Vol.01 ドイツの脱原子力がもたらす、地球環境への悪影響
その逆となるのがドイツの例だ。
福島第一原子力発電所事故を契機に、ドイツはおかしな決断をした。国内の原子力発電所の閉鎖を前倒ししたのだ。日本と違ってドイツの原子力発電所は、地震や津波に襲われる緊急性がなかったにも関わらずだ。ドイツ政府は「Energiewende(エネルギーシフト)」のスローガンの下、原子力発電を再生可能エネルギーで置き換える方針を発表した。
私も含め多くのコメンテーターたちは、はなから「Energiewende」を疑問視していた。
「Energiewende」はCO2フリー電源を他のCO2フリー電源で置き換えるだけであり、地球温暖化防止の観点で言うならば、ドイツは少なくとも今後10年間かけてクリーン・エネルギーに莫大な投資をしながらも、CO2排出削減にはまったく寄与しないということになるのだ。立ち止まるために走っているようなものだ。
これまで実際に起こってきたことであるが、再生可能エネルギーによる発電設備容量の大幅な拡大によって、原子力発電は閉鎖に追い込まれ、ガス火力発電はともすれば電力市場から追い出された。そうした中ドイツは、エネルギー自立を強化すべく、国内の安価な褐炭の利用を強化する策に出た。ドイツの石炭火力の利用状況は、過去5年間、実質的に何も変わっていない。気候変動のプロフェッショナルにとって、この5年間に失われた好機はあまりにも多い。
この5年間で、ドイツは世界一汚れた石炭火力発電所のいくつかを閉鎖することもできたはずだ。
そのかわりにドイツは世界一クリーンな原子力発電所のいくつかを閉鎖してしまった。
この5年間で、ドイツは年間5,000万トンのCO2排出量を削減することもできたはずだが、状況は全く変わっていない。ドイツではいまなお何百万kWもの原子力発電設備容量が、早期閉鎖を突きつけられている。この流れは今後も続くだろう。
「Energiewende」のスローガンだけが独り歩きし、ドイツの再生可能エネルギーは風力と太陽光だと思われがちだ。原子力発電の閉鎖分を補うべく大活躍を始めたバイオマスのことは知られていない。バイオマスの燃焼は、粒子状物質(PM)を放出し、大気を汚染する。PMによる大気汚染は殺人的であり、世界保健機構(WHO)も大気汚染を、“地球上で唯一かつ最大の健康リスク”と名指ししている。バイオマス依存の高まりによる環境の悪化は、ほぼ地球規模で懸念されている。
過去10年間、気候変動や持続可能性の問題を研究し、取り組んできた者ならば誰しも、この重大な時期にドイツが下した決断に、深く失望し、怒りすら覚えている。だが私は、同時に感謝もしているのだ。
「Energiewende」は、高密度の原子燃料が生み出すクリーンなエネルギーから、ムラが多く、大気を汚す代替エネルギーへ移行するという、エネルギー政策の後退に他ならない。ドイツの経験は我々に、このエネルギー政策の後退がもたらす大いなる環境面での害悪を教えてくれる。我々は再生可能な未来を目指す上で、ドイツの経験を活かさねばならない。
繰り返しになるが、発電分野でのCO2フリー化は、すでに実証されており、既存の技術で容易に達成しうるものだ。我々には、もっともっとやらなければならないことがある。化石燃料による熱供給や、化石燃料による輸送交通など、人類の英知の極限が要求される分野が山積みだ。不可欠となるのは、供給安定性でCO2フリーを兼ね備えたエネルギー源の大幅な拡大である。もちろん原子力発電は必須である。ドイツの経験は教訓であり、日本もそこから多くを学べるはずだ。