンチマークしてみる必要がある。
B.英国原子力発電事業をどうしたいのか?
RABモデルを検討するのであれば、英国原子力発電事業をどのような形にしたいのかについても併せて考える必要がある。
- 数基の新規原子力発電所建設でもよいと考える場合――もしも英国政府がこれから1ないし2基程度の新規原子力発電所が建設されればそれで十分であり、かつそれらが海外国営企業によって建設、所有されていてもかまわない、と考えているのであれば、既存のCfDや、ここで提案されているRABモデルはいずれも実現可能な選択肢となるであろう。いずれの手法をとるにせよ、それぞれの新規原子力発電所建設計画ごとに、英国政府は発電所所有者となる他国の政府と条件交渉を行うこととなると考えられる。そうした商業条件交渉で定められる詳細がどうなるかにもよるが、RABモデルはCfD手法よりは電力料金が安価となる可能性はある。
- 新たに多数の原子力発電所を建設したいと考える場合――もしも英国政府が競争環境実現、新規の出資者確保、政治的介入の極小化、あるいは新たな原子力発電事業の構築が重要であると考え、海外国営企業が所有する1ないし2基程度の新規原子力発電所に止まらず、更に多数の新規原子力発電所建設を実現させたいと考えるのであれば、より長期的に主要な課題解決が可能となる新たなやり方が必要となる。
新規原子力に出資する企業は誰であれ、将来の収支リスクに対する何らかの保証を求めることになる。CfD手法でもRABモデルでもそれを保証することは可能ではあるが、RABモデルの方がより安価でかつより柔軟にそれを実現できる可能性がある。
また新規原子力に出資する企業は完工リスクへの対処支援策も必要としている。RABモデルはそれに対して基本的に有効ではあるが、有効かどうかは誰にどのようにリスクを分配して負わせるかによる。RABでは、どこまでの費用を規制上の協定に含めるのか(つまり、投資決定以前の設計開発費用、原子力発電所着工以前のプロジェクト費用、運開までの建設費用など、どこまでを含めるのか)、そしてお粗末な事業者の責に帰するような問題や完工できないリスクなどを誰がどれだけ分担して負担するのか、などが重要なポイントとなる。
NECGの意見を言うならば、長期的に原子力発電事業の基盤を形成したいとして新たにRABモデルを原子力発電所に適用するのはあまりに困難かつ複雑であって、RABモデルの交渉を通じて実現できる原子力発電所は精々ないし2基程度に止まるのではないかと考えられる。
一方、国営新規原子力発電所建設会社を新たに設立する手法は新規の原子力発電容量を生み出すより直接的やり方であると言える。
C.RABモデルは機能するか?
英国において新規原子力発電所への投資を呼び込むようなRABモデルを構築し実運用に移すには膨大な作業が必要であり長期間を要するから、その間には政治的、あるいは社会的な反対運動に直面することがあろう。そして最も重要なことは仮にそれができたとしても、期待されている水準や形で新規原子力発電所への投資は起きないかもしれない、という点である。米国のように料金規制下に原子力を置くやり方は、過去長期にわたり新規原子力発電所建設の投資をうまく呼び起こした実績はあるものの、今や同様に様々な課題に直面している。
バランスが良く、需要家や原子力発電所への出資者を含む多くの関係者が目指すものを達成できるRABモデルを具体的に構築し実運用に移す作業は多大な労力を要する。こうした作業はRABモデルが複雑であることからより困難なものとなる可能性がある。
さらにそうしたRABモデルが出来てたとしても、一体誰が英国内で新規原子力発電所建設に対して投資を行うのかは明確とはなっていない。この英国のRABモデルでは新しい主体が参入して新規原子力発電所建設を行うことが前提となっているように見える。
概念的に言えば、ホライズン社やニュージェネレーション社の建設計画も、仮にRABモデルが存在していればその下で進められたことになった可能性もある。しかし新規原子力建設では企業形態が時間とともに大きく変化せざるを得ない。つまり原子力産業界の一企業がまず一念発起して発電所建設を行う主体となり、さらに発電所の設計、調達、建設を行う主体となった上で、主体として長期的な投資を決定し、最後は運転を行う主体となる、という企業形態の変化を一企業が遂げなければならない。この時間とともに企業形態の大変革が必要となるという課題は、ただでさえ多様で困難な課題を伴う新規原子力発電所建設にさらに大きな課題を追加することになる。
もしも英国のRABモデルが米国の料金規制を受けている原子力発電会社(例えばエクセロン、デューク、エンタジーなど)に照準を合わせているのであれば、どうしたらそれら各社に対して英国の新規原子力への投資を促すことができるかにつきより近くから焦点を合わせて検討を行うべきである。米国内の既設運転中の原子力はほとんどと、現在建設中の1基はいずれも料金規制を受けた電力会社が投資を行って建設されたものである。
比較的少数基の新規原子力発電所建設計画のためだけにRABモデルの詳細について交渉を行うのであれば、具体的内容を構築し実運用までこぎつけるのに必要となる多大な労力と時間が果たして正当化できるのか、という疑問を引き起こすであろう。
もし英国がRABモデルを導入しても、引き続き海外国営企業しか英国で新規原子力建設を行わないというのであるなら、CfDなど他の手法によってそれを建設する方がよほど簡単かもしれない。
D.長期にわたって安定な仕組みが必要だ
RABモデルに限らず英国内で新規原子力発電所への投資を呼び込むためにどのような手法を取るにせよ、原子力発電所建設主体からすれば、完工リスクと収支リスクに対して何らかの対処が取られていることが必須となる。
RABモデルで、もしもその具体的内容が適切に構築され、あるいは設計・建設段階を通じ英国政府の関与が保証されるならば、完工リスクについては対処が可能だ。
収支リスクについては、実収入が得られるのは原子力発電所が完工し営業運転が開始された後の話ではあるが、建設の初期段階(できれば建設計画立案前、遅くとも投資決定前)の時点から、将来、長期にわたり安定した収入が確保できることを明確化することで対処を取ることができる。こうした将来の収入は信用度の高い相手方との間で確約されている必要がある。
ビジネス・エネルギー・産業戦略省の意見公募のウェブサイトを見ると、RABモデルを「既存のCfDモデルと併用し、将来の新規原子力発電所の建設資金を調達する」可能性が示唆されている。つまり営業運転開始後の収入としては、異なった仕組みに基づく少なくとも2つの収入源があることになる。つまりRABモデルに基づく資本費回収分に加え、電力販売につきその時点の電力市場価格とリンクして支払われるCfD分の2つの収入源があることになる。原子力発電所建設の投資決定に際してはこの2つの収入源を合わせて評価する必要があるから、複数の収入源が存在することは、英国政府や規制当局そして原子力発電所建設主体のどこから見ても協定内容を一層複雑化させることになる。
原子力発電所の建設・運転を行う企業はまず運開当初の収支がどうなるかに焦点を当てて検討をすることになるが、併せて、将来寿命延長を行う可能性も含め、原子力発電所の運転期間全体を通した収支がどうなるかについても当然懸念を持つことになる。電力市場価格の状況にもよるが、運開後、しばらく経てば(すなわち借入金が完済されれば)電力市場での買電収入により大きく依存しながら運営することも可能となるかもしれない。しかしながら、米国の電力自由化環境下にある原子力発電所の実態が示す通り、電力市場からの収入だけでは当座の運転資金すら賄うことができず、さらに将来、よりボラティリティが高い分散型の市場環境に移行していけばその傾向はなおのこと強まる可能性もある。
E.完工リスクの分担
どのような原子力発電所建設計画であれ、完工リスクへの対処は大きな課題となる。完工リスクとは建設期間が予定を超過し、あるいは建設費用が計画額を上回るリスクである。原子力産業界の実績を振り返ってみれば、これは現実に存在する大リスクである。
RABモデルはこの完工リスクを分担して負担する仕組みとなっている。このRABモデルの具体的仕組みの決め方によっては、原子力発電所建設主体となる企業が投資決定し、建設を開始し、建設費用超過や工期遅延を引き起こしたとして、それがどの程度の規模となるのかすら不明な時点で、ともかくそれによって資本費が増加すればその分は協定で補填される、ということになる可能性もある。他方、原子力発電所建設が完工した場合に限ってこうした補填がなされるというような仕組みとなる可能性もあるが、建設主体にとってみれば努力して完工しても損失が明確な場合すらでてくるかもしれない。
だからRABモデルの具体化に際しては、原子力発電所建設計画で費用超過や工程遅延が発生した場合、建設主体と規制当局との間で以下の判断についてどのようにして合意するのか、予め明確に手順を定めておく必要がある。
- 協定上の資本回収総額を増額した上で、原子力発電所建設は計画通り進める
あるいは
- その時点までの出費を回収した上で原子力発電所建設計画は中止する
F.建設工事期間
RABモデルでは建設工事期間中も投資額に対応して費用回収が認められているから原子力発電所建設主体にとってみれば経済的なリスクはその分小さくなる。英国内や米国の一部の州(例えばジョージア州)では何も措置がなければ建設期間中はただ積みあがるだけの投資に対する未払い利息分を帳消しにするような料金設定を行うことで資金調達コストを減じた実例もある。
しかしながら、英国内の自由化電力市場の状況と原子力発電所新設のタイミングを考え合わせると、こうした収益計上は税務や会計処理上の扱いから効果が削がれてしまう可能性もある。(例えば建設期間中の未収収益は債務と認定されてしまうなど)
G.原子力発電所建設の設計開発費用は重要な課題
原子力発電所建設では投資を決定し建設を開始するまでに、設計、許認可取得、建設場所の手当て、エンジニアリングなど様々な種類の設計開発費用が発生する。RABモデルの協定で原子力発電所の資産価値を定めるに際してはこれら全ての費用を含める必要がある。
そこで問題となるのは新規原子力発電所の経済性がどうなるかを明確に描くには、こうした設計開発費の一部、場合によってはその全てを実際に費やして検討を行う必要があり、それができて初めてRABやCfDなどの協定の締結も可能となり、ひいては最終的な投資判断を行うことも可能となるということである。だから場合によっては建設主体が相当額の設計開発費用をつぎ込んでしまった後に建設中止を決断するような場合もあり得る。
原子力発電所が完工し運開した場合に限ってこうした設計開発費用の回収が認められるとするならば、建設主体にとってみれば原子力発電所設計開発のプロセスはリスクがより大きくさらに不確実なものとなってしまう。
仮に原子力発電所建設計画が中断された場合でも建設主体がこうした費用を回収できるかのどうか、仮にできるとしてその仕組みをRABモデルの中にどのように組み込むことができるのか、について英国は更に検討を加えるべきである。そうした検討を加えることは、実際に英国内で原子力発電所建設計画が進捗し、投資決定が成功裏になされることにつながっていく可能性を増すもの言える。例えば米国内の一部の州では料金規制下にある電力会社が原子力発電所建設を選択肢として考え設計開発を行う費用を料金算定に含めて料金で回収することを認めているところもある。一部の例ではNRCの許認可を事前に得るために要した費用も料金に算入が認められている。
他方、もしもこうした仕組みがあまりに寛容に過ぎれば、準備が不十分な建設主体までもが発電所建設に突き進み、実プロジェクトが開始された後に様々な困難に直面するような事態も考えられる。
H.RABモデルは単純なものとし他のプログラムとリンクしたものとすべきだ
一部の人達は既に気付いているとおりCfDの仕組みは膨大かつ複雑で理解するのも困難な文書や協定から成り立っている。そしてRABモデルはこのCfDよりもさらに複雑なものとなりそうである。
RABモデル構築とその実運用はそれ単独で行うのではなく、他の経済的な支援策やリスク軽減手段も併用しながら実施されるべきものである。過去、ホライズン社の建設計画で全体の資金調達に対し英国政府がどのように支援を行うかについて交わされた議論(例えば債務保証など)とそこで出されたアイデアはRABモデル検討に際しても有益な情報となるのではないか。
I.米国の料金規制下の原子力は有益な事例となるであろう
英国のRABは主に政府機関を民営化する中で活用されてきた手法である。そこでは規制下にある企業が実際に行う投資活動とは別に、行政上の措置として規制資産を形成しながら課題に対処するためにRABが活用されてきた。
他方、米国には料金規制の下、原子力建設に投資を行ってきたという長く豊かな経験がある。この米国の経験の核をなすのは、顧客の電力需要に応えるために必要となる電源構成の一部として原子力を位置づけ、料金規制を受ける代わりに地域独占を許された電力会社がそれに対する投資を担ってきた、という点にある。英国では原子力発電所を単体としてとらえて建設しようと考えており、その点が米国とは大きく異なっている。
米国のこの経験は複数の州にまたがったもので、州ごとに異なった手法がとられ、また料金規制を行う規制当局も州ごとに異なっている。米国の実績でも費用超過や工程遅延が経験されており、それに対し規制当局は「適正さ審査」を行い料金参入を不認可にしたものもある。原子力発電所に関連して初期に経験された問題に対し、一部の州では原子力発電所建設主体と料金規制当局の双方に対して規制上の不確定さの上限を定める措置を取った例もある。(統合リソース計画[7]Integrated Resource Planning (IRP)や原子力オプション勘定など)
米国の電力会社を料金規制下に置く手法は100年にもなる歴史があり、その間多数の完工した原子力発電所への投資が行われたし、その他にも完工する前に建設中止に至った原子力発電所も多くある。この米国の電力会社を規制する手法は法令で明確にその基礎が形作られており、加えて過去何十年間にわたって積み上げられてきた裁判での判例がその手法の指針となり、また制約条件を明確に示している。これと比べると、英国はRABモデルそのものについての経験が乏しい上、原子力発電所にそれを適用し規制資産として原子力の新規建設を行った経験は有していない。
IV. 結論
英国のRABモデルがうまく機能し新規原子力発電所建設のための投資が行われる可能性もある。しかしながら、原子力発電所建設主体にしてみるとRABモデルは極めて大きな不確実性を伴うもので、それが完全に構築され実運用されるようになるまでには相当な時間がかかる可能性がある。またそれは建設主体や投資主体、あるいは資金を貸す側にとってみても十分に魅力的なものとはならない可能性もある。またRABモデルは他の原子力発電所建設計画に対する経済的支援策やリスク低減策と併用されねばならないものである。
新規原子力発電所に投資を行う新規国営企業を設立するなど、英国は他のもっと単純で迅速なやり方についても検討を行うべきである。
このNECGコメンタリーはエドワード・キー、リューディガー・ケーニッヒ、ポール・マーフィー、及びザビエル・ローラが執筆した。
ニュークリア・エコノミクス・コンサルティング・グループ(NECG)は、原子力発電事業に関する経済、ビジネス、規制、財務、地政学、法律など、多様で複雑な課題を掘り下げて分析している。我々が依頼元に提供する報告は客観的かつ厳格な分析に基づくものであり、かつそれらは実業界での経験を基にまとめられている。
脚注
↑1 | RAB model : Regulatory Asset Base model |
---|---|
↑2 | 訳注:CfDについては過去本コメンタリー第6回、第10回、第24回、第26回などで解説されている。 |
↑3 | 訳注:ヒンクリー・ポイントC号機はフランス電力(EdF)が建設中。EdFは仏国政府が8割以上の株式を所有している。 |
↑4 | このシナリオでは市場競争はないから、何が公平か、適正な価格や適正なリスクは如何ばかりのものであるかについて評価をすることは困難である。むしろここで約定される結果は原子力以外の他の電源のコストとの比較で決まる可能性が高い。(つまりどれだけ払う気になるか、という価格で決まることになる。) |
↑5 | この規模は協定で事前に定め、以降もその実績について原子力発電所を監督する料金規制当局が監視継続することになる。(米国の規制州で州料金規制当局が「適正さ」について監視を行うのと同じ仕組み) |
↑6 | https://nuclear-economics.com/wp-content/uploads/2019/07/2019-04-02-NECG-Submission-to-UK-Inquiry-Financing-Energy-Infrastructure.pdf を参照のこと。 |
↑7 | Integrated Resource Planning (IRP |
お問い合わせ先
Edward Kee +1 202 370 7713
edk@nuclear-economics.com