バーモントヤンキー原子力発電所は、2014年12月29日に運転停止された。この保守の行き届いた発電所が十余年もの運転余命(編集部注:本コメンタリー末尾参照)を残しながら閉鎖されたのは、米国電力市場でこの発電所を運転継続することが経済的に困難であったことが理由である。米国の自由化電力市場における原子力発電所に関する経験は、すべての国の電力業界改革後の原子力発電の将来に対する教訓でもある。
バーモントヤンキー原子力発電所
バーモントヤンキー原子力発電所は市場での売電で営業損失を出し、将来もこの損失を防ぐのが難しいと思われたために閉鎖された。このバーモントヤンキー発電所や、その他米国の自由化環境下にある原子力発電所が直面している課題から、他の国にとっても有益な教訓を読み取ることができる。
米国原子力発電の課題
筆者は、ニュークリア・エンジニアリング・インターナショナル(NEI)誌の12月号に米国原子力発電業界の衰退についての論説を発表した[1]「斜陽産業」、ニュークリア・エンジニアリング・インターナショナル(NEI)誌、2014年12月、16~19ページ。この論説では、安価な天然ガスや電力需要の低迷など様々な要因による米国原子力産業界の諸課題について説明した。2014年の国際エネルギー機関(IEA)による米国エネルギー政策レビューでも、米国の原子力発電所が直面している諸課題について言及している。
原子力発電の経済基盤は、シェールガス開発による競争激化、ならびに弱含みの電力価格と電力需要の低成長によって大きな打撃を受けている[2]2014年IEA米国のエネルギー政策レビューエグゼクティブサマリー、7ページ。
自由化市場では原子力発電による電力の価値は、火力など他の発電所の発電コストを基に決まってしまう。原子力以外の電力(シェールガスを使用した火力発電など)のコストが低ければ市場での原子力発電の競争力は低下する。上述の2014年12月のNEI誌の記事やIEAレビューで解説されている米国原子力発電所が直面する課題のいくつかは、今は米国以外では存在しないものかもしれない。非在来化石燃料資源(シェール)からの天然ガスは、北米以外では(まだ)開発されておらず、他の国々の電力需要の伸び率も米国よりは高い。しかし、こうした米国の状況は、自由化された電力市場における原子力発電所の建設・運転の経済性がどうなるかについて、世界中の原子力産業界関係者にとって有益かつ重要な教訓を示すものである。
電力市場
IEAレビューでは、米国の自由化電力市場は卸売電力市場価格が低く、固定費の回収が困難もしくは不可能であることから、資本集約的な原子力発電所への投資に対しては不利に働く、とされている。
競争環境下にある電力市場では、原子力のようにリードタイムが長く、固定費が高い大規模なプロジェクトへの投資は行われないのではないか、という懸念がある・・・[3]2014年IEAの米国エネルギー政策レビュー、49ページ
筆者のNEI誌12月号の論説ではこの問題をさらに詳しく解説した。こうした知見は、電力業界の改革を検討している、あるいはすでに改革に着手している他国にとっても大いに関連があり得るものだ。ほとんどの国では電力業界の構造は単一であるが、米国電力業界は、公営電力会社、規制環境下にある民営電力会社、そして自由化電力市場へ参入する会社が混在している。
このように米国電力業界の事業者は、各々が様々なやり方で電力業界に参入しており、また自由化市場だけを見てもそこには様々な市場形態がある。米国ではこうした多様な事業者が、市場の中で原子力発電をいかにうまく運営することができるかを検討する絶好の機会を提供している。20年に及ぶ米国電力業界再編の経験を取りまとめた2014年のカリフォルニア大学バークレー校ハース・エネルギー研究所の論文[4]「20年に及ぶ再編後の米国電力産業界」、Severin BorensteinおよびJames Bushnell著、2014年9月;研究報告書252;ハース・エネルギー研究所は、業界再編がなされた(自由化された)地域と再編されなかった(従来通りの規制下にある)地域とを比較し、両地域での新規発電所への投資額の違いについて解説した上で、再編されなかった地域の小売電力料金の方が常に低いことを指摘している。米国の原子力発電所は自由化地域の電力市場では難題に直面している。このことは、複数の既設原子力発電所が経済的理由のために早期閉鎖されたことや、これらの地域で計画されていた新規原子力発電所建設計画は全てが一時的に中断されたり中止されてしまったことを見ても明らかである。
原子力発電の実態を見ると、業界規制や市場体制についての一貫性欠如に起因した非効率さが全米を覆っていることがわかる。現在5基の原子炉が建設中であるが、これらのすべては電力規制州で建設されている。一方、競争卸売市場では原子炉2基が閉鎖される予定である[5]2014年IEAの米国エネルギー政策レビュー、89ページ。
NECGコメンタリー第1回では、原子力発電やその他の資本集約型の発電所がなぜ自由化電力市場とは相容れないかを説明した。自由化電力市場が持つ機能は、規制下にある電力会社や公営電力会社が設備容量拡張を計画立案しながら課題解決している機能とは別の性格のものである。
- 自由化電力市場は、スポット市場価格の値決めを通じてどの発電所を稼働させるかを決定することで発電電力の短期限界費用(SRMC)を最小限に抑える機能を有するが、そこでは投資回収や固定的な運転費あるいはシステム維持費用などは無視される。
- 規制下にある電力会社や公営電力会社は、電力システムの長期総費用(SRMC、投資費用、固定的運転費およびシステム維持費用など)を最小限に抑えるよう、自らの電源ポートフォリオを計画立案しながらシステムを構築する。
ある時点の電力価格がシステム全体に共通の単一の値として定まるような電力市場(ほとんどの電力市場はこのように運営される)では、落札電源の売電価格のうち、SRMCを上回る分が収益となることから、それを固定的運転費や投資回収に充てることができる可能性はある。しかし、こうした収益は不確定であるので、仮に原子力発電所への投資を行えば総システム費用が減少することがあったとしても、投資家にとっては投資から回収まで数十年をも要する原子力発電所などの大型投資を行うインセンティブとはならない可能性がある。エリゼ・ゾリ氏と筆者の共同執筆による2014年の論説[6]米国自由化市場における原子力発電の救済:国家安全保障・経済・エネルギー・環境上必要な措置の推進」、Edward KeeおよびElise Zoli著;2014年4月;The … Continue readingでは、米国の自由化環境下にある原子力発電所(すなわち、自由化電力市場のもとで運転されている原子力発電所)が直面している極めて厳しい状況を概観している。この論説では、さらに多数の自由化環境下にある米国内原子力発電所が経済的理由のために早期に(かつ永久に)廃止されてしまうことを回避するために有効と考えられるいくつかのアプローチを提案している。
原子力発電導入を検討している国は、電力業界の再編がもたらすこうした潜在的影響についても十分考慮する必要がある。電力業界の再編および自由化電力市場の導入を行えば、原子力発電オプション(並びに他の大規模な資本集約型発電オプション)をとることはより一層困難になるだろう。規制下にある電力会社や公営電力会社は、総システム費用を減少させ得るような資本集約型大規模プロジェクトを計画立案し、長期間にわたって責任をもって遂行することができる。しかし一方で、再編・自由化された電力システムにおいては、政府の介入がなければこうした投資が行われる可能性は低いと思われる。最近、議論を呼んでいる英国ヒンクリー・ポイントC発電所のインセンティブ・パッケージは、自由化電力市場において原子力発電所投資決定に必要な支援のレベルと種類がどのようなものかを具体的に示す一例といえる。一方、バーモントヤンキー原子力発電所の時期尚早と言える永久閉鎖は、自由化電力市場で運転されている既設原子力発電所に何が起こり得るかを示す一つの事例である。
(編集部注)
「十余年もの運転余命」:バーモントヤンキー原子力発電所は運転期間を20年延長し2032年まで運転認可を得ている。
脚注
↑1 | 「斜陽産業」、ニュークリア・エンジニアリング・インターナショナル(NEI)誌、2014年12月、16~19ページ |
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↑2 | 2014年IEA米国のエネルギー政策レビューエグゼクティブサマリー、7ページ |
↑3 | 2014年IEAの米国エネルギー政策レビュー、49ページ |
↑4 | 「20年に及ぶ再編後の米国電力産業界」、Severin BorensteinおよびJames Bushnell著、2014年9月;研究報告書252;ハース・エネルギー研究所 |
↑5 | 2014年IEAの米国エネルギー政策レビュー、89ページ |
↑6 | 米国自由化市場における原子力発電の救済:国家安全保障・経済・エネルギー・環境上必要な措置の推進」、Edward KeeおよびElise Zoli著;2014年4月;The Electricity Journal |
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