vol08.町長は一時間たっぷりと、新しいビブリスの町づくりを語った。原子力抜きの町づくりを

脱原子力 ドイツの実像

ビブリス= 原子力のイメージを払拭したい

フェリックス・フジカ氏
 

 フランクフルト中央駅から1時間に1本出ている近郊電車に揺られて1時間弱。ビブリスに着く。ビブリスは地の利に恵まれており、フランクフルト、ルートヴィヒスハーフェン(世界最大の総合化学メーカーBASFの本拠地)、マンハイム(メルセデスの本拠地)、といった産業都市にいずれも車で30分の距離にある。周囲には大学も多く、ハイデルベルクのような一大観光ランドマークや、有名ゴルフコースにも近い。フジカ町長は、これからのドイツは、ナレッジベースの産業が中心になるとにらみ、町内にある13,000平米の土地をIT企業や再生可能エネルギー関連企業向けに売り出している。
 ほかにも町長は、住宅地としてのビブリスを売り込んでいる。ビブリスはライン=マインとライン=ネッカーと呼ばれる2つの大都市圏に隣接しており、町長曰く「働くことと楽しむこと、ライフ・バランスにとって最適な町」だという。治安は良く、物価も安く、高いクオリティ・オブ・ライフが備わった住宅地でもある。
 町長によると、2011年のビブリス発電所の閉鎖により、発電所関連のサービス業などで600名分の雇用が失われたそうだ。この600名が全員ビブリスに住んでいたわけではないが、2012~2013年にかけて多くの人々が町を去って行った。しかしその後2013~2014年の人口は8,800名前後で横ばいとなり、近年は逆に人口が400名増加しているという。「ビブリス町の将来性に対する大きな期待の表れだ」とフジカ町長は胸を張った。
 また、町としては住民の高齢化も意識しており、若者を呼び込もうとしている。幸いにして近隣には大学も多く、家賃も安いので学生に好評だそうだ。

 もはやビブリス町にとって原子力発電所は、負のイメージ以外の何物でもないという。
 ドイツ国内で「ビブリスから来た」と言うと、「ああ、原子力発電所の」と言われてしまう。原子力発電所は閉鎖されたが、放射性廃棄物が依然としてビブリスに残されているということも大きいという。「最終処分場が完成しない限り、放射性廃棄物は今後40年、ビブリスのサイト内に保管され続けるだろう。最終処分場については、候補サイト選定に向けた動きが端緒についたばかりであり、サイトが見つかるかどうかも怪しい。これではビブリス=原子力のイメージは払拭されない」と町長は苦々しげに語った。
 町長は、「ネガティブなイメージを転換する近道は、ポジティブなイメージを広めること」との信念のもとに、スイミング、ハイキング、バイク(自転車)といったさまざまなアクティビティの場としてビブリスの名前を広めようと努力している。実は町長自身も、ハンドボール選手出身であり、スポーツ振興に関して大変熱心なのだ。
 最近では休日ともなると多くの観光客がやって来て、アクティビティに興じるようになったそうだ。原子力発電所との共生を第一に考えていた前町長コーネリウス=ガウス氏時代は、こうした側面をセールスポイントとして前面に出すようなことはなかったが、これからは新しいビブリスを売り込んでいくと、フジカ新町長の鼻息も荒かった。
 
 もっとも、ここまでスッパリと切り替えができるのも、ビブリス発電所関連の税収とも関係がありそうだ。発電所はRWEが所有しており、ビブリス町に住むRWE社員はビブリス町へ所得税を納めている。しかしRWE自体はほとんどの税金を、RWE本社のあるエッセン市(ノルトライン=ヴェストファーレン州)へ納めている。ビブリス町(ヘッセン州)は立地サイトであるにもかかわらず、エッセン市に比べればごくわずかしか発電所の税収はない。日本とは些か事情が異なる所以である。ビブリス発電所の地理的なホストサイトはビブリス町だが、法的なホストサイトはエッセン市なのだ。
 だがごくわずかとはいえ、ビブリスという小さな町にとって、RWEからの年間150-160万ユーロもの税収は総収入の10%前後を占めている。短期的にこの損失を穴埋めすることは不可能だったろう。
 前町長のコーネリウス=ガウス氏はビブリスB号機の2018年での閉鎖に備え、町の原子力発電所依存構造から脱却すべく、新たなプロジェクトを検討していた。しかし予定より7年も早い2011年に閉鎖となったことが計算外だった。資金繰りがつかなくなり、多くのプロジェクトが行き詰ってしまったのだ。コーネリウス=ガウス氏は政界を引退した。フジカ新町長は、この閉塞感を打ち破るため、2013年に誕生したのである。

 もちろん町はRWEと発電所の閉鎖時期について、少しでも遅らせるべく協議を重ねたそうだ。しかし「政治的決定は絶対でどうしようもなかった」という。ビブリス発電所の閉鎖を一方的に連邦政府が決め、ヘッセン州政府が決め、町は終始蚊帳の外だった。町長は「連邦政府や州政府に対して補償金を求めてもいいぐらいだ」と憤る。
 脱原子力政策をどう思うか聞いてみた。町長は私見と断りながらこう語った。「脱原子力政策自体は正しい判断だと思う。だが拙速だ。実際にビブリス発電所の閉鎖が7年早まったために、スムーズな雇用転換ができずに、地元社会に不安が広がった。再生可能エネルギーへの転換にしても、じっくりと時間をかけて話し合うべきだ。風力タービンや送電線建設といった問題は、個人に直接影響する環境問題なのだ。ドイツ国民のだれもが再生可能エネルギーには賛成だ。しかし自分の庭には困るのだ。南北を結ぶ送電線の重要性も、誰もが認識している。だが近所に建設されては困る。これが民主主義というものだ(笑)」
 
 最後に町長に聞いてみた。今後ビブリス発電所の廃炉作業が始まるのだから、そうした廃炉関連の産業を町へ誘致する可能性もあるのではないか?と。町長はきっぱりと否定した。「確かに今後廃炉分野が活発になるのかもしれないが、我々は、原子力とは決別したまったく新しい道を進むべきだと考えている」。

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