特集「終わりのない原子力の安全性向上に向けて」 前米国原子力エネルギー協会上級副理事長兼原子力責任者 A.ピエトランジェロ氏

2017年2月13日

本寄稿について ~ 編集部より

 原子力産業新聞では、原子力安全性向上の取組みの特集シリーズを企画するにあたり、海外からの視点も紹介し、読者に広い情報を提供する目的で、米国原子力エネルギー協会(NEI)へ、海外の事業者の視点からの寄稿を依頼しました。
 NEIからは、本特集の趣旨に最も適したA.ピエトランジェロ上席副理事長(=写真)が執筆されるとの回答でした。しかし、ピエトランジェロ氏は、1月13日に原子力エネルギー協会(NEI)の上席副理事長兼最高原子力執行役員の職を退任されました。
 在職中、ピエトランジェロ氏は、2011年の福島第一原子力発電所事故を踏まえた米国の対応策のとりまとめに尽力され、大きな功績を挙げられました。退任を前にピエトランジェロ氏は本特集に対して、米国での安全性向上の取組みについて執筆くださいますと共に、最後にトランプ新政権へのメッセージも記してくださいました。是非、ご高覧ください。
 
〈寄稿〉 米国における福島第一原子力発電所事故以降の原子力発電所に対する安全強化について

 米国の原子力産業の指導原則は、発電所の安全性の持続的改善である。福島第一原子力発電所の事故を踏まえた米国の対応は、現在も有効なこの原則の一例といえる。事故後、米国の原子力産業界は、福島事故の厳格なレビューを実施し、得られた教訓をまとめた。次いで原子力発電所を運転している事業者は、原子炉の安全性をさらに強化するためさまざまな措置を講じ、事故以降、何十億ドルもの資金をかけて、米国の原子力施設が、当初の設計で想定されていた自然事象よりもはるかに過酷な事象に耐えられることを確認するとともに、安全設備をアップグレードし、新しい設備と手順に対応すべく発電所職員を訓練した。このプロセスは現在も継続している。
 2011年の事故を踏まえて、原子力エネルギー協会(NEI)は、米国電力研究所(EPRI)、原子力発電運転協会(INPO)、電力会社幹部とともに、米国原子力産業界の対応の調整を図るための「福島事故対策実行委員会」を立ち上げた。
これと平行して、米原子力規制委員会(NRC)は独自に福島事故の評価を実施し、福島事故でのさまざまな事象から得た教訓をNRCの規則に反映させる措置を講じた。そうした努力の一環としてNRCと上記の福島事故対策実行委員会はいずれも2011年以降定期的に合同会合を開催し、一般の人々もこのプロセスに関与している。

 事故の発生から数週間のあいだに従来の安全対策が検証され、今も安全強化策は実施されている。その後2012年には、NRCは原子力産業界に対して、次のような3つの指令を出した。

 ●設計パラメータを上回る事象が発生しても原子炉と使用済燃料プールの冷却と封じ込めの健全性を維持するなどの戦略的緩和措置を実施すること
 ●信頼性の高い使用済燃料プール計装を追加導入すること
 ●福島第一原子力発電所で使用されていたMarkⅠ/Ⅱ型と同じ格納容器を使用した沸騰水型原子炉の除熱と圧力制御を行うため、簡単にアクセスできる強化ベントを設置すること

 NRCはまた、地震と浸水に対する安全、サイト内の複数の原子炉が影響を受ける緊急事態に対処するために必要な人員体制や通信システムに関する詳細な情報を提供するよう事業者に要求した。

 福島事故から得られた教訓に基づいて、原子力産業界は、すでに完了したもの、まもなく完了するものも含め、次のようなことに取り組んでいる。

 ●産業界、および産業界からは独立したNRC検査官が行う詳細な検査による原子力発電所サイトの地震防護、浸水防護措置の検証
 ●米国の原子炉の予備安全機能、緊急時対応機能をさらに充実させるFLEX戦略の実施
- 産業界がこの戦略を開発したことを受けて、NRCは、浸水と地震対策の評価、発電所の設計基準を上回る事象に産業界がどのように対処するかなどの分野に注目した。NRCは現在、産業界のFLEXプログラムの実施状況の検査を行っており、これまでのところ、安全上重大な問題は見つかっていない。

<メンフィスの緊急時事故対応センター(SAFER)内部>

 ●2つの全国規模のSAFER(Strategic Alliance for Event Response)対応センターの設置と、24時間以内に緊急事態予備設備を米国内のどこの原子力発電所にも供給する輸送規定の整備
 ●緊急時対応能力を高めるための、従来の緊急時運転手順の改定及び運転手順全体への一層の統合
 ●重大な事象が発生した場合に産業界の支援の調整を図るEPRI、INPO、NEIなどの複数の組織から構成される対応の枠組み構築
 ●それぞれの発電所に該当する地震問題、浸水問題の再評価と発電所の安全への影響の評価
 ●使用済燃料プールの状態に対する原子炉運転員のモニタリング能力向上を意図した同プールへの新しい計装の設置
 ●シビアアクシデントが発生した場合の放射線放出リスク低減を目指した一部の原子炉設計への格納容器強化ベントの導入と事故緩和手順の補強
 ●極端な事象が発生した場合における職員体制と通信設備を含む緊急時対応能力の強化

 
 

<福島第一原子力発電所事故後の米国の原子力発電所における安全性向上の取組み概要図>

 

 これらの改善を達成するために、米国の原子力産業界は、電力会社、メーカー、所有者グループ、燃料会社に協力を求めた。また、産業界が規制プロセスの一端を引き続き担うよう連邦・州の規制機関の両方に協力要請した。さらに、さまざまな技術団体の助力を得て、必要とする情報が関係するすべての当事者に周知されるようにし、その情報が持つ意味合いを理解できるようにした。たとえば、EPRIと米エネルギー省の研究は、米国中部、東部の地震問題と原子炉に対する影響の特性分析を行っている。米国地質調査所も、これらの研究に参加している。

 福島事故以降の安全強化は、数十年にわたる米国の原子炉運転向上の努力の延長線上にあり、その成果は、安全系統の運転実績に明確に表れている。主要産業指標は、2015年における予備安全系統の利用可能時間率98%という目標を達成したことを示している。これは、過去最高記録である。
 産業界は、すべての関係当事者に、こうした発電所の信頼性と安全性に関する情報を提供するとともに、米国の原子力施設が地元、州、国全体の経済に貢献していることも伝えることに注力している。トランプ新政権の発足に際して、産業界は、米国の原子力施設1施設あたり400人~700人の常勤雇用を生み出しており、賃金面でも、地元の平均給与より36%優遇されていることを公表している。政策担当者への働きかけの一環として、産業界は、これらの原子力施設が、必要資材とサービスを購入することによって年間4億7,000万ドルの収益を地元にもたらし、また雇用賃金の形で、地元経済に4,000万ドルの貢献をしていると指摘している。
 こうした経済的メリットにもかかわらず、米国の発電所運転会社の中には、電力市場の事情から、認可された運転期限を待たずに発電所の早期閉鎖を決定した会社もある。例えば、エンタジー社は1月、ニューヨーク州のインディアンポイント発電所の原子炉2基を2020年と2021年にそれぞれ閉鎖することを決定した。こうした逆境の中でも原子力産業界は、安定し、経済的で、温室効果ガスを排出しない原子力の便益をよく反映した政策の実現に向けて働きかけ続けている。昨年、たとえば、ニューヨーク州の規制当局が承認したクリーンエネルギー基準は、炭素を排出せずに発電する原子力発電所の重要性を踏まえ、州内での原子炉の運転継続を支持している。
 福島事故後、米国の原子力産業界は、原子力安全をさらに向上させるため、何十億ドルもの資金を新たにかけて、発電所職員が実施する検査、設備のアップグレード、新規設備の設置、および新しい緊急時対応手順の訓練には何千時間もの作業時間を投じた。
 こうした努力は、国内外の協力の賜物であり、安全で、クリーンで、信頼できる原子力を世界中に供給するという継続的な公約の象徴である。私たちは、原子力が高賃金での雇用とともに、将来の繁栄に不可欠な信頼性の高い、低炭素電力をもたらすという産業界のメッセージにトランプ政権が必ずや耳を傾けることと信じている。

(2017年1月20日付けNEIより受領)