vol08.町長は一時間たっぷりと、新しいビブリスの町づくりを語った。原子力抜きの町づくりを
多くの政治的決定が求められ、
多くのNO と言えるチャンスがあるシステムは機能しない
ニコラス・ウェンドラー氏
Q:ドイツの南北問題は深刻なようだが?
その通り。南部と北部の地域格差は大きな問題だ。北部では再生可能エネルギーの伸びが著しい。石炭火力発電所も数多く立地している。一方南部は、原子力発電所の閉鎖により電力不足になっている。特に需要が高まる冬期の供給予備率が危機的だ。南部と北部を結ぶ送電網がボトルネックとなっている現状では、南部は近隣諸国から電力を輸入せざるを得ない。
ちなみに南部に原子力発電所が集中しているには理由がある。1960年代~70年代の経済発展期に、南部ではコンビナートが発達した。当然電力が必要となるが、南部の人たちは公害問題を抱えるダーティーな石炭火力を嫌ったのだ。南部では地理的に石炭輸送コストが高いと言うのも原因だ。残る技術は原子力発電しかなかった。今では考えられない話だがね。
さて、北部と南部を結ぶ送電線の強化が課題だが、これは政治的に困難である。人々は送電線が大嫌いだ。特に南部のバイエルン州(Bavaria)では反対運動が激しい。そのため高圧の送電線は地下を通すことになった。もちろんコストも時間もかかることになる。
Q:人々がそこまで送電線を嫌う理由は?
ドイツ特有の田園風景を損ねる… 電磁波の健康影響が恐い… などいろいろな理由が挙げられているが、景観を損ねるというのが最大の反対理由だろう。既存の送電線をアップグレードするならばそれほど問題にはならないのだが、計画では新たに3ルートの大規模送電線を建設することになっており、大モメだ。
多くの住民は農家であり、自分の土地の上を送電線が通ることを快く思っていない。また送電線は人口密集地近くを通るので、安全上の懸念もあるようだ。おかげで地下に送電線を通す妥協案になった。コストも相当覚悟しなければならない。なお農家の人々は、地下送電線ですら不満に思っている。
Q:南部に再生可能エネルギー発電施設を建設するのは難しいのか?
風力発電に関して言えば、南部は概して風況がそれほど適していないようだ。ほとんどの風力発電は北部に立地している。また巨大な風力タービンは、送電線と同じで南部では概して評判が悪い。景観を損ねるというわけだ。また、安全性や、騒音、低周波の健康影響への懸念がある。
もちろん風力タービンへの土地の貸し付けにより利益が生まれる側面もあるので、みながみな反対というわけではない。コミュニティが土地を貸し付けるケースもあるが、その場合、利益もコミュニティ全体でシェアしている。そうなると風力導入に対する意欲も出てくるのが自然だろう?
Q:バックエンド問題の進展は?
ドイツのバックエンド政策は福島第一事故に影響を受けている。2011年12月、政府と国内全州が新たなHLW 処分サイトの選定手続きに合意。2012年、ゴアレーベンでの探査活動を一時停止し、その後凍結された。
2013年7月、新たなサイト選定手続きを定める法律が成立し、現在、連邦議会(Bundestag)と連邦参議院(Bundesrat)が指名した委員会において、サイト選定に関する基準、手続きを検討中だ。委員会は2016年7月に、既存のサイト選定法を修正する形で報告書を提出することになっている。サイトは2031年までに選定され、許認可手続きがそれから始まることになるが、最低でも10年はかかるだろう。処分サイト地元の反対運動による訴訟も想定すると、さらに5 年はかかる。
言わせてもらうと、民主的すぎるシステムには問題がある。多くの政治的決定が求められ、多くのNOと言えるチャンスがあるシステムは機能しないだろう。これでは処分サイトなどいつまでたっても決まらない。
一方、低中レベル廃棄物の処分は事情が異なり、すでにコンラッドへの許認可手続きが2002年に完了し、2007年に裁判所から最終承認されている。2022-23年には完成する見込みだ。
Q:脱原子力政策のドイツ原子力産業界への影響は?
電力会社に関して言えば、デコミともなればそれほどの人数も必要なくなる。必要なスタッフの専門性も異なる。しかし定年退職による人員の減少はあるだろうが、レイオフは回避できそうだ。自主的に退職し、他産業や他国へ移動する人もいる。ドイツ語圏ではスイスの発電所が最も魅力的だ。もちろん社内の他部署への異動というケースもあるだろう。プラントの運転管理という面では人員は足りており、大きな頭脳流出と呼ばれるような事態とは認識していない。
一方でメーカーなどの状況は少し異なる。脱原子力によってさまざまなサービスが不要になる。しかし多くの国内メーカーはこれまで長期に渡って海外マーケットに参入し、成功を収めてきた。国内マーケットが縮小する中、メーカーは海外への拡張に乗り出している。対応は各メーカーそれぞれだが、原子力分野から撤退する企業もあれば、デコミ分野に手を拡げる企業もある。
Q:日本では原子力関連学部の人気が下がっているがドイツでは?
ドイツでは原子力発電の段階的閉鎖が決まった2000 年以降、原子力を学ぶ学生数は減少した。そのためドイツの大学では、対象を海外からの留学生に転換した。現在も多くの留学生がドイツで原子力工学等を学んでおり、ドイツにおける原子力分野の人材育成システム自体は十分に機能していると言えるだろう。留学生にとって原子力分野は十分に魅力がある分野だということだ。
Q:脱原子力政策のドイツ社会への影響は?
私見だが、ドイツ社会にとって原子力問題自体というものは、それほど大きなシェアを占める問題ではない。確かに強力な反原子力運動が存在しているが、社会全体でのプライオリティは比較的低い。したがって脱原子力政策だけでドイツ社会に大きなインパクトを与えたとは考えていない。
しかし、脱原子力問題を政治的に取り上げたことで、あたかも原子力問題が大きな社会問題であるかのような誤った思い込みを生んでしまった。一度社会問題になってしまうと、それを否定することは難しくなる。
ドイツの経済発展を支えた原動力は石炭産業だ。脱原子力を主張する環境団体は、石炭産業をほとんど無視していた。しかもドイツでは褐炭はオープンピットで採掘可能であり、経済性も高い。しかし今や、石炭とりわけ褐炭が、原子力に代わる新たなターゲットとなった。最近も反石炭の抗議デモが各地で起こっている。環境面での懸念というのもあるが、石炭技術の輸出や炭鉱技術の輸出が環境団体や石炭反対派のターゲットとなったのだ。これから間違いなく脱石炭に進むだろう。
これはあくまでも私見だが、現在ドイツ社会を賑わしている難民問題も、2011年に即座に脱原子力を決定した時と同じく、エモーショナルな政策決定と言えるだろう。今回の難民受け入れ発表は、長期に渡る検討を経たわけではなく、長期を見越した展望があるわけでもなく、ショートノーティスで出されたものだった。僕はすぐに3.11後の脱原子力決定と同じ流れだと感じたよ。
3.11 後のメディアによる集中的な報道。エモーショナルに訴えかける福島第一の事故現場映像のインパクトは凄まじいものだった。今回の難民問題でも同じく、写真が重要な役目を果たしたのだ。
「原子力発電所の閉鎖によってこんなにも多くの悲劇が起こった」
といった浪花節を期待していたが、期待は最初から裏切られた。
好景気のせいなのか、
自国以外にもドイツ語圏を擁している余裕なのか、わからない。
現地のリアルは、現地でないと味わうことはできない。
それにしても出張報告をどうするべきか。
私は頭を抱えながらドイツを後にした。
脱原子力と決まったからにはそれをどうこうするつもりはまったくない、
という醒めた、ある意味現実的な考え方に触れ、
「これは確かに日本とは状況が違う」と
一人納得せざるを得なかった。
そして、こうしたドイツの考え方をそのまま日本へ輸入しても、
けして上手くいかないだろうことも。
コーネリウス=ガウス氏は
「ビブリス原子力発電所が安全である」と信じながらも同時に、
「事故のリスクがあるならば、事故は否定できない」と認める。
対立する二つの考えからより高みへ達することが
「アウフヘーベン」だったか。
ドイツ観念論のヘーゲルを思い出す。
『大論理学』はいまだ理解できない。