特集「終わりのない原子力の安全性向上に向けて」 OECD/NEA事務局長 W.D.マグウッド氏

2017年3月15日

 福島第一原子力発電所事故から約6年、国際社会は事故の教訓として何を学び、どのような対策をとってきたのか。
 当時、米国原子力規制委員会(NRC)委員として米国の安全対策に深く関わり、その後もOECD/NEAの事務局長として欧米各国の安全対策を総括されているマグウッド氏に寄稿していただきました。同氏は「国際社会は実質的で有効な措置をとっている」とし、各国の取組みや、福島第一原子力発電所の現場での対応について、この間の進展を評価しています。その一方で、OECD/NEAが事故後5年目にまとめた報告書を紹介し、原子力安全全般にわたり、人的・組織的因子および安全文化の継続的な改善が不可欠であるとも強調しています。是非、ご高覧ください。 (編集部)
 

〈寄稿〉 3.11以降の原子力安全改善策

OECD/NEA事務局長 W.D.マグウッド

 2011年3月11日の大震災後に原子力安全に関わってきた私たちにとって、あの惨事から既に6年が経過したとは信じ難いときがある。あの日、米国で朝目覚めて日本の東北地方での地震と津波のニュースを聞いたのは、それほど昔のことではないように思われる。NRCのオフィスに駆け付けたとき、私の思いは、巨大な自然災害を受けて苦しんでいる人々にあった(私は、5人のNRC委員の1人だった)。
 私は日本に多くの良い友人がいるが、彼らと連絡を取って無事であることを確かめるのは難しかった。その後、友人たちとようやく連絡が取れて分かったのは、茨城県のような震源地からかなり遠方の東海岸でも電力・水・通信インフラ設備が大きな被害を受けていることだった。まさしく災害の規模は信じ難いものだった。
 NRCは、米国西海岸に津波の影響が及ぶ可能性を懸念して、災害対策センターを立ち上げ、状況の注意深い監視を始めた。まもなくこの災害は米国の原子力施設に影響を及ぼさないことが明らかになった。しかしその後、我々のもとに、日本の原子力発電所に関する初期の情報が届き始め、その中のひとつである福島第一原子力発電所が我々の注目の的になった。
 その日以来、NRCにとって、そして原子力安全に関わる世界のすべての人にとって、福島第一原子力発電所での出来事は、研究と注目の中心になった。もちろん米国では、トモダチ作戦などの、危機に瀕している日本を援助する取組みにまず注意が向けられた。NRCは、日本の関係当局に助言を行い、援助活動を調整するため11人の専門家を日本に派遣した。当時は誰にとってもストレスが多く、感情的になりやすい時期であったが、同時に心からの友情を示す時期でもあった。
 その後数か月にわたり、世界各国の原子力規制当局は、原子力発電所にとっての3.11事故の意味を評価するという、複雑で、時には政治色を帯びた課題に直面した。私が現在事務局長を務めるOECD/NEAでは、加盟各国の主要規制担当者が一堂に会して学んだ教訓について意見を交わし、研究成果を共同報告した。これらの規制担当者が達した重要な結論は以下の通りである。

 「加盟各国は、稼働中の原子炉に関する重点的な安全レビューを実施し、運転を継続しても安全であると判断した。外部事象とシビアアクシデントに対する対応の改善に役立つ追加の安全強化策が明らかにされ、現在、加盟各国でそれが実施されている」(「福島第一原子力発電所事故:OECD/NEA原子力安全の対応と教訓」2013年より)

 これは、非常に重要な声明であり、福島第一原子力発電所からの教訓に関する当時の私の考えを完全に反映していた。私の考えは当時も、そして現在も引き続き、適切な規制を受けた原子力発電所は安全であるが、3.11事故は、原子力発電所が予想外の苛酷な自然災害に対処できるようもっとしっかり準備する必要があることを示した、ということである。
 私は、米国でNRCの委員として、他の委員やNRCスタッフと協力して福島第一原子力発電所からの教訓に対する対応策を策定した。レジリエンス(回復力)を強化する新たな対策が要件に追加され、「対処時間」、すなわち「発電所内外の電源が失われた場合に、発電所が炉心の健全性を確保しなければならない時間」に関する戦略が修正された。しかしこれと並行して我々は、運転中のマークI型BWR(福島第一原子力発電所で損傷した原子炉と同じ設計)の認可更新を行い、新世代の原子力発電所の建設を許可した。
 私が2014年にOECD/NEAの事務局長として赴任して以降、世界中の原子力発電所を視察して分かったことは、3.11事故を受けて米国で講じた措置の多くは、他の多くの国で講じられた措置と非常に似ていることだった。学んだ教訓、そしてこれらの教訓への対応策がこのように共通しているのは、当時も今も極めて印象深いことである。しかしこれは、世界各国の原子力運転事業者と規制当局が安全性を改善する最も効果的なアプローチを共有した国際協力の成功を明確に示している。
 OECD/NEAは昨年、3.11事故から5年を思い起こす一環として、規制当局の指導者ならびに加盟31か国の他の専門家と協力して新しい報告書「福島第一原子力発電所事故後5年:原子力安全の改善と教訓」を作成した。この報告書は、世界各国の多数の原子力発電所の視察を通じて私が見てきたこと、すなわち、国際社会は、学んだ教訓を理解しており、安全性を改善するため実質的で有効な措置を取っていることを詳細に記述している。
 特に、報告書で考察しているように、既設発電所では安全性を向上させるために多くの措置が講じられている。最も重要な措置には以下が挙げられる。

 ●外部ハザードの再評価 - これは、運転事業者や規制当局が何年も前から理解している安全の重要な側面であるが、福島第一原子力発電所での経験によってこの側面が強化された。発電所が洪水、嵐、地震活動、及びその他の自然事象により直面する可能性がある潜在的ハザードを理解するため、最新の技術と最善の科学を活用することが重要である。
 ●洪水防止対策の強化 - 冠水から重要なシステムを守るという特別な課題は、取り組むべき重要項目である。3.11の事象によってリスクが強調されたことは明らかであるが、発電所冠水の潜在的原因が広範囲であることや、洪水の予測・管理と関連する複雑さによってこの項目は規制当局にとって優先度の高い課題になっている。
 ●炉心及び使用済み燃料プールを冷却する冗長・可動システムの設置 - ほとんどの場合、他のすべてのシステムが故障した際に冷却水を供給する系統の設置は、福島第一原子力発電所事故後の顕著な変化である。こうした系統によって、深層防護の層がさらに追加され、不測事態発生時の発電所の回復力が強化される。なお、一部の「第3世代+」設計の原子炉は、組み込み式の受動的緊急冷却機能を備えており、こうした追加対策が必要でないことがある。
 ●電源の頑健性強化 - 上記の冷却系統と同様に、さらなる電源の層が世界各国の発電所で追加導入されている。
 ●シビアアクシデント管理の訓練・手順の改善 - 3.11以降の規制当局者の最も重要な議論の1つは、設計基準外事象に対して運転事業者にどの程度対応させるかである。100万年に1度の事象に対処するため訓練に何時間も費やすことは、運転事業者が頻繁に取らなければならない従来型の措置に関する訓練の時間が取れなくなることを意味する。しかし、大半の規制当局者及び運転事業者が出した結論は、福島第一原子力発電所からの重要な教訓は、もっと訓練が必要であり、シビアアクシデントに取り組む手順を改良・強化しなければならないことである。
 ●フィルター付ベントおよびフィルタリング戦略 - 規制当局は、他のすべてのシステムが故障し、発電所の炉心が損傷した場合に取られる可能性がある措置についても検討している。損傷した発電所からの放射性物質放出を抑制する何らかの能力を保証することは、重要な検討事項である。日本などの一部の国は現在、環境に放出される前にベント排出ガスから大半の放射性物質を取り除くスクラバの設置を義務付けている。放射性物質放出を抑制するため内部スプレーの使用を義務付けている国もある。

 3.11事故以降、数年間に私は20回以上日本を訪れ、福島第一原子力発電所及び再稼働の準備をしている他の発電所の双方を視察した。福島第一原子力発電所では、損傷した原子炉を廃炉にするため今後何年にもわたり困難な作業を続けなければならないが、リスクの減少およびサイト状況のさらなる安定に向けて目覚ましい進歩を遂げている。福島第一原子力発電所への何回かの訪問を通じて私は、原子力危機の真っ只中から技術的に困難な浄化プロジェクトへ向かうこのサイトの転身は非常にドラマチックであると感じている。
 同じことが運転可能な原子力発電所に対しても言える。日本の規制当局である原子力規制委員会(NRA)は、非常に実現が困難な任務を与えられた。すなわち、原子力災害の直後に原子力安全規制を即座に修正し、規制当局への十分な信頼を取り戻すことで日本の発電所が再稼働できるようにするよう指示された。これは確かに実現が困難な任務だが、今やその大部分が遂行されている。NRAは、非常に高い基準を設定しており、日本の原子力運転事業者に対して、知識と経験が世界で最も豊富な規制当局が提案したすべての強化策に十分に対処するよう指導している。大抵の場合、他のほとんどの国の要件よりさらに厳しい要件を満たすよう指示している。
 産業界は、最善の注意を払って発電所サイトを再建するための極めて包括的なプロジェクトを通じてこれらの新たな要件に従うことで、考え得る多くのシナリオに取り組むようにしている。世界各国の専門家が今日、日本の発電所を訪問し、地震ハザード、冠水リスク、およびその他の起こり得る事象に取り組む際の各発電所の作業について学んでいる。私も、日本の数か所の発電所を訪問した際に、さまざまな改善が導入されていることに驚くことがしばしばある。
 日本をはじめとする他の国の発電所は、発電所、設備、および手順において著しい改善を遂げているが、対処するのが難しい問題が1つ残っている。すなわち、人的要素である。OECD/NEAは、2013年の報告書で以下のように指摘した。

 「福島第一原子力発電所の事故によって、人、組織、文化の面で対処すべき重要な課題が明らかになった。そのような課題には、規制当局の独立性、技術的能力、および透明性の確保が含まれている」

 原子力安全の人的側面に取り組むことは、世界各国において引き続き課題になっている。原子力運転事業者と原子力安全規制当局の双方において優れた安全文化を確保することは、OECD/NEAで優先順位が非常に高い業務になっている。2011年3月11日から5年後に発表されたOECD/NEAの2016年報告書では以下のように述べられた。

 「人的、組織的要因及び安全文化は、設計、建設および運転から潜在的事象又は事故への対応に至るまで、原子力安全のすべての側面にとって不可欠である。認可取得者と規制機関の双方が、これらは福島第一原子力発電所事故後の評価で取り組むべき重要な問題であると特定した。人的要素は、深層防護概念のすべてのレベルにかなりの影響を及ぼしている」

 この作業は、安全の最先端に位置づけられており、OECD/NEAは、この分野にもっと重点的に取り組む新しい部門を設置した。これは困難な作業であるが、福島第一原子力発電所の教訓を本当の意味で学ぶためには、この作業を無視することはできない。
 これらのすべての要素 - ハザードの評価、回復力の強化、及び安全の人的側面への対処 - にしっかり取り組むことが不可欠である。全世界で原子力安全に関わっている私たち全員には、福島県の住民およびすべての国の住民に対して、力を合わせて原子力技術の安全な使用法を学び、変更し、引き続き改善していく義務がある。