放射線・RI利用への期待-加速器製造工場を訪問して

一般社団法人 日本原子力産業協会
理事長 新井 史朗

 人類と原子力利用の歴史は、19 世紀末から 20 世紀初頭にかけて、エックス線(X線)を始めとする放射線と放射性同位元素(ラジオアイソトープ)が発見された事に遡る。この頃より、医学分野においてはこれらを利用した診断や治療が開始されている。今日、放射線利用は、発電利用と共通の科学的基盤を持ち、工業、医療、農業などへの幅広い利用において社会を支える重要な技術となっている。日本における 2015 年度の放射線利用(工業分野、医療・医学分野、農業分野)の経済規模は約 4 兆 3,700 億円(*1)と評価されている。

 例えば、医療利用では、診断と治療の両方に放射線が活用されている。診断では、レントゲン検査、X線CT検査、PET検査や骨シンチグラフィ等の核医学検査(RI検査)等が広く実施されている。治療では、高エネルギーX線・電子線治療、陽子線治療、重粒子線治療、ホウ素中性子捕捉療法、小線源治療、核医学治療(RI 内用療法)等、腫瘍の効果的な治療に利用されている。日本国内の各粒子施設における治療の登録患者数(*2)は、2012年度で3,542人であったものが、2022年度では9,609人と10年間で3倍近くに増加しており、今後の更なる進展が期待されている。

 この度、当協会の量子放射線利用普及連絡協議会(*3)のメンバーが、国内の加速器製造工場を視察した。そこでは、粒子加速器技術を用いた陽子線治療システムなどの医療機器システムや半導体製造に欠くことのできないイオン注入装置(*4)などが製造されている。当該メーカは50年前に医療機器事業を始め、世界250施設への設置実績が有るとの由、次世代陽子治療システムの開発も進めている。また、昨今の半導体生産ニーズの高まりを受けて、イオン注入装置の生産能力を拡大するため、2022年には新工場を竣工したとのこと。加速器技術を搭載したイオン注入装置が何台も並べられて製造されており、圧巻の様相であった。

 IAEAでは、発電分野にとどまらず、保健・医療、食料、農業、環境保全、水資源管理など、多分野の放射線利用に係る取組に注力しており、加盟各国からの関心も高まっている。グロッシー事務局長は、「アフリカでは人口の7割が放射線治療にアクセスできない」と、途上国のがん患者をめぐる状況を危惧し、自身が先頭に立って、放射線治療施設が欠陥・不足している20以上の加盟国を支援するイニシアティブ「Rays of Hope」(*5)を立ち上げた。がん治療における粒子加速器技術など日本企業が有する技術はこのような国際的な動きにも貢献できるものと考える。

 国の原子力委員会では、「原子力利用に関する基本的考え方」(*6)や「医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプラン」(*7)を策定し、国民生活の向上や社会基盤維持・向上のため、放射線利用の可能性拡大を謳っている。「放射線利用」は幅広く世の中に役立っており、産業として、裾野の広い、成長が期待される分野である。当協会は今後も関係組織と連携協力して、放射線利用に関する情報収集、情報提供を行い、放射線利用の普及・理解促進(*8)に努めたい。

<参考リンク>

*1 出典:令和4年度版原子力白書
  https://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/hakusho/hakusho2023/zentai.pdf

*2 2023年度版各粒子線施設における治療の登録患者数(年度別)(公益財団法人 医用原子力技術研究振興財団HP)
  https://www.antm.or.jp/05_treatment/info/2023/ryuusisen-kanja_2023.pdf

*3 放射線利用について関係者が問題意識、情報を共有し、協力、協働してそれぞれが戦略的に事業に取組み、より効果的に普及活動を展開させることを目的に2006年に設置された。構成員は、原子力・放射線関連の各地域組織、研究機関、教育関係者、放射線照射企業等。

*4 半導体の元となるシリコンウェハに高精度でイオンを打ち込み半導体に出電気特性を付与する装置。

*5 Rays of Hope は、がんの診断や治療について、世界の地域、国家間に存在する不平等の解消を目指し2022年2月にIAEAが立ち上げたプロジェクト。加盟国にある既存の技術的、経済的なリソースを連携させた、包括的ながん医療後進国への支援構想であり、先進的な医療サービスへのアクセス、関連教育やトレーニングの拡充を通じた人材開発、高度な放射線治療を行うための基盤構築に貢献することを目的とする。

*6 原子力利用に関する基本的考え方
  http://www.aec.go.jp/jicst/NC/sitemap/bunya22.htm

*7 医療用等ラジオアイソトープ製造・利用推進アクションプラン
  https://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/kettei/kettei220531.pdf

*8 放射線の基礎知識(原産協会HP)
  https://www.jaif.or.jp/inf/eco-radiation/

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