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パレスチナ問題は第3次石油危機の始まりか?
ユダヤ教徒、キリスト教徒を『啓典の民』と呼ぶが、これはイスラム教による考え方だ。唯一神から啓典である『コーラン』を与えられたイスラム教徒にとって、同じ神により『旧約聖書』(ユダヤ教)、『新約聖書』(キリスト教)を授けられた2つの教徒は、他の異教徒とは別格に扱うべき存在だったのだろう。一神教、啓典、そして預言者の存在は、3つの宗教の同質性を感じさせるものではある。そもそも、新約聖書の第1章、『マタイによる福音』の最初の部分には「アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図」とあり、イエスはアブラハムから42代目に当たることが記されていた。ユダヤ人の定義は一先ず置くとして、イエスはユダヤ人であり、その後の聖書の記述でもユダヤ教徒であったと解すことができる。キリスト教を創めたのは、イエスではなくその信徒だった。この3つの宗教の重なる場所がエルサレムに他ならない。古代イスラエル王国の神殿の土台が嘆きの壁として残り、その上には預言者ムハンマドが天に上ったとされるモスク「岩のドーム」が立っている。さらに、そこから北西に500mほどの場所がゴルゴダの丘、即ちイエスが磔刑に処されたとされる場所で、335年に聖墳墓教会が建てられた。そしてそのエルサレム周辺の地域がパレスチナだ(図表1)。「パレスチナ人」とは、一般にパレスチナ地域に住むアラブ人のことである。この地域にはユダヤ人が居住していたが、紀元70年9月、古代ローマ帝国のウェスパシアヌス帝の子であるティトゥスによってエルサレムが陥落した。エルサレム神殿は破壊され、住民は殺害され、もしくは奴隷として売られ、2000年に亘るユダヤ人の流浪の歴史が始まったとされている。その後、アラブ・イスラム教徒による征服、十字軍のエルサレム王国建国、エジプトのアイユーブ朝、マムルーク朝による支配などを経て、16世紀以降、パレスチナはオスマントルコの領土となった。19世紀に入ってオスマントルコが弱体化する一方、欧州における反ユダヤ感情の高まりを受け、ユダヤ人の間でパレスチナにおいて独自国家を建設するシオニズムが台頭する。ちなみに、“Sion”とはラテン語でエルサレム地方のことだ。ロシアやポーランドなどから迫害を受けたユダヤ人が入植を開始、ユダヤ系資本がパレスチナの肥沃な土地を買い上げたことが、アラブ人との最初の軋轢になった。 今も続く「3枚舌外交」の後遺症1914年7月28日に第1次大戦が勃発すると、駐エジプト高等弁務官のヘンリー・マクマホンは、メッカの太守であるフセイン・イブン・アリーと書簡を交わし、1915年10月24日付けの手紙において、英国はオスマントルコへの反乱を条件にアラブ独立国家の樹立を支持・承認すると伝えた。『フセイン・マクマホン協定』だ。一方、英国は、中東の専門家であるマーク・サイクスをフランスの外交官フランソワ・ジョルジュ=ピコと交渉させ、1916年5月16日、ロシアも含めた3か国で大戦後にオスマン帝国領土の分割を密約した『サイクス・ピコ協定』に署名した。さらに、1917年11月2日、英国のアーサー・バルフォア外務大臣は、戦費調達のためシオニスト連盟会長であるロスチャイルド卿(男爵)で貴族院議員のウォルター・ロスチャイルドへ書簡を送り、英国政府がシオニズムを支持することを宣言している。結局、第1次大戦に勝利した英仏両国により、パレスチナとヨルダンは英国、レバノンとシリアはフランスの委任統治領となった。『フセイン・マクマホン協定』、『サイクス・ピコ協定』、さらに『バルフォア宣言』は、英国の「三枚舌外交」と呼ばれ、パレスチナ問題に大きな禍根を残したと批判されている。現代におけるイスラエルとアラブの対立の出発点は、7つの海を支配するとされた英国が自らの領土的野心を隠さないだけでなく、戦争に勝つためにユダヤ人、アラブ人に矛盾する約束をしたことが原点と言えるだろう。第2次大戦後の1947年11月29日、国連総会はパレスチナに対する英国の委任統治を終了し、アラブ人とユダヤ人の2つの国家を創出、エルサレムを特別都市とする『パレスチナ分割決議』を賛成33か国、反対13か国、棄権10か国で採択した。英国は棄権している。この案では、人口72万人のアラブ系住民に43%、5万6千人のユダヤ人に57%の土地が与えられることになった。移住により新国家におけるユダヤ人の人口が50万人に達するとされた上、そこに住んでいたアラブ人41万人もユダヤ人国家の国民になることが見込まれていたからだ。この決議は、米欧においてユダヤ系住民が強い政治力を持っていたことに加え、ナチスによるホロコーストの記憶が生々しかったことも背景と言えるだろう。また、投票の際には、主にシオニスト側から国連加盟国に対し激しい工作があったようだ。米国のハリー・トルーマン大統領(当時)が「煩わしく迷惑だった」と語ったことが、外交官でカリフォルニア大学バークレー校の教授だったジョージ・レンツォウスキーの『米国の大統領と中東』に書き残されている。ただし、このパレスチナ分割に対して、元々、そこに住んでいたアラブ系住民だけでなく、アラブ諸国から強い反発が起ったのは当然と言える。1948年5月14日、イスラエルが建国を宣言したが、その翌日、エジプト、ヨルダン、シリア、レバノン、イラクのアラブ連合軍はイスラエルに対して攻撃を開始した。これが、第1次中東戦争である(図表2)。この戦争において、パレスチナ地域のうち、旧エルサレム市街を含むヨルダン川西岸地区、ガザ地区を除きイスラエルが獲得、現在の国土を概ね確定させている。その以降、イスラエルとアラブ諸国による中東戦争は第1次を含め4回に及んだ。ただし、1973年10月6日、ゴラン高原、スエズ運河に展開するイスラエル軍をエジプト、シリア連合軍が攻撃して第4次中東戦争が勃発して以降、イスラエルとアラブ諸国の大規模な戦争は起こっていない。むしろ、1978年9月17日、米国大統領の山荘であるキャンプ・デービッドにおいて、ジミー・カーター大統領(当時)の仲介により、エジプトのアンワル・サダト大統領とイスラエルのメナへム・ベギン首相は、第3次中東戦争でイスラエルが占領したシナイ半島の返還、平和条約締結協議の開始で一致した。1979年3月26日、両国は平和条約を締結、国交を正常化させている。また、2020年8月13日には、ドナルド・トランプ米国大統領の仲介により、UAEとイスラエルが国交正常化を宣言した。アラブ主要国がイスラエルとの共存に動くなかで、収まらないのは置き去りにされた感のあるパレスチナのアラブ人だろう。1993年8月20日、ノルウェーの仲介により、イスラエルのイツハク・ラビン首相とパレスチナ解放機構(PLO)のヤセル・アラファト議長の間で『暫定自治政府原則の宣言』(オスロ合意)が締結された。この合意の内容は、パレスチナはイスラエルを国家として、イスラエルはPLOをパレスチナ自治政府として相互に承認し、パレスチナ西岸において占領した地域からイスラエル軍が5年間に限り暫定的に撤退、その間にパレスチナの自治について協議するとのものだ。しかしながら、PLOを主導したアラファト議長率いる政党『ファハタ』のイスラエルとの対話路線に反発、1987年12月に設立されたハマスは、2007年6月7日から7月15日におけるガザの戦いで勝利、ガザ地区に自治政府を樹立して実効支配した。日本、米国、英国、EUなど多くの西側主要国はハマスをイスラム教テロ組織として認定している。ちなみに、イスラエルの面積は22,072km2、人口は929万人だ(図表3)。合計特殊出生率は3.04に達し、人口を急速に拡大してきた。旧約聖書の「産めよ、増えよ、地に満ちよ」との教えに加え、国家として人口を国力と考えて来た政策が大きいだろう。一方、パレスチナ自治区はヨルダン川西岸が5,655 km2で人口325万人、ガザ地区は365km2で人口222万人、計6,020km2で547万人に達している。狭い地域に押し込められた感が否めない。さらに、ヨルダン川西岸については、約60%をイスラエル軍が実効支配しており、ユダヤ人入植者による実質的なイスラエル化が進んでいる。人口が急増するイスラエルは、入植によってその版図を着実に拡大させてきた。今回のハマスによるイスラエルへの攻撃は、明らかなテロ行為であり、許されるものではない。ただし、パレスチナにおいてアラブ人がじり貧となるなか、主要アラブ諸国が進めつつあるイスラエルとの協調路線への反発があるとすれば、この問題を放置してきた国際社会にも重い責任があるだろう。 サウジアラビアは困惑している可能性が高い率直な疑問は、ハマスがなぜこのタイミングでイスラエルへ侵攻したかである。ゴラン高原とスエズ運河に展開するイスラエル軍をエジプト、シリアのアラブ連合軍が攻撃して始まった第4次中東戦争だが、開戦の1973年10月6日は個人、国家が懺悔するユダヤ教にとって最も神聖な日“Yom Kippur”(ヨム・キプール)、即ち「贖罪の日」だった。今回、50年前との類似性を指摘する声がある。それは、攻撃が始まったのが1日違いであることに加え、7日が「律法の祭り」でやはりイスラエルの祝日だからだ。ただし、今年のヨム・キプールは9月25日だっただけでなく、パレスチナを取り巻く環境も50年前とは大きく変った。第4次中東戦争は、序盤こそ不意を突かれたイスラエルが苦戦したものの、20日間の戦闘は最終的にイスラエルの勝利に終わっている。もっとも、アラブ側の本当の攻撃はそこから始まったと言えるだろう。アラブ石油輸出国機構(OAPEC)は、親イスラエル国として米国、オランダなどに石油禁輸措置を発動、連動して石油輸出国機構(OPEC)が原油の輸出価格を大幅に引き上げたのだ。これは、主要先進国の経済に大きな打撃を与え、申し上げるまでもなく『第1次石油危機』となった。なお、イランがハマスに協力しているとの報道もあるが、同国はペルシャ人の国だ。同じイスラム教徒ではあるものの、アラブ主要国の多くにおいてスンニ派が多数を示すのに対し、イランは第4代正統カリフであるアリー・イブン・アビー・ターリブとその子孫のみが『イマーム』(指導者)になり得ると主張するシーア派を国教としてきた。今年3月10日、中国の仲介でイランとサウジアラビアは7年ぶりの国交正常化で合意したものの、アラブ主要国とイランはむしろ長年に亘って緊張関係にあると言える。その象徴が1980年9月から1988年8月まで概ね8年に亘って続いたイラン・イラク戦争に他ならない。イスラム革命を遂げたイランをサダム・フセイン大統領率いるイラクが攻撃、米国やアラブ主要国は挙ってイラクを支援したのだ。それが、結果的にフセイン大統領を増長させ、1990年8月、クウェートに侵攻する背景となった。何れにせよ、今回のハマスによる攻撃に関し、サウジアラビアやエジプト、UAEなどが積極的に支援する可能性は低いと考えられる。むしろ、アラブ主要国側の立場に立って考えると、サウジアラビアはハマスの行為を迷惑と考えているのではないか。同国のムハンマド皇太子は、10日、パレスチナ自治区のマフムード・アッバス議長と電話で会談、パレスチナ側への支持を伝えたとサウジアラビア外務省が発表した。もっとも、米国などの仲介によって進めて来たイスラエルとの国交正常化が、少なくとも当面は難しくなったと見られ、サウジアラビアの外交・経済戦略には明らかにマイナスと言える。長い目で見れば石油による収入に依存できなくなる同国にとって、産業における新たな成長分野を育成し、軍事費を抑制するのは極めて重要な課題だ。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のデータによれば、昨年、サウジアラビアの国防予算は750億ドルで、米国、中国、ロシア、インドに続く世界第5位だった(図表4)。日本の防衛費の1.6倍だ。さらに、対GDP比率で見ると、戦時下にあるウクライナが断トツの33.5%だったのだが、それに次ぐのがサウジアラビアの7.4%だった(図表5)。クウェート、オマーン、アルジェリア、アゼルバイジャンなど、OPEC+のメンバーである産油国が上位10か国のうち6か国を占めている。サウジアラビアが巨額の国防費を負担してきたのは、2つの理由があるのではないか。1つ目の理由は、中東地域は不安定化のリスクが大きいことだ。そして2つ目の理由は、原油で得た収入を米国などの軍事産業に還元することで、経済的に一方向ではなく、相互の関係を目指してきたのだろう。他の産油国も事情は同じと考えられる。ただし、それは原油による巨額の収入が前提である。長期的な産業構造の転換を目指すに当たっては、イスラエルとの緊張を緩和すると同時に、同国のテクノロジーを積極的に取り込む選択肢を採らざるを得ないと推測される。逆に言えば、それはハマスにとって極めて好ましくないシナリオだろう。パレスチナにおいて国家を得ることなく、置き去りにされる可能性があるからだ。もちろん、イランにとっても、イスラエルとサウジアラビアなどアラブ主要国の関係が改善した場合、さらに孤立感が深まるだけでなく、安全保障上のリスクが一段と高まりかねない。それが、ハマスの背後にイランの存在を指摘する要因と言える。もっとも、ガソリン価格の高止まりに難渋する米国のジョー・バイデン政権は、核開発に対して課してきたイランへの制裁の一部解除を検討し、同国による原油輸出を解禁する可能性が取り沙汰されていた。また、9月18日には、イランが長期にわたり収監してきた米国人5人を解放、米国はイランの資産60億ドル分の凍結を解除している。両国が歩み寄りの方向にあったことは間違いないだろう。今回、仮にハマスの後ろ盾がイランとすれば、緊張緩和へ向けたシナリオは完全に消えざるを得ない。イランが本当にハマスの攻撃を直接的に支援しているのか、支援しているのであればどのような損得勘定をしたのか、それは今後の情報を待つ必要がある。仮にイランの直接的な関与が明らかになれば、それは中東情勢の混迷が一段と深まるリスクだ。ただし、最近のイランの状況を考えると、その可能性が高いとは考え難い。事前に知っていた可能性はあるとしても、ハマスによるイスラエルへの攻撃に深く関わっていたとの見解には懐疑的な見方が多いだろう。いずれにしても、イスラエルが虚をつかれた上、ハマスの攻撃が非常に秩序だっているのは間違いない。結果として、イスラエルは軍、そして民間人にも大きな被害を受けている。人質とされる100名以上のイスラエル人の安否も心配だ。昨年の総選挙で勝利、12月29日に政権を奪還したベンヤミン・ネタニヤフ首相は、自らのスキャンダルやそれに伴う司法制度改革で窮地にあったものの、国家の非常事態に際して野党を加え挙国一致内閣の発足に漕ぎ着けた。ただし、ハマスの勢力を迅速に駆逐できなければ、無防備に攻撃を受けた失策による政治的な打撃はかなり大きなものになるだろう。一方、ガザ地区への侵攻で無垢のパレスチナ人が数多く犠牲になった場合、国際世論の批判に晒されることになるのではないか。 原油価格への影響が限定的な理由10月7日のハマスによる攻撃を受けて、原油市況は不安定になった。しかしながら、冷静に考えれば、今回のハマスによる攻撃が原油市況に与える影響は、今のところ限定的と言って良いだろう。国際エネルギー機関(IEA)によれば、今年8月、サウジアラビアの産油量は日量900万バレルだった。これは、OPEC+の生産割当量を150万バレル下回るだけでなく、同国の持続可能な生産水準との乖離が330万バレルに達していることを意味する(図表6)。つまり、サウジアラビア1国で、日本の消費量に匹敵する程度の増産余力があるわけだ。サウジアラビアは、OPEC+の結束による価格の維持を重視、自国の生産量を調整して需給関係の安定を図ってきた。従って、原油価格が下落歩調となれば、さらなる減産を行う可能性は否定できない。一方、需要国の代替エネルギーへのシフトを抑止する意味で、価格の急騰には増産で対応するのではないか。主要国がこぞって2050年、遅くても2060年までのカーボンニュートラルを宣言するなか、原油の需要は長期的には先細りが予想される。結果として、新規投資は抑制され、今後10~20年間、余力のある既存の供給者は残余者利得を得る可能性が強まった。サウジアラビアとしては、供給調整により石油価格をじり高として、最大限、その残余者利得を享受する戦略と見られる。1973年の第1次石油危機は、1960年代の高度経済成長期を経て、需要の伸びが極めて速いスピードで進んでいた局面だったからこそ、価格の急騰を通じて世界経済に大きな打撃を与えた(図表7)。当時は省エネ技術も確立されていない状況であり、需要国には高騰した価格を受け入れざるを得なかったと言える。それは、今とは全く異なる環境である。過去の中東戦争を見る限り、イスラエルは戦端当初は苦戦しても、早い段階で態勢を建て直し、戦闘自体には勝利してきた。イスラエル軍との戦いを繰り返してきたハマスは、それを十分に熟知しているはずだ。だからこそ、イスラエル領内から人を連れ去り、条件闘争に備えているのではないか。ただし、どこまで勝算があって、敢えてこのタイミングで戦端を開いたのかはよく分からないことも事実だ。常識的に考えれば、福岡市の面積と同程度の狭いガザ地区に押し込められて包囲され、兵站線を断ち切られた場合、時間の経過と共に戦闘力を失うことが予想される。既にイスラエルは30万人の予備役を招集、ガザ地区への侵攻準備が進んでいると報じられた。バイデン大統領など西側諸国の首脳は、ハマスを厳しく批判し、イスラエルによる自衛のための軍事力行使は容認しているものの、ガザ地区におけるパレスチナ人の大きな被害やイスラエルによるガザの占領は認めていない。つまり、イスラエルはパレスチナ人の打撃を最小限としつつ、ハマスによるガザ地区の実効支配を阻止し、パレスチナ自治政府による統治へ誘導する必要がある。ゲリラ・テロ組織を相手に短期間でそうした成果を挙げるのは極めて難しい戦いになることが想定され、それこそが今回のハマスの狙いであった可能性もある。今回の新たな戦争が世界経済に大きな打撃を与える可能性は今のところ大きくないと考えて良いだろう。大きな生産余力も持つサウジアラビアなど中東の有力産油国が、原油価格の急騰を望んでいないからだ。これは、50年前との根本的な違いだろう。ただし、英国の3枚舌外交に始まり、戦後の強引なイスラエルの建国など、米欧有力国がパレスチナ人を置き去りにしてきたツケが、今回の件の根本的な要因に他ならない。中東を真の安定に導くには、国際社会によりイスラエルとパレスチナ国家の両立へのシナリオを再構築する必要があるのではないか。また、10月7日のハマスによるイスラエルへの攻撃を受け、米欧主要国が一斉にハマスを批判したのに対し、日本政府は明らかに対応が遅れた。岸田文雄首相がハマスを批判したのは8日15時58分、X(旧ツイッター)における政府、首相官邸の公式アカウントではなく、同首相の個人アカウントからのつぶやきだ。原油の調達を中東に依存しているなかで、アラブ諸国の反応を見極め、反発を受け難くする工夫だったのかもしれない。しかしながら、G7の議長国としては、残念な意思表示であったと言える。エネルギー自給率の低さが、日本政府による鈍い反応の背景だったとすれば、日本の外交力の弱点を示す結果になったのではないか。
- 10 Nov 2023
- STUDY
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原油は再びインフレの要因となるのか?
(原油市況アップデート)イスラム教過激派組織ハマスによるイスラエルへの攻撃以前より、原油価格が不安定化している。直接の切っ掛けは、9月5日、サウジアラビアが7月から継続している日量100万バレルの自主減産について、同じく30万バレルを減産しているロシアと共に年末まで延長する方針を発表したことだった。両国の連携が継続しているのは、西側諸国、特に米国にとっては頭の痛い問題だろう。ロシア大統領府は、翌6日、ウラジミール・プーチン大統領がサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子と電話で会談、エネルギー市場の安定で同意したと発表した。なお、この自主減産の幅は、OPEC+で設定された生産枠が基準になっている。OPEC+は、OPEC加盟13か国と非OPECの有力産油国10か国の協議体だが、生産調整を行っているのはOPEC加盟国のうちイラン、リビア、ベネズエラの3か国を除く20か国である。2022年における当該20か国の原油生産量は日量4,420万バレル、世界シェアは60.5%に達していた。今年6月4日に開催された第35回閣僚会合では、2024年の生産量を日量4,043万バレルと決めたのだが、このうちの50.2%をOPECの盟主であるサウジアラビアと非OPEC最大の産油国であるロシアが占めている(図表1)。ロシアによるウクライナ侵攻以降、事実上、サウジアラビアがこの枠組みの主導権を握った。結果論になるが、米国の中東政策の失敗がサウジアラビアをOPEC+重視へ走らせたと言っても過言ではない。 シェール革命は親米サウジアラビアを反米に変えたOPEC+の実質的な初会合は2016年12月10日に開催された。同年11月30日、OPECはウィーンの本部で総会を開き、8年ぶりに日量120万バレルの協調減産で合意したのだが、同時に非OPECの主要産油国を含めて協議を行う方針を決めたのである。2019年7月2日の第6回閣僚会合において、共同閣僚監視委員会(JMMC)の設置が決まり、OPEC+は実質的に常設の協議体になった。背景にあったのは、米国におけるシェールオイル・ガスの急速な供給拡大だ。2010年に548万バレルだった同国の産油量は、2016年に885万バレルへと増加した。バラク・オバマ大統領(当時)は、2014年1月28日の一般教書演説において、「数年前に私が表明した全てのエネルギー戦略が機能し、今日、米国は過去数十年間よりもエネルギーの自立に近付いている」とシェール革命を自らの業績として誇っている。しかしながら、この米国の急速な生産拡大により世界の石油の需給関係が大きく崩れ、2014年6月に107ドル/バレル だった原油価格は、2016年2月11日に26ドルへと下落した(図表2)。『逆オイルショック』に他ならない。経済の多くを原油に依存していた有力産油国にとり、非常に厳しい事態に陥った。これを契機として、OPEC+は生産量の管理に乗り出したのだ。言い方を変えれば、OPEC+はシェール革命に沸く米国に対抗する既存有力産油国の苦肉の策だったわけである。逆オイルショックでシェールオイルも減産を余儀なくされた。しかしながら、価格の復調とともに生産は再拡大、2019年の米国の産油量は1,232万バレルに達し、サウジアラビア、ロシアを抜いて世界最大の産油国になったのである。その直後に世界に襲い掛かったのが新型コロナ禍だ。急速な需要の落ち込みに直面して、OPEC+は米国に協調減産を迫ったものの、2020年4月10日、復活祭の会見に臨んだドナルド・トランプ大統領(当時)は、「米国は市場経済だ。そして、石油市況は市場により決まる」と語り、米国政府主導の減産を実質的に拒絶した。シェール革命以降のサウジアラビアの産油量を見ると、米国の生産拡大に応じて減産を行い、国際的な原油市況を支えようとしてきた意図が透けて見える(図表3)。サウジアラビアの指導者層の対米感情は、この一連の米国の動きを受け大きく悪化しただろう。さらに、2018年10月2日、サウジアラビア人ジャーナリストであるジャマル・カショギ氏がトルコのサウジアラビア領事館内で殺害されたとされる事件では、トランプ大統領、その後任であるジョー・バイデン大統領が共に殺人を教唆したとしてムハンマド皇太子を厳しく批判した。この件は、サウジアラビアの最高実力者となった同皇太子の対米観に大きな影響を与えたと言われている。新型コロナ禍から経済が正常化する過程での原油価格の急騰を受け、昨年7月15日、サウジアラビアを訪問したバイデン大統領はムハンマド皇太子と会談した。この会談は友好的に進んだと伝えられるものの、8月3日、OPEC+が決めたのは日量10万バレルの増産に過ぎない。当時、国内のシェール開発を促す上で、米国も原油価格の急落は望んでおらず、バイデン大統領が了解した上での小幅増産の可能性があると考えていた。しかしながら、その後の経緯を見ると、サウジアラビアの頑なな姿勢は、長年に亘る友好関係をシェール革命でぶち壊しにした米国に対する静かな怒りの表明だったのではないか。 OPEC+が狙う原油のジリ高現下の米国が抱える問題の1つは、そのシェール革命が行き詰まりの兆候を見せていることだ。新型コロナ禍の下で日量970万バレルへと落ち込んでいた米国の産油量は、今年8月に入って1,290万バレルまで回復してきた。これは、新型コロナ感染第1波が米国を直撃し始めていた2020年3月下旬以来の水準である。ただし、稼働中のリグ数は、当時の624基に対して、足下は512基にとどまっている(図表4)。地球温暖化抑止を重視するバイデン政権の環境政策に加え、既に有望な鉱床の開発が峠を越え、米国においてシェールオイルの大幅な増産は難しくなっているのだろう。サウジアラビアなど既存の有力産油国は、そうした状況を待っていたのかもしれない。主要国、新興国の多くが2050年、もしくは2060年までにカーボンニュートラルの達成を目指すなか、探査と採掘に莫大なコストを要する石油開発への投資は先細りが予想される。一方、需要国側が直ぐに化石燃料の使用を止めることはできない。つまり、これから10~20年間程度は、供給側が市場をコントロールできる可能性が高いのである。主要産油国にとり石油で利益を挙げる最後のチャンスなので、安売りは避けたいだろう。もっとも、価格が高くなり過ぎれば、需要国側において脱化石燃料化への移行が加速するため、急上昇は避けると予想される。そうしたなか、当面の原油市況に対する最も大きな不透明要因は、緊迫するパレスチナ情勢と共に、世界の需要の16%程度を占める中国である。OPECは、8月の『月間石油市場レポート』において、2023年後半の中国経済の成長率を5%程度と想定、原油需要を7‐9月期が前年同期比4.9%、10-12月期は3.8%と想定している(図表5)。また、世界全体では、7-9月期2.5%、10-12月期3.8%と緩やかな伸びを見込んだ。サウジアラビアとロシアが自主減産を行っているため、足下の需給関係は引き締まっているのだろう。言い換えれば、OPEC+の生産能力を考えると、中国経済が急激に悪化しない限り、供給量の調整によって原油価格をジリ高歩調とすることは十分に可能と見られる。最大の懸念材料であった米国景気が堅調に推移したことで、原油のマーケットは売り手市場になったと言えるかもしれない。それは、日米を含む世界の物価にも影響を与えることになりそうだ。 米国の神経を敢えて逆なでするサウジアラビア足下の需給の引き締まりを強く反映しているのは、ロシアの主力油種であるウラル産原油の価格動向ではないか。昨年12月、G7及びEUなど西側諸国は、ロシア産原油の輸入価格について、上限を1バレル当たり60ドルとすることで合意した。ロシアからの原油の輸入はやむをえないとしても、価格を統制することにより、同国の貴重な財源に打撃を与えることが目的だ。もっとも、ウラル産原油の価格は7月中旬に60ドルを突破した(図表6)。足下は制限ラインを20%以上上回る70ドル台後半で推移している。中東産などと比べて割安感が強いため、引き合いが増えているのだろう。ロシアは減産を行っているものの、それが価格の上昇に貢献している面もあり、西側諸国の制裁措置はあまり機能していない。この件は、米国のジョー・バイデン大統領にとって二重の意味で頭が痛い問題なのではないか。第1には、当然ながらウラル産原油の価格上昇はロシアの財政を潤し、ウクライナへの侵攻継続に経済面から貢献する可能性があることだ。第2の問題は、米国国内におけるインフレ圧力が再び強まるリスクに他ならない。バイデン大統領の支持率が急落したのは、2021年の秋だった。アフガニスタンからの米軍撤退に際し、テロ事件によって米軍兵士13人が亡くなるなど大きな混乱があったことが契機だ。その後はインフレ、特にガソリン価格の動向が大統領の支持率と連動してきた(図表7)。雇用市場の堅調は続いているものの、原油価格の再上昇によりインフレ圧力が再び強まれば、2024年11月へ向けたバイデン大統領の再選戦略に大きな狂いが生じるだろう。バイデン大統領は、2021年11月23日、原油価格を抑制するため、日本、インド、英国、韓国、中国などと共に米国政府による石油の戦略備蓄を放出する方針を明らかにした。その後も数次に亘って備蓄を取り崩した結果、2020年末に19億8千万バレルだった国全体の備蓄残高は、足下、16億2千万バレルへと減少している(図表8)。これは、米国の石油消費量の80日分程度であり、さらなる放出は安全保障上の問題になりかねない。シェールオイルには多少の増産余地があるとしても、最早、備蓄の取り崩しに頼ることはできず、産油国側の供給管理による原油価格の上昇に対して、米国の打てる手は限られている。バイデン政権にはこの問題に関して手詰まり感が否めない。昨年6月、消費者物価上昇率が前年同月比9.1%を記録した際は、エネルギーの寄与度が+3.0%ポイントに達していた(図表9)。運送費や電力価格など間接的な影響を含めれば、インフレは明らかにエネルギー主導だったと言えるだろう。一方、原油価格が低下したことにより、今年8月のエネルギーの寄与度は▲0.3%ポイントだった。現在は賃金の上昇がサービス価格を押し上げ、物価上昇率は高止まりしているものの、実質賃金の伸びが物価上昇率を超えてプラスになり、米国経済の基礎的条件としては悪くない。堅調な景気の下での雇用の安定、そして株価の上昇は、バイデン大統領の再選を大きく左右する要素だ。それだけに、原油の供給量をコントロールして価格のジリ高を演出するサウジアラビアの動向には無関心ではいられないだろう。サウジアラビアのムハンマド皇太子は、そうした事情を熟知した上で、ロシアとの協調により減産継続を発表したと見られる。8月24日に南アフリカで開催されたBRICS首脳会議には、サウジアラビアのファイサル・ビン・ファルハーン・アール・サウード外相が出席、アルゼンチン、エジプト、イラン、エチオピア、UAEと共に2024年1月1日よりこの枠組みに参加することが決まった。敢えてこの時期にロシア、中国が主導するグループに入るのは、米国の苛立ちを楽しんでいるようだ。BRICS首脳会議で演説したサウード外相は、同グループの意義について、「共通の原則による枠組みを強化しており、その最も顕著なものは国家の主権と独立の尊重、国家問題への不干渉」と語っている。これは、人権問題を重視する米国など西側諸国にはあてこすりに聞こえても不思議ではない。 求められる日本独自の判断逼迫した雇用市場に支えられ、米国経済は堅調であり、原油価格がジリ高となっても、その基盤が大きく崩れることはないだろう。ただし、インフレの継続が市場のコンセンサスになれば、連邦準備制度理事会(FRB)による高金利政策が長期化する可能性は否定できない。また、米国の国民はガソリン価格に対して非常に敏感であり、バイデン大統領の再選戦略への影響は避けられないだろう。もちろん、原油価格のジリ高が続けば、日本経済も影響を受ける。日本の消費者物価上昇率が今年1月の前年同月比4.4%を天井にやや落ち着きを取り戻したのは、米国と同様、エネルギー価格の下落が主な理由だった。消費者物価統計のエネルギー指数は、円建てのWTI原油先物価格に3~6か月程度遅行する傾向がある(図表10)。9月に入って以降の原油価格、為替の動きにより、円建ての原油価格は前年同月比11%程度の上昇に転じた。この状態が続けば、2024年の年明け頃から日本の物価にも影響が出ることが想定される。さらに、パレスチナ情勢の緊迫が、原油市況の先行き不透明感を加速させた。サウジアラビアなど主要産油国が強硬姿勢を採る可能性は低いものの、市場は神経質にならざるを得ない。再び原油高と円安のダブルアクセルになれば、貿易収支の赤字も再拡大するだろう。インフレの継続と貿易赤字は円安要因であり、円安がさらに物価を押し上げるスパイラルになり得る。政府・日銀が上手く対応できない場合、市場において国債売りや円売りなど、想定を超える圧力が強まる可能性も否定できない。現段階でそこまで懸念するのは気が早過ぎるかもしれないが、サウジアラビアとロシアの関係強化の下でのパレスチナ情勢の緊迫は、日本を含む主要先進国にとって潜在的に大きな脅威だ。パレスチナに関しては、次回、改めて取り上げさせていただきたい。1991年12月に旧ソ連が崩壊して以降、国際社会は米国主導の下でグローバリゼーションが進み、先進国の物価は概ね安定した。しかしながら、世界は再び分断の時代に突入、資源国が影響力を回復している。資源の乏しい日本としては、米国に依存するだけでなく、自分の力で考えて、エネルギーの安定的調達を図らなければならないだろう。脱化石燃料が直ぐに達成できるわけではない以上、中東は引き続き日本にとって極めて重要なパートナーである。
- 27 Oct 2023
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QST「JT-60SA」で初プラズマ 核融合エネ実現に前進
量子科学技術研究開発機構(QST)は、那珂核融合研究所(茨城県那珂市)にある核融合超伝導トカマク型実験装置「JT-60SA」で、10月23日夕刻、初プラズマ生成に成功した。〈QST発表資料は こちら〉「JT-60SA」は、国際熱核融合実験炉(ITER)計画を補完・支援するものとして日欧共同で取り組む「幅広いアプローチ(BA)」活動の一つで、海外が200億円超の大型資金を日本設置の研究開発装置に投資する初の事例。世界各国が核融合開発にしのぎを削る中、今回の初プラズマ生成は、日本が主導する国際プロジェクトの大きな成果といえよう。「JT-60SA」の建設・運転に向けては、2007年より日本原子力研究開発機構(当時、核融合研究開発を担っていた)により、前身の「JT-60」の改修が着手された。2013年より組立が始まり、2019年には心臓部となる「中心ソレノイドコイル」の据付けが行われ、2020年4月に完成。当初は2020年秋頃の初プラズマ生成を目指し、統合試験運転が進められていたが、クライオスタット(超伝導コイルを超低温に維持)内のトラブルにより中断。QSTはEUが設立した事業体「F4E」とともに改修を進め、今秋の初プラズマ達成に向けて2023年5月より再び統合試験運転を行っていた。核融合は、重水素や三重水素(トリチウム)のような軽い原子核を融合させ、別の重い原子核になるときに発生する大きなエネルギーを取り出す。高温プラズマ閉じ込めが技術的ポイントで、「JT-60SA」は、約マイナス269℃(絶対温度約4度)に冷却された強力な超伝導コイルを使用して、1億度にも達するプラズマを閉じ込める。今回の初プラズマ生成で、「JT-60」が停止した2008年以来15年ぶりに日本国内のトカマク型装置が始動。QSTでは、「各構成機器が連動してシステムとして機能することを実証でき、BA活動の大きなマイルストーンを達成した」と評価。「JT-60SA」で得られた知見をITERおよび将来の原型炉計画に積極的に活かすとともに、核融合エネルギーの早期実用化に向けた中核的拠点として研究開発を推進していく考えだ。
- 25 Oct 2023
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中国のエネ需要はピークアウト エネ研予測
日本エネルギー経済研究所は10月20日、2050年までの世界全体のエネルギー需給見通し「IEEJアウトルック2024」を発表。2050年のエネルギー需要の中心は、中国からインド・アフリカ諸国へシフトするとの見通しを示した。同需給見通しは、毎年、同研究所が発表しているもので、技術・政策の動向に応じ、過去の趨勢的な変化が継続する「レファレンスシナリオ」、エネルギー安定供給や気候変動対策のために技術導入が強化される「技術進展シナリオ」の2つのシナリオで分析。それによると、「レファレンスシナリオ」では、2050年のエネルギー消費は2021年の1.2倍に増加。これまで世界の需要増の要因となってきた中国のエネルギー需要は2030年頃にピークを迎え、インド・ASEAN・中東・アフリカが需要増の中心となる見通し。一方、「技術進展シナリオ」では、2030年頃にエネルギー消費は頭打ちとなり、2050年に消費量は2021年の概ね0.9倍程度に減少すると見込んでいる。2050年までのCO2排出量は、「レファレンスシナリオ」でほぼ横ばい、「技術進展シナリオ」では2021年比56%減の147億トンとなる見通し。しかしながら、カーボンニュートラル実現には道半ばで、非電力部門、新興・途上国での脱炭素化が引き続き課題となると指摘している。また、2050年の発電量は、経済成長や電化に加え、グリーン水素用需要の押し上げなどにより増加し、「レファレンスシナリオ」で2021年の1.7倍、「技術進展シナリオ」で同2倍となる見通し。増分の大半は新興・途上国が占めるとともに、電源構成が大きく変化。「技術進展シナリオ」では、電源の約85%が脱炭素電源となり、その過半を占める変動再生可能エネルギーに対応した需給安定対策が極めて重要な課題となる。化石燃料の一次供給については、2050年に、「レファレンスシナリオ」で2021年の1.2倍に増加し全体の73%に、「技術進展シナリオ」では2020~30年代以降減少に転じるものの53%を占め、依然と高水準が維持される見通し。引き続き、消費効率改善やCCS(CO2回収・貯留)導入など、CO2排出量削減に向けた取組とともに、安定供給確保の必要性を指摘している。
- 23 Oct 2023
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ICEF 10年目を迎えイノベーション創出に向け若手に期待
技術イノベーションによる気候変動対策について世界の産学官のリーダーが話し合うICEF(Innovation for Cool Earth Forum、運営委員長=田中伸男氏〈元IEA事務局長〉)の年次総会が10月5日、2日間の日程を終了した。前回に続き都内のホテルを会場としてオンライン併用のハイブリッド形式での開催となり、79か国・地域から約1,700名が参集。故安倍晋三元首相の提唱により始まったICEFは10年目を迎え、閉幕に際し発表されたステートメントでは、これまでの成果を振り返るとともに、将来のイノベーション創出に向け次世代層の活躍にも力を入れていく考えが記された。4日、開会に際し、挨拶に立った西村康稔経済産業相は、世界中からグリーントランスフォーメーション(GX)関連分野の有識者が日本に集まる「東京GXウィーク」の一環となった今回の年次総会開催を歓迎した上で、「全世界がともに取り組むべき待ったなしの喫緊の課題」と気候変動に対する問題意識をあらためて述べ、世界全体のカーボンニュートラル実現に向けて、「イノベーションこそが解決の最も重要なカギ」と繰り返し強調。パケ駐日EU大使、ライオンの絵を示し「野心的に今すぐ行動すべき」と強調続くキーノートスピーチでは、元米国エネルギー省(DOE)長官で1997年ノーベル物理学賞受賞者のスティーブン・チュー氏(スタンフォード大学教授、オンライン参加)と、宇宙飛行士の野口聡一氏が登壇し、2日間の議論に向け問題提起。チュー氏は、エネルギーの脱炭素化に向け、水素利用の有望性を披露し、貯蔵やタンカー輸送における日本の技術力発揮に期待。小型モジュール炉(SMR)やCO2貯留技術の展望にも言及した。また、3回の国際宇宙ステーション滞在を経験した野口氏は、“Cool Earth”の視点から、「宇宙から見た地球は本当に息を飲むほど美しい。ダイナミックでそこには命が満ちあふれている」と強調。一方で、気候変動や生物多様性の喪失といった世界的な環境リスクの顕在化を指摘し、課題解決に向け「見える化、分析、処方箋のポジティブなサイクル」が生まれるようイノベーションの創出に期待を寄せた。さらに、最初のセッションで講演を行ったジャン=エリック・パケ駐日EU大使も「野心的に今すぐ行動すべき」と、警鐘を鳴らし、イノベーションにおける政策立案に関する議論に先鞭をつけた。例年行われる若手セッション、メディアの役割や途上国教育の問題も指摘された今回のICEF年次総会では、核融合に着目。5日に行われた各国スタートアップ企業の動きを中心に議論する技術セッションでは、日本から「Helical Fusion」代表取締役の田口昂哉氏が新技術や実用化への課題について発表。同氏は、若手専門家とICEF運営委員らとの対話セッションにも登壇し、「核融合は夢ではない」と、実用化に向け意気込みを語った。同セッションでは、2006年ノーベル生理学・医学賞受賞者のアンドリュー・Z・ファイアー氏(スタンフォード大学教授)もオンライン参加。科学技術に対する信頼の重要性を指摘したほか、若手パネリストに対し、「世界の大統領に向けて1分間でコメントして欲しい」と発言を求めるなど、次世代層からのリーダー台頭に期待を寄せた。議論を総括する田中運営委員長閉会に際し挨拶に立ったICEF運営委員長の田中伸男氏(元IEA事務局長)は、2日間の議論を振り返り、気候変動問題の解決における「革新的なファイナンス」の重要性を指摘し、次回年次総会のテーマにあげることを示唆。AIの活用、ガバナンス機関の創設、科学の説明責任、ジェンダーバランスの課題などにも言及した上、「今後も是非皆が協力しイノベーションを続けて欲しい」と強調した。※写真は、いずれもオンライン中継より撮影。
- 06 Oct 2023
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電事連 新テレビCM放映開始
電気事業連合会は、電気の安定的な供給確保の必要性とカーボンニュートラルの取組を紹介する2種類の新テレビCM、「持続可能な電気の供給」篇と「効率的な電気の利用」篇(各30秒)を、10月1日より全国で放映開始した。〈電事連発表資料は こちら〉新CMは、電事連が昨秋に制作したテレビCMに続き、若手女優の今田美桜さんを起用。今回は、「エネルギーから、明日をおもう。」というキャッチコピーのもと、明治時代と現代の教師に扮した2人の今田さんが、各篇CMで、「持続可能な電気の供給」、「効率的な電気の利用」をテーマに、教室の黒板やプロジェクターを使って、過去と現在の電気の価値や使われ方の違いを説明する。「持続可能な電気の供給」篇では、「今では、暮らしに欠かせない存在に」と、電気の重要性を強調。エネルギー資源の8割を海外に頼る日本の電力供給の現状から、安全確保を大前提とした原子力、火力、再生可能エネルギーをバランスよく活用する必要性を円グラフ「2030年エネルギーミックス」を通じて説く。2つのCMを通じ、「私たちの暮らしに欠かせない電気を、より身近に感じもらう」のがねらい。また、電事連では、新CMに加え、若い世代への関心喚起に向け、今田さんをモデルに日々の生活の視点から電力安定供給や地球温暖化対策の取組をPRするWEBコンテンツ「ふつうの日々」も9月29日より公開している。今夏は記録的な暑さとなり、特に東京エリアで電力需給ひっ迫が心配されたが、追加供給力対策や節電効果により乗り切ることができた。9月27日に行われた総合資源エネルギー調査会の電力・ガス基本政策分科会では、今冬の電力需給見通しについて、最も厳しい北海道、東北、東京の各エリアでも、予備率が1月は5.2%、2月は5.7%と、全国エリアで安定供給に必要な3%を確保できる見込みが示されている。
- 02 Oct 2023
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日立 PRイベントを開催
日立製作所は9月20、21日、顧客・ビジネスパートナーとの「協創に向けたきっかけ作りの場」とする日立グループのイベント「Hitachi Social Innovation Forum 2023 JAPAN」を、東京ビッグサイト(東京・江東区)で開催。4年ぶりの対面開催となった今回は、有識者を交えた討論、最新の技術開発の成果を紹介する展示など、60以上のセッション・ブースが設けられ、人気のコーナーには入場待ちの行列ができるほどの盛況ぶりだった。21日に行われたセッション「脱炭素社会における原子力の役割」(モデレーター=間庭正弘氏〈電気新聞新聞部長〉)では、日立製作所原子力ビジネスユニットCEOの稲田康徳氏他、東京大学公共政策院特任教授の有馬純氏、脳科学者の中野信子氏が登壇。カーボンニュートラル実現に向けた原子力の果たす役割、人材確保・科学リテラシーに係る課題を巡り意見交換がなされた。稲田氏は、エネルギーに由来するCO2排出量の各国比較データを示し、日本のエネルギー需給における脱炭素化の課題として、「化石由来の電源を減らすことが大変重要」と強調。さらに、東京大学との共同研究による試算から、今後のデジタル社会の発展に伴い「日本の電力需要は現在の1.5倍程度となる」可能性を示した。一方で、「天候の影響を大きく受ける再生可能エネルギーは、電力系統の安定性からも課題がある」と指摘。その上で、原子力発電のメリットについて、「運転時にCO2を排出しないという基本的価値に加え、天候の影響を受けず、昼夜を問わず大規模な電力を安定的に供給できる。ベースロード電源として最適」と述べた。日立の取り組む新型炉開発について、稲田氏は、米国GE日立と共同開発する電気出力30万kW級小型炉「BWRX-300」と、135~150万kWの大型炉「Hi-ABWR」(Highly innovative ABWR)を紹介。それぞれの技術的・経済的特長・開発スケジュールについて説明した。科学技術行政に係る取材経験の豊富な間庭氏は、“Innovation”を切り口に原子力に対する人々の理解に関し問題提起。これに対し、脳科学・心理学で多くの著書を有する中野氏は、社会学的観点から、人々の「不安」に関しては、それを背景とする数多くの映画・小説が発表され「エンターテイメントにもなっている」とする一方、「安全」に関しては、「日常不可欠のことでまったくエンターテイメントになっていない」と述べ、「実際、エンターテイメントは人々の『不安』をもとに創られている」と指摘。さらに、「正しく怖がる」科学リテラシーの重要性について、昨今の新型コロナに係る情報流布にも言及し、「残念ながら十分とは言えない。現代社会を生きていくには不可欠のもの」と強調し、理科教育、教員の育成、いわゆる「大人の学び直し」の必要性などを訴えた。展示会場ではデモも、写真は人間が行うような複雑作業を高放射線環境下で実現する「筋肉ロボット」また、間庭氏は、原子力産業のサプライチェーン維持・強化の観点から、人材育成の問題を提起。これに対し、高等教育の立場から有馬氏は、「日本の学生は講義を聴くだけで、人前で発言しない傾向にある。一方で、海外の学生は子供の頃から『議論しながら確かめていく』マインドが養われている」と、コミュニケーション能力の課題をまず指摘。さらに、稲田氏は、バーチャル空間やシミュレーションなど、デジタル技術を活用した技術伝承の取組を紹介したほか、海外プロジェクトへの参画を通じ若手に対する原子力技術への関心喚起を図っていく考えを示した。
- 22 Sep 2023
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エネ庁長官「再び大きな危機・転換点」
資源エネルギー庁の村瀬佳史長官がこのほど、記者団のインタビューに応じ、今後の資源・エネルギー行政の推進に向け抱負を語った。この7月、折しもエネ庁設立から半世紀となる節目の年に就任した村瀬長官は、1973年の第一次石油危機を振り返りながら、「同じように、エネルギー安全保障という意味で、大きな危機・転換点を迎えている時期に着任した。正に歴史を感じており、非常に重いミッションを負っている」と強調。その上で、エネルギー政策における最大の課題として、「日本が再び50年来の大きな危機に瀕している中で、エネルギーの安定供給をいかに確保していくのか」と指摘。加えて、ロシアによるウクライナ侵攻に関連し、「従来の常識では考えられないような国際経済上のリスクが明らかとなっており、エネルギーを巡る国際的な構造は大転換を迎えている」と、あらためて危機感をあらわにした。さらに、同氏は、「カーボンニュートラルへの挑戦」を標榜。「各省庁が推進する取組を総動員し、産業・国民生活のあり方自体を変革しなければならない」とした上で、第一次石油危機時の省エネ対策を例に、「まったく新しい大きな挑戦を求められている。今後、大胆な政策を進めていく」と、意気込みを示した。丁度50年前、1973年秋に公表されたエネルギー白書では、石油の量的確保の不安定性と環境面の制約から、省エネ対策について述べており、「入手ないし使用可能なエネルギーをできる限り有効活用することによって、国民経済活動におけるエネルギー消費量の相対的引き下げを図ること」と、位置付けている。また、村瀬長官は、電力システム改革に関し、「競争するというのは事業者の体力を奪うことではなく、競争を通じて切磋琢磨されていく中で、世界と戦えるエネルギー産業が生まれるようにすること」と強調。官民連携による取組を通じ、「日本発の技術、強い企業」が台頭することに期待を寄せた。原子力政策に関しては、「安全確保を大前提とした原子力の活用」の必要性をあらためて強調。既設炉の最大限活用を始め、核燃料サイクルの推進、放射性廃棄物対策など、原子力特有の問題にも取り組むとともに、小型モジュール炉(SMR)の開発など、革新技術にもチャレンジしていくとした。次年度にも本格化する次期エネルギー基本計画の検討に際しては、「2050年カーボンニュートラル」の実現に向け、「あらゆる手段・可能性を追求することは必須」などと、資源小国である日本におけるエネルギー需給の厳しさを再認識。水素・アンモニア、CCUS(CO2の回収・有効活用・貯留)の導入促進など、あらゆる新技術を手掛け、「柔軟性をもった検討をしていきたい」と述べた。内閣府政策統括官(経済財政運営)から資源・エネルギー行政を担う要職に移り、今後、多くの政策課題をリードする村瀬長官。座右の銘としては、夏目漱石の文学観とされる「則天去私」をあげ、「正しいことをしっかり行う」と、行政マンとして使命を果たす姿勢を強調。最近はテニスに興じ、「『国難を乗り切る』体力を養っている」と、顔をほころばせた。現在56歳。
- 20 Sep 2023
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日本はドイツよりフランスに学ぶべきではないのか?
仮にフランスの政治的目的が、ドイツが持つとされる経済的優位性を減じ、ドイツを弱体化させるための計画の一部としてユーロを創出したとするならば、結果は明らかに逆のものになっている。ドイツの競争力の向上は、即ちドイツをより強くしているのであり、弱くしているのではない。ある意味ではそれは当然、且つ不可避の帰結なのだ。何故ならば、ユーロ圏において我々は最強の経済だからである。インフレ率は相対的に低く、そして他の(欧州の)国々は、もはや通貨を切り下げることができない。2007年4月号のフォーリン・アフェアーズ誌は、ゲアハルト・シュレーダー元ドイツ首相へのデビット・マーシュ氏のインタビューを掲載していた。同元首相の発言で注目されるのは、このユーロに関する部分だ。シュレーダー元首相の首相在任期間は1998年4月7日から2005年11月22日までの7年7か月であり、その間の1999年1月1日に単一通貨ユーロが導入された。同元首相はまさにユーロ誕生の立役者の一人と言えるだろう。このインタビュー記事のことを後になって思い出したのは2012年春だったと記憶している。当時はギリシャの国家財政に関する粉飾決算が明らかになり、ユーロ危機が深刻化していた。しかし、ドイツは下落したユーロを活かしてユーロ圏外への輸出を大きく伸ばしていただけでなく、強い競争力によりユーロ圏内への輸出も拡大させたのだ。シュレーダー元首相の予言通り、フランスやイタリア、スペイン、ポルトガルなどは通貨調整で対抗することができず、ドイツは独り勝ちの状態となった。ドイツ以外にこの危機を上手く乗り切った欧州の国は、1992年のポンド危機により欧州通貨システム(EMS)からの離脱を余儀なくされ、ユーロ入りを断念した英国だけではないか。英国は怪我の功名だが、ドイツは明らかに意図を持って通貨統合を進めたと考えられる。そのドイツと英国が、足下、揃って景気低迷に見舞われた。国際通貨基金(IMF)によれば、2023年、G7でマイナス成長が想定されるのはドイツの▲0.3%のみだ(図表1)。また、英国も2021、22年の反動があり0.4%と低成長の見込みになった。両国に共通しているのは、足下、エネルギーコストの高止まりに苦しんでいることだろう。 エネルギー価格高騰が直撃したドイツ経済ハンガリーとオーストリアのエネルギー当局がフィンランドのコンサルであるvassaETTに委託して作成されている家計エネルギー価格指数(HEPI:Household Energy Price Index)の7月のレポートを使い、家庭向け電力価格をドル換算すると、英国は1kWh当たり0.47ドル、ドイツは同0.40ドルだった(図表2)。EUの平均は0.28ドルなので、両国の電力料金は欧州のなかでもかなり割高だ。また、日本は0.29ドル、米国は0.16ドルであり、イタリアも含め欧州主要3か国は国際競争力において大きな問題を抱えていると見られる。英国の場合、新型コロナ禍に加えロシアのウクライナ侵攻により、電源として約4割を依存する天然ガスの調達が滞った。また、東欧などからの人材の供給が止まって深刻な人手不足に陥るなど、Brexitの副反応によるマイナスの影響が顕在化している。さらに、国際金融市場としてのロンドンの地盤沈下も著しい。ソフトバンクグループが売却する世界有数の半導体設計会社アームは、英国企業でありながら、上場市場に米国のNASDAQ(ナスダック)を選択した。この件は、ロンドンの黄昏を象徴する出来事と言えるだろう。一方、ドイツの場合、エネルギー政策の柱として再生可能エネルギーを重視してきたことが国際的にも高く評価されてきた。しかしながら、この戦略の大前提はロシアとの緊密な関係に他ならない。ウクライナ戦争で最も重要な前提条件が崩れたことこそ、ドイツ経済を苦境に陥れた最大の要因と言えるのではないか。もちろん、ドイツ政府は手をこまねいて見ているわけではない。ロシアによるウクライナ侵攻を受けたエネルギー危機の下、2021年に1kWh当たり6.5セントだった再生可能エネルギー法(EEG)に基づく賦課金について、家庭向けは昨年前半に3.72セントへ減額、後半以降はゼロとした(図表3)。同賦課金は今年もそのままゼロで据え置かれている。また、産業用についても、EEG賦課金は家庭用同様に昨年後半から徴収が見送られた(図表4)。その結果、大口向けの電力料金は、2023年後半の0.53ユーロ/kWhから、今年は約半分の0.27ユーロへ低下している。しかしながら、燃料の調達コスト上昇が強く影響して、21年の水準に比べると高止まりの状態だ。ドイツ商工会議所は、8月29日、会員企業3,572社を対象とする『エネルギー転換バロメーター調査』を発表した。「エネルギー転換政策が企業の競争力に与える影響への評価」についての設問では、事業にとてもポジティブとの回答は4%、ポジティブが9%だったのに対し、ネガティブが32%、とてもネガティブは20%に達した。また、「国外への生産拠点の移転、または国内における生産抑制」に関しては、計画中16.0%、既に進行中10.5%、既に実施5.2%、合計31.7%が積極的な姿勢を示している。この比率は昨年と比べて倍になった。エネルギー価格の高騰、そして安定供給への不安が、ドイツの産業界に与える影響は小さくないようだ。 ドイツが抱える問題はコストだけではないドイツは、脱炭素へ向けエネルギーの転換政策を進めており、G7のなかで最も活発な取り組みをしてきたと言えるだろう。再生可能エネルギーの活用を積極的に進めると同時に、2020年7月3日には石炭・褐炭火力発電所を2038年までに全廃する法案を成立させた。この法律にはいくつかの前提条件があるものの、期限を明確にしたことは、国際社会から高く評価されている。また、アンゲラ・メルケル首相(当時)率いる内閣は、2011年6月6日、2022年までに全ての原子力発電所の運転を停止する方針を閣議決定した。東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の重大事故を受けた方針転換だ。同年7月3日には、連邦議会が脱原子量法案を可決した。当時、ドイツでは17基の原子力発電所が稼働しており、2010年は総発電量の22.2%を原子力が賄っていた。この時期を設定して脱原子力の実現を目指す姿勢も、世界の環境団体などの受けが極めて良いようだ。ロシアによるウクライナ侵攻から3日後の昨年2月27日、連邦議会で演説したオラフ・ショルツ首相は、ロシア産天然ガスの依存度を低下させるため、エネルギー転換政策に関し一部を修正する意向を示した。一方、稼働していた3基の原子力発電所は、政府内での議論の末に運転が3か月半延長されたものの、今年4月15日にその全てが停止している。結果として、今年前半の総発電量に占める再生可能エネルギーの比率は51.7%となり、半期ベースで初めて50%の大台を超えた(図表5)。もっとも、再エネによる発電量は、前年同期に比べ0.7%減少している。景気停滞により総発電量が同10.9%の大幅な落ち込みとなるなか、原子力発電所の停止と共に、石炭・褐炭、天然ガスなど化石燃料による発電量が15.7%減ったことにより、全体に占める再エネの比率が向上したのだった。需要の減少によって、電力不足に陥りかねないリスクが糊塗されたとも言えるだろう。しかしながら、価格高騰を抑止することは出来ていない。ドイツのエネルギー政策が抱える問題は、価格の問題だけではなく、重視してきた温室効果ガス削減の取り組みでも深刻度を増しているのではないか。G7において1kWhの発電量に伴い排出されるCO2の量は、昨年、フランスが最も少なく85グラムだった(図表6)。また、石炭比率の高い日本は495グラムに達している。一方、脱化石燃料で優等生とされるドイツは385グラムであり、意外にも小幅ながら米国やイタリアの後塵を拝する状況だ。再エネにこれだけ注力して国際社会の賞賛を浴びながら、実は現段階におけるドイツの温室効果ガス排出量削減がかならずしも主要国において先行しているわけではない。今後、自動車のEV化が進むことが想定されるなかで、発電時の温室効果ガス排出量の重要性はさらに高まるだろう。ドイツの心中は穏やかではないはずだ。フランスとドイツの最大の違いは、原子力政策に尽きる。昨年、総発電量に占めるドイツの原子力発電の比率は6.0%だ。一方、フランスは62.7%に達していた。同国の再生可能エネルギーは26.3%を占めているので、クリーン電源の比率が総発電量の89.0%に昇る。今も石炭・褐炭に3割弱を依存するドイツとは大きな違いと言えよう。 ドイツを教訓とする日本のエネルギー政策日本ではドイツを脱化石燃料において最も進んだ主要国と捉える風潮がある。しかしながら、率直に言ってそれは間違っているのではないか。ベースロードに安定性の高い原子力を利用し、再エネとの相互補完関係を重視してきたフランスの方が、コスト、効果の面で明らかに先進的と言えるだろう。2021年9月26日の総選挙において、ドイツではショルツ首相率いる中道左派の社会民主党(SPD)が第1党になり、中道右派の自由民主党(FDP)、中道左派の同盟90/緑の党と3党で連立内閣を発足させた。新政権では、反原子力を主要政策に掲げる同盟90/緑の党のロベルト・ハーベック氏が副首相兼経済・気候保護大臣に就任、エネルギー政策は非常に柔軟性を欠く状況になっている。従って、ロシアによるウクライナ侵攻があっても、脱原子力の原則を曲げなかった。その結果、電力価格が高騰して産業競争力に負の影響を及ぼし、IMFによる2023年の経済見通しではG7で唯一のマイナス成長とされている。再生可能エネルギーが極めて重要な電源であることは間違いない。ただし、風力、太陽光は今のところ安定性に欠け、ベースロードとしての活用には限界がある。そうしたなか、原子力発電所を止めたことにより、ドイツは結局のところベースロードを石炭・褐炭、天然ガスに依存せざるを得なくなったと言えよう。再生可能エネルギーの積極活用でEUにおける環境優等生と称賛されていたドイツだが、足下はコストの抑制と脱炭素の両面でエネルギー政策の行き詰まりが隠せなくなった。しかしながら、統一通貨ユーロを採用した以上、景気が落ち込んでも、通貨安を利用して輸出で経済を建て直すことは出来ない。このままだと、少なくとも当面、ドイツは経済の停滞が避けられないのではないか。ちなみに、シュレーダー元首相は、昨年5月20日、ロシアの国営石油会社ロスネフチの取締役を退任、同24日にはガスプロムの監査役就任を辞退したことが伝えられた。連邦議会内に与えられた個人事務所の特権を議会から剥奪されるなど、ドイツ国内において厳しい批判に晒されている模様だ。SPDのシュレーダー元首相、キリスト教民主同盟(CDU)のメルケル前首相、この2人の治世は合計23年1か月に及んだ。所属する政党は異なるものの、ドイツの政権を長期に亘って担った2人のリーダーに共通していたのは、ロシアのウラジミール・プーチン大統領との強い信頼関係に他ならない。従って、再エネ重視、脱石炭・褐炭、脱原子力を基軸とするドイツのエネルギー政策は、ロシアから大量の天然ガスを安価に直接調達することを大前提としていた。だからこそ、ドイツはロシアと同国を結ぶ天然ガスのパイプライン、「ノルドストリーム」及び「ノルドストリーム2」を重視してきたと考えられる。シュレーダー元首相は、政界引退後、ロシアの世界的なエネルギー企業に職を得た。また、2021年7月、任期中における最後の訪米でホワイトハウスを訪れたメルケル前首相は、ジョー・バイデン大統領との会談において、「ノルドストリーム2」の利用開始を米国が容認するよう強く求めたと言われる。この時、バイデン大統領は、メルケル首相に押し切られた形で実質的なお墨付きを与えた。しかしながら、ロシアによるウクライナ侵攻により、この2人の偉大な首相が築き上げたドイツのエネルギー政策に関するシナリオは根本的に崩れた。経済を持続的に回復させるためには、エネルギー政策の立て直しは避けられないだろう。これは、日本のエネルギー政策にとって極めて重要な教訓と考えられる。国家安全保障、経済安全保障、そして経済合理性の観点から、エネルギーの調達を他国に過度に依存するのは極めて危険だ。この点において、日本が参考とすべきはドイツではなく、明らかにフランスなのである。脱炭素は人類共通の課題となった。再生可能エネルギー、原子力の組み合わせを軸として、将来における水素・アンモニアの活用へ準備を進めること、これこそが日本のエネルギー政策が歩むべき王道と言えるのではないか。
- 18 Sep 2023
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世界の「環境危機時計」 昨年より“4分戻る”
旭硝子財団は9月6日、世界の政府・自治体、NGO・NPO、大学・研究機関、マスメディアなどの環境問題に関わる有識者らを対象に行った「地球環境問題と人類の存続に関するアンケート」の結果を発表した。〈旭硝子財団発表資料は こちら〉1992年以来、毎年実施されている同調査は、今回で32回目。2023年4~6月、アジア地域を中心とする国内外約30,000人に調査票を送付し、約1,800件の回答を得たもの(回収率6.1%)。その結果、2023年の「環境危機時計」の時刻は「9時31分」で、2011年以来、針が進む(危機感が進行)傾向にあったが、2021年から3年連続で針が戻り(危機感が解消)、2022年の調査との比較では4分針が戻った。調査対象者は、気候変動、人口、食糧など、地球環境の変化の指標となる9つの項目に基づき、人類存続の危機に関する認識の度合いを、0~12時までの時刻に置き換え回答。「殆ど不安はない」(0~3時)、「少し不安」(3~6時)、「かなり不安」(6~9時)、「極めて不安」(9~12時)というイメージだ。調査結果は、「環境危機時計」と称され、地球環境問題の関心喚起・解決策に資するものとなる。地域別にみると、2022年に比べ、南米、西欧、中東では10分以上針が戻ったが、メキシコ・中米・カリブ諸国、東欧・旧ソ連では20分以上針が進んだ。ウクライナ情勢が影響しているものとみられる。日本は、世界全体と同じ「9時31分」で、前回に比べ2分針が戻った。年齢層別には、60代以上が「9時46分」、40~50代が「9時36分」、20~30代が「9時19分」で、年齢が高いほど針が進んでいる傾向がみられた。また、環境問題への取組に対する改善の兆しを探るべく、パリ協定、SDGsが採択された2015年より以前と比較し「脱炭素社会への転換は進んでいると思うか」を尋ねたところ、「政策・法制度」や「社会基盤(資金・人材・技術・設備)」の面は、「一般の人々の意識」の面ほど進んでいない、との結果が示された。さらに、SDGsへの関心については、「日々の生活で関心を持っている目標」として、「目標13 気候変動に具体的な対策を」、「目標3 すべての人に健康と福祉を」、「目標7 エネルギーをみんなにそしてクリーンに」、「目標15 陸の豊かさを守ろう」が多くあげられ、「目標7 エネルギーをみんなにそしてクリーンに」は、アジア、東欧・旧ソ連で多く選ばれていた。「世界の問題として関心が高い目標」としては、「目標13 気候変動に具体的な対策を」が、すべての国・地域で群を抜いて最も多く選ばれていた。同財団では、合わせて、国内外の一般生活者を対象とした環境危機意識調査の結果も発表している。
- 11 Sep 2023
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JAEA・英NNL 高温ガス炉実証炉で覚書締結
日本原子力研究開発機構(JAEA)と英国原子力研究所(NNL)は9月6日、英国高温ガス炉実証炉プログラムの基本設計に係る実施覚書を締結した。同覚書のもと、日英両国における高温ガス炉の導入を目指した研究開発、原子力サプライチェーン構築、人材育成に関して協力が進められることとなる。調印式は、西村康稔経済産業相の英国訪問を機に、同国クレア・クティーニョ・エネルギー安全保障・ネットゼロ(DESNZ)相の立ち合いのもとで行われた。〈JAEA発表資料は こちら〉英国政府は、カーボンニュートラルの達成に向け、電力分野では軽水炉、非電力分野では革新炉として高温ガス炉を選択し、昨秋より高温ガス炉実証炉プログラムを開始。同プログラムは、フェーズA(事前概念検討、2023年2月終了)、フェーズB(基本設計、2025年終了予定)、フェーズC(許認可・建設、2030年代初期運転開始予定)と、進められる運びで、DESNZは7月に、フェーズBの事業者として、JAEAとNNLによるチームを採択。合わせて、DESNZは高温ガス炉実証炉用の燃料開発プログラムの開始を公表しており、JAEAはNNLと連携し、英国における燃料製造技術開発を進めていく。JAEAは高温工学試験研究炉「HTTR」(熱出力30MW、2021年7月に再稼働)の開発実績を有している。「HTTR」の核となる技術は世界有数の国産技術で、例えば、原子力用構造材として世界最高温度950℃で使用できる金属材料は国内メーカーによるものだ。今後、JAEAは、NNLと連携し、日本の高温ガス炉技術の国外実証、英国での社会実装を進め、国内の実証炉計画にも活かしていく。
- 07 Sep 2023
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インバウンド復活を手放しで喜べるか?
“I want my shirts laundered like they do at the Imperial Hotel in Tokyo.”(このシャツを東京の帝国ホテルがしたよう洗ってくれ)これは映画の台詞である。1995年に公開された米国とカナダのSF映画『JM』の中で、主演のキアヌ・リーブスによるアドリブだ。帝国ホテルに宿泊した際、クリーニングサービスの質に感激したリーブスが撮影の際に口走り、ロバート・ロンゴ監督がそのまま採用したと言われている。その帝国ホテルだが、最近、外国人の評判があまり良くない。「東京でどこに泊まれば良いか」と聞かれた際、何人かに推してみたのだが、しばらくすると異口同音に「違うホテルに決めた」と外資系の名前を言われてしまった。理由は、価格である。高過ぎるのではなく、安過ぎるのだ。海外で人気の旅行サイトを調べたところ、帝国ホテルの宿泊料金はスタンダードのツインルームで1泊400~450ドル程度である。一方、直ぐ近くにあるペニンシュラ東京の場合、970ドルだった。ニューヨークやロンドンなど、世界の主要都市では、ホテルの高級ホテルのルームチャージは1泊1,000ドルが当たり前だ。円安の影響もあるが、価格を見て、あまりに安過ぎるとの印象から、東京のホテル事情に詳しくない外国人から帝国ホテルは一流と見做されず、敬遠されてしまっているのではないか。一方、日本をよく知る外国人は、むしろサービスの質が極めて高く、彼らの感覚で割安に感じる帝国ホテルを選んでいるようだ。JMが公開された1995年は、まだ日本がデフレ期に入ったばかりの時期だった。為替の平均レートは1ドル=94円08銭であり、帝国ホテルの宿泊料金は海外主要都市の高級ホテルと比べて遜色なかったのだと思う。20年以上のデフレに加え、最近の円安で日本は多くのモノ・サービスが訪日外国人の感覚では割安になっているのだろう。問題は外国人が「高級」と考えるレベルに日本のホテルが値上げをした場合、日本人から敬遠されかねないことである。訪日外客は回復しつつあるものの、東京都心部のホテルでも宿泊者の多くは日本人であるため、その価格に関する感覚を無視することはできない。この問題は、働く人の賃金や生産性に関わるため、非常に重い課題と言えるのではないか。 新型コロナに打ち克ったことを象徴する訪日外客の回復昨年10月11日、海外から日本に入国する際の水際対策が大幅に緩和され、1日5万人とされていた入国者の上限が撤廃になった。それ以降、訪日外客は回復に転じている(図表1)。4月中旬の平日、京都駅八条口(新幹線口)からタクシーに乗ろうとしたところ、概ね200名ほどが列を作っており、一見するとその約7、8割が外国人だったことに驚いた。さらに、4月29日に水際対策が完全に解除され、5月8日には新型コロナが感染症法上の第2類相当から第5類に見直されている。日本政府観光局によれば、7月の訪日外客は232万1,000人であり、新型コロナ禍前の2019年7月に対して78.6%まで回復した。今年1~7月の総計だと1,303万3,000人で、2019年の同期比で66.4%だ。このうち、韓国が357万5,000人で2019年の同期に対し84.9%、台湾は219万3,000人で同74.6%になっている。一方、2019年に959万4,000人が訪日した中国は、今年1~7月の累計で90万8,000人、2019年の同期対比で16.3%に止まった。中国政府は8月10日までドイツ、オーストラリアなどに加え日本への団体旅行を禁じていたことから、その影響が大きいのだろう。厳しい日中関係も要因と推測される。日本を訪れる外国人が急増したのは2012年からだった。2011年3月の東日本大震災が、日本を見直す重要な契機となったと見られる。また、2012年12月26日に第2次安倍内閣が発足、さらに日本への関心が高まったことが背景と言えそうだ。日本政府も積極的に観光をアピール、2016年3月には、安倍首相を議長とする『明日の日本を支える観光ビジョン構想会議』において、成長戦略の柱に観光業の育成を据え、訪日外客数の目標を従来の「2020年に2,000万人、2030年に3,000万人」から、「2020年に4,000万人、2030年に6,000万人」へと大きく上方修正したのである。2019年の訪日外客は3,188万人となり、7年連続で史上最多を更新した(図表2)。当初は東京、京都、そして北海道など外国人観光客の訪問先は一部の地域に集中していたものの、リピーターが増えるに連れ、全国各地を外国人観光客が訪れるようになったようだ。もっとも、2018年の伸びは前年比8.7%、2019年も2.2%に止まっている。空港、ホテルなど関連施設のキャパシティが限界に近付いたことが要因の1つだろう。2020年に開催予定だった東京オリンピックへ向け、東京、京都などでは大型ホテルの計画が相次いだ。もっとも、順調に開業できても、人材確保には苦労したと見られる。そうしたなか、2020年春以降は新型コロナ禍に見舞われ、国際的に人の移動を止めざるを得ない時期が続いた。訪日外客の再拡大は、経済を正常化させる上での起爆剤であると同時に、人類が新型コロナに打ち克った証とも言えるのではないか。 ボトルネックとなる人手不足「インバウンド消費」と呼ばれる訪日外客による国内での財、サービスの購入は、一般に日本の居住者による「消費」と同様に位置付けられることが多い。しかしながら、GDPなど国民経済計算の上で、訪日外客は「非居住家計」とされる。この非居住家計が日本国内で財やサービスを購入した場合、それは消費ではなく「非居住家計による国内での直接購入」であり、統計上は輸出として計上されなければならない。経済の専門家にも消費として説明しているケースが見られるが、それは厳密には間違いだ。少なくとも訪日外客の購買活動がGDPの個人消費に直接影響することはないのである。当然、訪日外客数と非居住家計の国内での直接購入には密接な関係が示されてきた(図表3)。2019年は3,188万人の外国人が日本を訪れたが、非居住世帯の国内での直接購入は4兆4,708億円に達している。これは、同年の実質GDPの0.8%だった。新型コロナ禍による水際対策により、この直接購入分は2020年に1兆165億円、2021年には4,873億円へピーク時の10分の1まで落ち込んだことから、訪日外客の回復は当面の日本経済にポジティブな影響を及ぼすことになるだろう。個人的な意見だが、街に多くの人がいるだけで、日本人の消費者心理にもインパクトがあると思う。ただし、インバウンドで持続的に経済を成長させるには、2つの大きな課題があるのではないか。1つ目の課題は労働力の不足だ。都心の有力ホテルですら、現状、少なくとも一部の施設に関してフル操業に至っていないケースが少なくない。ホテル関係者の方に話しを聞くと、十分な人材が揃わないことが主な要因とのことである。宿泊・飲食サービス業の従事者は、2000年代初頭に大きく減少した(図表4)。訪日外客の急増に伴い、2010年代後半に回復へ向かったが、それでも2000年度を基準にすると2019年度は93.4%だった。新型コロナ禍の下、2021年度は83.1%になっている。訪日外客の増加に加え、日本人、在留外国人も国内旅行に積極的であり、持続的にインバウンド需要の増加に応えられる人材を揃えるのはかなり難易度が高いだろう。この人材問題はマクロ的な供給制約であり、物理的なインフラの限界と共にインバウンドによる経済成長を阻害する要因だ。 持続的な成長の阻害要因となる低生産性インバウンドによる経済成長へ向け、人材の確保以上に大きな問題は、関連産業の中核である宿泊・飲食サービス業の低い生産性だ。新型コロナ禍前の2019年度、全産業の労働生産性、即ち労働者が1時間に稼ぎ出すGDPの額は4,741円だった。これに対して、宿泊・飲食業は平均の63.4%に相当する3,006円である(図表5)。この低い生産性を放置すれば、仮に観光産業が訪日外客の増加に対応し得る十分な人材の確保ができたとしても、従事者が増えれば増えるほど日本全体の生産性が低下しかねない。一方、生産性を急速に高めようとすれば、訪日外客を日本に惹き付けている「おもてなし」が蔑ろになり、むしろ日本の魅力が低下する事態も想定される。これは大きなジレンマと言えるだろう。国の潜在成長率は、「労働投入量の伸び+資本投入量の伸び+生産性の改善率」である。生産人口の減少が避けられないなかで、日本は働き方改革により1人当たりの総労働時間も減少傾向だ。つまり、「労働者数×労働時間」で求められる労働投入量は趨勢的な低下が予想される。従って、生産性の持続的な改善が極めて重要だ。言い換えれば、生産性の低下は経済の縮小均衡を加速させる要因であり、是が非でも避けなければならない。ちなみに、主要先進国では、国別に見た労働生産性と年間平均所得の間に統計的な正の相関関係が認められる(図表6)。つまり、日本の賃金水準がG7で最も低いのは、日本経済の生産性が低いことで理論的に説明できるのだ。ここからさらに生産性の低い産業を伸ばして一時的にGDPを膨らまそうとすれば、賃金が上がらずに国内での消費が減衰し、結局、逆効果になるリスクが高い。ITなどテクノロジーの分野で国際競争力を失いつつある日本にとって、インバウンドは経済を成長させる魔法の杖のように見えかもしれない。しかしながら、現実的に考えると、インバウンドによる自足的な経済成長のハードルが低いわけではないのである。 日本経済の生産性を上げる方法インバウンドを伸ばすにしても、サービスの質を維持しつつ、関連産業の生産性を如何に高めるか、これには知恵を絞る必要がある。例えば、日系高級ホテルの宿泊単価を引き上げ、海外主要都市と遜色ない水準とすることだ。また、外資系の超高級ホテルを誘致することも考えられよう。さらに、大阪の夢洲(ゆめしま)で計画されている特定複合観光施設(IR)も単価の引き上げに貢献する可能性がある。ただし、それでもインバウンド関連全般に関する生産性の劇的な改善には不十分である可能性は否定できない。むしろ、限られた人材の教育水準を上げ、相対的に生産性の高い情報通信関連や製造業へ集中的に投入する覚悟が必要だろう。雇用の流動化と産業の新陳代謝、科学・技術分野への十分な投資も欠かせない。そしてもう1つ重要な点は、海外に払うコストを可能な限り引き下げ、原価率の改善によって日本で生まれる付加価値を高めることだ。特に重要なのはエネルギー自給率の向上である。2022年、石油、天然ガス、石炭の輸入総額は33兆4,179億円、日本の総輸入額の28.3%に達した。一方、訪日外客が過去最多だった2019年、宿泊・飲食サービス業の産み出したGDPは13兆8,366億円である。もちろん、インバウンドは宿泊、飲食だけが恩恵を受けるわけではない。ただし、化石燃料の輸入コストが極めて大きいことは明らかだ。極論すれば、再生可能エネルギーと原子力で全電力を賄い、オール電化と自動車のEV化を進めた場合、この輸入コストを大幅に削減できるだけでなく、日本経済はカーボンニュートラルへかなり近づくだろう。多くの産業において生産性が改善するはずだ。もちろん、これは極端な例である。しかしながら、それくらい思い切った手を打たない限り、人口減少下において経済成長を維持するのは難しいのではないか。
- 25 Aug 2023
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日本総研 中学~大学生対象にサステナビリティの意識調査
日本総合研究所は8月10日、国内の中学生、高校生、大学生計1,000人を対象として、2022年11~12月に実施したサステナビリティなどに関する意識調査の結果を発表した。毎年8月12日に行われる「国際青少年デー」に合わせて発表したもの。調査はウェブアンケートで行われ、中学生300人(男子150人、女子150人)、高校生300人(同)、大学生400人(男子200人、女子200人)から有効回答を得た。同研究所では2020年にも同様の調査を行っている。今回の調査結果によると、国内や海外の環境問題や社会課題に「関心がある」という人は全体の43.5%で、前回調査と大きな変化はないが、関心の内容については変化がみられた。前回調査では、コロナ感染拡大期と調査時期が重なったこともあり、「気候変動・温暖化」、続いて「医療・健康・感染症対策」への関心が高く、今回調査では、「人権(ハラスメント・いじめ・虐待・不登校・人種差別等)」への関心が最も高かった。「最も関心のある環境問題や社会課題」として、「気候変動・温暖化」と回答した割合は、大学生男子で4.0%、同女子7.5%、高校生男子4.7%、同女子5.3%、中学生男子12.7%、同女子8.7%。「エネルギー問題(化石燃料等の枯渇、その他)」と回答した割合は、大学生男子6.5%、同女子2.5%、高校生男子2.7%、同女子4.0%、中学生男子4.0%、同女子3.3%だった。女子では、「ジェンダー平等、ダイバーシティ、LGBTQへの配慮」をあげる割合が、同世代の男子と比べ格段に高かった。また、環境問題や社会課題の役に立ちたいか尋ねたところ、「そう思う」という人は52.0%と、約半数に上ったのに対し、日頃、社会貢献活動などをしている人は21.3%にとどまり、若者の「社会課題の解決意欲と行動とのギャップ」が浮き彫りとなった。この傾向は、前回調査でも同様にみられている。SDGsの認知に関しては、前回調査と比較し、「よく知っている」、「多少は知っている」と回答した割合は全体の44.2%から73.4%に大きく上昇。高校生・大学生では8割以上が「知っている」と回答していた。最も関心のあるSDGsの17目標としては、全世代で「目標1 貧困をなくそう」、「目標3 すべての人に健康と福祉を」をあげた人が多かった。「目標7 エネルギーをみんなにそしてクリーンに」と回答した割合は、大学生男子5.5%、同女子2.5%、高校生男子3.3%、同女子2.7%、中学生男子7.3%、同女子3.3%。「目標13 気候変動に具体的な対策を」と回答した割合は、大学生男子7.0%、同女子6.0%、高校生男子5.3%、同女子5.3%、中学生男子14.0%、同女子9.3%だった。同世代で女子の回答割合が格段に高かったのは、「目標5 ジェンダー平等を実現しよう」(大学生・中学生)、「目標6 安全な水とトイレを世界中に」(中学生)だった。SDGsに対する考えに関しては、全体の60.3%が「世界で達成するべき重要な目標」と思っているものの、「目標としている2030年に達成できそう」と考える人は全体の15.9%にとどまっていた。この他、同調査では、企業の政策提言、経営戦略、人材育成に資するべく、金融・経済教育、キャリア意識・結婚観に関しても調査・分析を行っている。
- 21 Aug 2023
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残余者利得をもたらす原油の最新事情
一口に原油価格と言っても、産地や油田、生産方法によってその成分には大きな違いがある。従って、価格にも差が生じて当然だ。一般にガソリンやナフサの精製に適した軽油質を多く含む原油の価格は高く、アスファルトや船舶燃料用の重油質の成分が多ければ相対的に安価である。ニュースなどで報じられる原油価格は、ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)での先物価格が使われることが多い。この原油先物は中東産ではなく、米国のテキサス州沿岸部を中心に産出されるウエスト・テキサス・インターミディエイト(WTI:West Texas Intermediate)を対象としている。軽質低硫黄原油であるWTIは、2010年頃まで中東産原油の価格を上回る時期がほとんどだった。しかしながら、シェール革命により米国の産油量が急増した2010年代に入ると、サウジアラビア産原油の代表的油種であるアラブライトなどの価格がWTIを上回る状況が続いている(図表1)。ちなみに、NYMEXの先物取引は、最終決裁について、差金決済ではなく現物決済で行わなければならない。つまり、先物の最終取引日には、受け渡し場所として指定されたオクラホマ州クッシングの貯蔵施設において、買い手が売り手から原油を受け取る決まりだ。2020年3月には、新型コロナの感染第1波により原油需要が急減するなか、クッシングの石油貯蔵施設の容量が限界に達するとの観測が台頭、タンクの確保に巨額の費用を要するとの見方から、WTI先物価格が一時マイナスになる異常な状態になった。結局、クッシングの貯蔵施設から原油が溢れることはなかったものの、WTI原油先物の買い手は万が一のリスクを考えなければならない。それもあって、過去1年間で見ると、アラブライトのスポット価格はWTI先物価格を8.60ドル上回っている。足下、WTI原油先物は1バレル=70~75ドル程度での推移だ。一方、IMFが5月に発表した経済見通しによれば、サウジアラビアの財政収支が均衡する原油価格は80.9ドルと推計されている。日々のニュースを見る限り、今の原油価格はこの水準を下回っているように感じるものの、それはあくまでWTI原油先物に他ならない。アラブライトは80ドル台前半で推移しており、サウジアラビアを中心とするペルシャ湾岸の主要産油国にとって、今の原油価格は許容できる範囲内にあると言えるのではないか。OPEC13か国及びロシアなど非OPEC10か国で構成するOPECプラスは、この水準を維持できるよう需要動向を見極めつつ生産割当てを調整すると見られる。 中東で高まる中国の存在感2022年3月、原油価格はWTIで123.70ドル、アラブライトだと134.44ドルの高値を記録している。新型コロナの感染が世界に広がった2020年春以降、OPECプラスは協調して大幅な減産を行った。その結果、世界経済が正常化する過程で需要が急拡大し、需給バランスが崩れたことが主因だ。さらに、資源大国であるロシアがウクライナへ侵攻、安定供給への懸念から化石燃料価格が軒並み急騰したのである。資源消費国は資源主導型のインフレに直面、2022年6月における米国の消費者物価上昇率は前年同月比9.1%に達している。ジョー・バイデン大統領はサウジアラビアなどに増産を要請したが、OPECの中核である中東主要産油国の対応は厳しいものだった。原油価格が急落した際、世界最大の産油国となった米国が十分な減産に応じず、OPECプラスが苦境に立たされたことへの仕返しとも言えよう。もっとも、主要産油国側も価格の高止まりを望んでいたわけではないと見られる。地球温暖化問題が深刻化するなか、原油、天然ガス価格の高騰が続けば、消費国における脱化石燃料化が加速し、産油国は自らの首を絞めることになりかねないからだ。OPECプラスの関心は、原油価格をアラブライトで80ドル程度に維持することにあると考えられる。そうしたなか、当面の原油価格に下押し圧力が強まる可能性は否定できない。理由は中国経済の減速懸念だ。当然のことながら、原油のマーケットは景気と強く連動してきた。1960年以降、世界の実質GDPと原油需要の間には統計的な正の相関が見られる(図表2)。ただし、これまでは大雑把に4つの局面に分けられるのではないか。第1の局面は第2次石油危機までの約20年間だ。先進国を中心とした経済の急成長に対して、原油需要が鋭角的に拡大した。第2の局面は第2次石油危機からリーマンショックまでであり、世界経済の安定成長の下、原油需要の伸びも高度経済成長期と比べてなだらかになっている。さらに第3の局面は、リーマンショックから新型コロナ禍までだ。地球温暖化問題への対応を迫られるなか、省エネ化や代替エネルギーの開発が進み、経済成長に対応した原油需要の伸びはさらに減速した。現在は第4の局面にある。新型コロナ禍を経て、先進国を中心に脱化石燃料化の動きは画期的に速まったのではないか。ちなみに、2021年における世界の原油および石油製品の純輸入量は日量3,813万バレルであり、その29.9%に相当する1,139万バレルを吸収したのが中国だった(図表3)。同国は399万バレルを生産する主要産油国の1つでもあるが、国内の供給だけでは旺盛な需要を賄えなかったわけだ。かつて世界最大の原油輸入国であった米国は、シェール革命により産油量がサウジアラビアを抜いて世界最大になった。その結果、2021年の純輸入量は日量69万バレルに止まっている。米国が外交・安全保障政策の両面で中東への興味を失ったのは、原油の依存度が大きく低下したからだろう。一方、中国にとり、14億人の経済を支える上で、中東およびロシアの資源は生命線とも言える状況だ。1978年9月、米国のジミー・カーター大統領の仲介により、エジプトのアンワル・サダト大統領とイスラエルのメナヘム・ベギン首相が米国メリーランド州の大統領山荘で3者会談を行い、和平への取り組みで歴史的な合意に達した。大統領山荘の名前を取り、『キャンプデービッド合意』と呼ばれている。今年3月10日、サウジアラビアとイランは国交を回復したが、その会談が行われたのは北京だ。サウジアラビアのアル・アイバーン外相、イランのアリー・シャムハーニ国家安全保障最高評議会書記と共に喜色満面で署名式に臨んだのは、中国共産党の王毅中央委員会政治局員だった。これは、中東における米国と中国のプレゼンスの変化を映す象徴的な例に他ならない。同時に中国経済が今後も中東に大きく依存し、主要産油国との関係を重視せざるを得ない事情も示しているのではないか。逆から考えれば、中東主要産油国にとり、最重要顧客は米国から中国へ換わったのである。従って、今後の原油の国際市況を考える上で、中国の影響は極めて大きいと言えるだろう。その中国経済だが、今年4月、IMFは世界経済見通しにおいて2023年の成長率を昨年10月の4.4%から5.2%へ引き上げた。ゼロコロナ政策が昨年末になし崩しながら解除され、経済の正常化が進んでいたことが背景である。もっとも、このところ、中国の景気には再び不透明感が台頭している。無理な不動産開発が全土で行き詰まり、地方政府の隠れ借金への懸念が高まった。また、国家統計局が発表した6月の雇用統計によれば、都市部における16~24歳の失業率は21.3%に達している。中国人民銀行は、6月20日、事実上の政策金利である1年物、5年物のローンプライムレート(LPR)を0.1%ポイント引き下げた。中国の原油需要量も実質GDPの伸びに連動する(図表4)。ポスト・コロナ期における経済の正常化効果が一巡するなか、今後、成長率が下方修正される可能性は否定できない。その場合、世界最大の石油消費国において需要が伸び悩むとの観測から、原油の国際的な需給関係に影響が及ぶものと見られる。 当面の原油価格は安定へOPECプラスは、6月4日、ウィーンにおいて第35回閣僚会議を開催、2024年における生産割当量を日量4,046万バレルとした。これは、昨年10月に決めた2023年の生産枠である同4,186万バレルを140万バレル下回る水準だ。さらに、サウジアラビアのアブドル・アジズ石油相は、7月に関し自主的に100万バレルを追加減産すると表明した。5月における同国の生産量は998万バレルであり、OPECプラスの割当量を50万バレル下回っていた(図表5)。価格を維持する、強い意欲を示したと言えるだろう。イラク、UAE、クウェートなど他の湾岸主要産油国の産油量も割当量を下回っており、実質的な自主減産で足並みを揃えている模様だ。ただし、中国経済の先行き不透明感から、大きく原油価格を押し上げるには至っていない。他方、昨年12月5日よりG7、EU、豪州はロシア産原油の輸入価格に関し60ドルの上限を設定した。現在、同国の代表的な油種であるウラル産原油の価格はこの上限価格近辺で推移している(図表6)。中東産原油との価格差が大きいため、一定の需要があるからだろう。中国、インド、トルコなど対ロシア政策で西側主要先進国と一線を画す国は、ロシアからの資源調達を増やしている模様だ。ただし、それはロシアを支援すると言うよりは、自国の物価を安定させるため、ロシアの足下を見る形で安く買い付けているのではないか。ロシアによるウクライナ侵攻以降の中国の基本的な姿勢は、少なくとも表面的にロシアへの友好的な態度を示すことで、実はロシア産資源を買い叩くビジネスライクな戦術と言えるかもしれない。戦争継続のため戦費の調達を迫られるロシアとしては、それが分かっていたとしても、中国、カザフスタンなど中央アジア諸国、さらにはトルコやインドを通じて資源輸出を継続し、外貨を稼ぐ必要があるのだろう。OPECプラスは、サウジアラビアを中心に今後も価格の維持を重視すると見られる。原油市況がさらに下落すれば、主要産油国が一段の減産を行う可能性が高い以上、当面、原油価格はWTI先物ベースで70ドル台、アラブライトで80ドル台を中心とした推移になるのではないか。この水準が続く場合、年内は前年同月比で原油価格はマイナスの状態が続くだろう。消費者物価の関連指標は原油価格の動きに3~6か月程度遅れる傾向があるため、来年春頃までは、エネルギー価格が日米欧の物価を押し下げる方向へ機能すると見られる。 二兎を追わなければならない日本長期的に考えた場合、原油価格が再び上昇する可能性は否定できない。世界的な脱化石燃料化の流れにより、新たな油田の開発投資が抑制される結果、少なくとも一定期間、需要と供給のバランスが崩れる可能性があるからだ。2010年代に入り、原油市場を大きく変化させたのは米国のシェール革命だった。世界最大の原油輸入国がわずか10年で世界最大の産油国になった結果、中東産の原油が余剰になり、「逆オイルショック」と呼ばれた大幅な価格の下落を招いたのだ(図表7)。その米国の産油量だが、2020年3月に過去最大となる日量1,310万バレルへ達したものの、新型コロナ禍の感染第1波の影響で同年8月には970万バレルまで落ち込んだ。その後、回復に向かったが、現在は1,230万バレル程度で伸び悩んでいる。シェール・ガス、オイルの有望な鉱床が少なくなったことに加え、ジョー・バイデン政権による環境重視の政策が影響しているのではないか。昨年3月にはWTI原油先物が一時120ドル台となり、米国のインフレが深刻化するなか、バイデン政権は国家備蓄の放出を開始した。その結果、2020年7月に21億バレルに達していた米国の原油在庫は、今年3月末に16億バレルを割っている。これ以上の在庫減少は安全保障に関わるため、備蓄の取り崩しは既に終了した。米国、日本、そして欧州の主要国が軒並み2050年までのカーボンニュートラルを宣言するなか、石油の需要は趨勢的に減少するだろう。原油は探鉱を含めて開発期間が長く、初期投資が非常に重いため、需要先細りの環境下で事業者は設備投資を抑制せざるを得ないと考えられる。価格の上昇期にも米国で原油生産が伸びなかった要因の1つである。中東の主要産油国も同様で、特に産油量の少ない国は既存の油田が枯渇すれば撤退も有力な選択肢になった。一方、原油需要が直ぐに激減するわけではない。中国が不透明要因ではあるものの、世界経済の成長に沿って一時的に原油の消費が増加する局面もあると考えられる。その場合、どこかのタイミングで需要と供給のバランスが崩れ、再び原油価格が急騰、かなりの期間にわたって高止まりするシナリオは十分に起こり得る。サウジアラビアなど主要産油国は、そうした状況下で十分な利益を確保できるよう、長期的な戦略を実践しているのではないか。つまり、価格の上昇を抑えて米国のシェールオイルを含め新規の油田開発を抑え込み、需要国の脱化石燃料化加速を防ぐ一方で、自国の財政収支が悪化しない水準に原油価格を誘導する需給調整である。そうした中、世界経済が次の力強い成長サイクルに入れば、原油をはじめとする資源価格が再びインフレの主役に躍り出る可能性は否定できない。つまり、有力産油国は最後の儲けのチャンスとして残余者利得を得るわけだ。資源のない日本は、国際社会がインフレの時代に突入したとの認識をしっかり持ち続ける必要がある。さらに、再生可能エネルギー、原子力、そして水素・アンモニアの活用により、脱炭素とエネルギーの安定供給の二兎を追わなければならないだろう。
- 08 Aug 2023
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気候変動への対応はもはや待ったなし
今年の東京地方は梅雨明け前から連日の猛暑になった。都心部における7月の平均気温の過去最高は、2001年、2004年に記録した28.5℃だが、今年はそれを更新する可能性がある。気象庁にデータの残る1876年以降、東京都心部の年平均気温は10年に0.2℃のペースで上昇してきた(図表1)。具体的には、1876年から20年間の平均気温は13.9℃だが、2022年までの10年間だと16.4℃だ。温暖化は着実に進みつつあると言えるだろう。日本全国では、九州、中国、そして東北地方において梅雨前線の停滞による記録的大雨があった。豪雨災害に関する報道によると、被災地域において多くの方が異口同音に「経験のない降水量」に言及されていたのが印象に残る。今年は6月にも和歌山、三重、愛知、静岡の各県を中心に激しい豪雨が発生した。1時間に50㎜以上の非常に激しい雨の発生件数は、年毎に大きな振幅があるものの、趨勢として増加基調にある(図表2)。2018年以降の5年間では、2018年7月の西日本豪雨、2019年8月の九州北部豪雨、同9月の台風15号、19号、2020年7月の熊本豪雨、2021年7月の熱海市豪雨、同8月の西日本豪雨、2022年8月の東北地方豪雨、同9月の台風14号、15号など、「これまでにない」、「記録的」と表現される水害が続いた。国土交通省によれば、2017~2021年の5年間、水害による被害額は年平均1兆300億円に達する。その前の5年間が同3,805億円なので、一気に3倍になったわけだ。これは看過できない規模の経済的損失と言えるだろう。天気予報において、「線状降水帯」との言葉を初めて使用したのは、加藤輝之気象庁気象研究所台風・災害研究部部長、吉崎正憲大正大学教授(※いずれも2023年7月現在の役職)が執筆、2007年1月に出版された『豪雨・豪雪の気象学』(朝倉書店)だそうである。こうした専門用語が生まれてからわずか16年間の間に一般化したのは、該当する現象がそれだけ人々の生活に影響を及ぼしている証左と言えるのではないか。そして異常気象により大きな経済的被害が繰り返されるだけでなく、生態系の変化を通じて農業や漁業にも大きなインパクトが及んでいる。地球規模の気候変動は、日本にも多大な影響を与えつつあると考えるべきだろう。 頻発する山林火災、水害が変える米国の意識さる7月12日付け日本経済新聞に『世界で熱波・水害拡大 経済損失は数年で420兆円』との記事があった。日本を含め熱波や水害による被害が世界中で頻発し、それを象徴する現象が様々な地域で顕在化している。例えば森林が美しいカナダは、例年、5~8月にかけて山火事が頻発することが珍しくない。もっとも、東部のケベック州を中心とする今年の山火事は、いつになく巨大な規模になった模様だ。その煤煙は国境を越えてニューヨークの空を覆う事態に至った。米国のジョー・バイデン大統領は、6月8日、この件で国民に向け声明を発表したが、冒頭で深刻な制御不能の森林火災に関し、「今朝、多くの米国国民がカナダの圧倒的な山火事による煙害を経験している。それは、気候変動による影響のさらなる厳しい警鐘だ」と地球温暖化の影響であることを訴えている。山林火災については、米国も人ごとではない。特に西部の主要州であるカリフォルニアでは旱魃が続き、例年のように大きな山火事が発生している。全米省庁合同火災センター(NIFC)によると、米国における野火の被害は2000年代に入って急増、1990年代に年平均1万3,450平方キロメートルだった焼失面積は、2020~22年の3年間だと倍以上の同3万3,487平方キロメートルに達した(図表3)。九州の面積が3万6,782平方キロメートルなので、年毎にその9割程度が焼失したことになる。これは、米国の平均気温上昇と無関係ではないだろう。また日本同様に、豪雨による被害も深刻さを増しつつある。異常降水量を記録した地域の面積は、2020年までの5年間の平均で国土の6.3%に達した(図表4)。これは、米国海洋大気庁(NOAA)が信頼度の高いデータを持つ1895年以降で最も高い水準に他ならない。ちなみに、エネルギー多消費社会の米国では、近年まで環境問題に関する国民の関心はあまり高くないと見られてきた。それが変化する起点となったのは、2005年と言われている。この年の2月27日、第77回アカデミー賞授賞式が行われたのだが、『アビエイター』で主演男優賞にノミネートされたレオナルド・ディカプリオが、会場のコダック・シアターへ大型のリムジンではなくプリウスに乗って登場した。プレゼンターを務めたシャーリーズ・セロンなども乗っていたのはプリウスだ。ハリウッドのスター達が敢えてハイブリッド車を使ったことは、一般の消費者にも一定の影響を及ぼした。より大きなインパクトになったのは、この年の8月、米国南東部を襲ったハリケーン・カトリーナではないか。メキシコ湾に面し、ミシシッピ川の河口に位置する重要都市、ニューオリンズの中心市街が水没、死者は1,836名に及んだ。米国を襲ったハリケーンとしては、約1万が犠牲になったとされる1900年のガルベストン、2,500名以上が亡くなった1928年のオキーチョビーの両ハリケーンに続く規模だ。ビル・クリントン政権で副大統領を務めたアルバート・ゴア氏の『不都合な真実』(ランダムハウス講談社)が出版され、映画が公開されたのは2007年1月のことである。この書籍と映画が米国で大きな話題となったのは、ハリケーン・カトリーナの記憶が生々しく残っていたことも一因だろう。ゴア氏は環境問題への取り組みが評価され、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)と共に2007年のノーベル平和賞を受賞した。その後、土木・鉱業が大きく前進して水平坑井と水圧破砕の技術が開発され、2010年代に入ってからの米国はシェール革命に沸き、エネルギーの自給へ向けて大きく舵を切ったと言える。自前の化石燃料が確保できたことから、必然的に地球温暖化問題への関心は低下した。世界最大の産油国になるなか、例えば自動車では大型のピックアップトラックが売れ筋になったのである。しかしながら、2020年の大統領選挙において、バイデン大統領は温暖化対策を公約の柱の1つに掲げて勝利した。森林火災やハリケーン、竜巻による深刻な被害が頻発するなか、米国でも再び気候変動問題が脚光を浴びつつあると言えるだろう。共和党を中心に懐疑論も根強い一方で、温暖化対策への取り組みは米国にも確実に根付いたのではないか。 「努力目標」から「必達目標」となった2050年のカーボンニュートラル気候変動は生態系に大きな影響を及ぼしつつあるだけでなく、自然災害を通じて人的被害、そして経済へのインパクトも甚大な規模になった。ベルギーのルーヴァン・カトリック大学の調査によれば、2018~2022年の5年間、地震や火山活動を含めた自然災害の被害額は7,182億ドルである。特に嵐は全体の5割を超える3,710億ドルに達し、水害の2,030億ドルが続いた(図表5)。これらは直接、間接的に地球温暖化による異常気象が要因と考えられる。温暖化が人類の営みにより進んでいるとすれば、産業革命以降の急速な経済・社会の近代化が、極めて大きな負の効果をもたらしつつある可能性は否定できない。特に看過できないのは、その影響が急速に拡大していることだ。気候変動が影響した可能性のある自然災害、即ち旱魃、水害、山崩れ、地滑り、嵐、森林火災が世界に及ぼした経済的ダメージは、2020~22年の3年間における年平均で1,567億ドルに達した(図表6)。これは、1950~59年の年平均に対して物価上昇の影響を除いた実質ベースで、36.3倍にあたる。2015年11月30日から12月12日に開催された第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択された『パリ協定』では、周知の通り「産業革命以前と比較し、世界の平均気温の上昇を2℃より低く保ち、かつ1.5℃に抑えることを目標」にすることが決まった。英国から広がった産業革命の起点については諸説あるようだが、1764年、ジェームズ・ハーグリーブズが複数の糸を同時に紡げる『ジェニー紡績機』を発明した頃とする学説が一般的だろう。紡績の生産量が飛躍的に拡大したのは1787年におけるエドモンド・カートライトの蒸気機関を使った『力織機』の発明が大きな転機だった。ただし、温室効果ガスの排出量が飛躍的に増えたのは、1830年9月15日、ロバート・スティーブンソンの発明した蒸気機関車によるリバプール・マンチェスター鉄道の開業が契機と言える。蒸気を作るエネルギー源として石炭が使われたことにより、温室効果ガスの排出量は飛躍的に増加した。さらに、第2次世界大戦後の1960年代から米国を中心として『黄金の60年代』へ突入、主要先進国では第1次モータリゼーションの下で自動車が普及した。それが、化石燃料の利用を大きく拡大させ、温室効果ガス排出量と世界の平均気温は角度の大きな右肩上がりとなったのだ。オックスフォード大学を拠点とする "Our World in Data" によれば、1850~1899年の50年間に年平均で55億トンだった世界の温室効果ガス排出量は、2002~2021年の20年間の年平均では9倍の年503億トンになっている(図表7)。その結果、1850年に大気中の濃度が284.0 ppmだった二酸化炭素濃度は、2022年には417.7 ppmに上昇した。英国気象庁ハドレー気候予測研究センターのデータを見ると、世界の平均気温は温室効果ガスの排出量拡大に伴い1900年代に入って明らかな上昇トレンドをたどっている。具体的には、2022年まで直近20年間の平均気温は、1850~1899年の50年間の平均に比べ1.04℃上昇した。ここ50年間は上昇のペースが速まっており、パリ協定で示された「産業革命以前と比較して1.5℃」の目標を維持するのは容易なことではないだろう。しかしながら、それが達成できなければ、気候変動はさらに加速、経済的なダメージも拡大して人類は自分で自分の首を絞めることになりかねない。日本を含む主要国が既に2050年までのカーボンニュートラル実現を国際公約した。それが努力目標である時期は既に過ぎ、必達目標になったと言えるのではないか。 「異常」の「常態化」に立ち向かうカーボンニュートラルの達成に必要なのは、制度設計と技術革新、そして投資である。このうち、日本にとって喫緊の課題はカーボンプライシングの早期導入だ。特に民間の自律的な投資を促し、新技術の開発を進める上で、キャップ・アンド・トレードの市場整備が必要だろう。昨年11月29日の第4回グリーントランスフォーメンション実行会議(GX実行会議)において、カーボンプライシングを活用する方向は決まった。しかしながら、スピードや効果の点でまだ多くの疑問が残る。温室効果ガスは、二酸化炭素ベースでの換算が容易であり、基本的に規格化可能な対象である以上、早晩、国際的なマーケットで裁定取引が行われる可能性が強い。その場合、2005年から欧州排出量取引市場(EU-ETS)を開設、敢えて厳しい基準を設けて排出量のクレジット価格を引き上げ、域内企業の競争力を強化する戦略を採るEUは、明らかに先行していると考えるべきだろう。また、金融に関するテクノロジーの進んだ米国も、市場の主導権を狙うことが想定される。さらに、今年4月18日、欧州議会は1990年比55%削減のための政策パッケージである "Fit for 55" に関連した5つの法案を承認した。その柱は炭素国境調整メカニズム(CBAM: Carbon Border Adjustment Mechanism)の導入だ。CBAMは、水素、セメント、鉄・鉄鋼、アルミニウム、肥料、電力に関し、EU域内の事業者が域外から製品を輸入する際、域内で製造した場合にEU-ETSの市場価格に基づいて課される炭素価格と同等の価格の支払いを義務付ける制度に他ならない(図表8)。これは、第一義的には温室効果ガス削減のコストを負担した域内企業が、国際競争の上で不利にならないことを目指した措置と言える。ただし、狙いはそれだけではないだろう。EUだけが厳しい規制を設けると、結局、中国など環境規制の緩い国に製造拠点がシフトする結果、地球規模で見れば温室効果ガスの排出量がむしろ増えてしまうことへの対策の意味もある。加えて、EUが国境調整を主導することにより、国際的なカーボンプライシングをEU-ETSの価格に収斂させることを意図しているのではないか。CBAMは今年10月から移行期間に入り、2026年から本格的に導入されることが決まった。EUの取り組みは、単に再生可能エネルギーの活用で温室効果ガスの排出量を削減するだけでなく、国際競争力の確保など広範な影響に目配りした極めて戦略的なものと言える。日本の対応が遅れれば、追い付くことが難しい差が付きかねない状況だ。温室効果ガスの排出削減は、特にエネルギー源での対応が極めて重要であることに疑問の余地はない。カーボンプライシングを軸とする制度を早期に導入し、インセンティブとペナルティにより民間投資を喚起する必要があるだろう。洋上風力、バッテリー、水素(アンモニア)、高効率の送電システム、二酸化炭素の埋設処分(CCS)がテクノロジーにおける国際競争の核になる確率が高まるなかで、政府主導ではなく、民間の技術開発と実用化を後押しする政策が期待される。さらに、原子力発電所の再稼働、リプレースを促進し、エネルギーの安定供給と経済合理性、そして安全の確保に努めることが必要だ。今夏は世界中で異常気象が猛威を振るっている。最早、これは「異常」とは言えず、「異常の常態化」に他ならない。さらなる異常が当たり前にならぬよう、思い切った決断と投資が求められる。
- 25 Jul 2023
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東芝ESS 革新軽水炉「iBR」などを発表
東芝エネルギーシステムズ(東芝ESS)は7月11日、同社が取り組む「カーボンニュートラルやエネルギー安定供給に貢献する原子力技術」をテーマに、報道関係者らと意見交換を行う「東芝技術サロン」を開催。その中で、革新軽水炉「iBR」のコンセプトが紹介された。冒頭、薄井秀和取締役(原子力技師長)は、火力、原子力、再生可能エネルギー、水素エネルギー、電力流通、医療分野の技術(重粒子線治療装置など)と、同社の手掛けるエネルギー事業領域を掲げ、「多くの事業で世界トップレベルの技術力を持っており、これまで数多くの実績を残している」と強調。その上で、電気を「つくる」、「おくる」、「ためる」、「かしこくつかう」ことを通じ、「将来のエネルギーのあり方そのものをデザインし社会に貢献していく」と、東芝グループのカーボンニュートラルやエネルギー安定供給に対する取組姿勢をあらためて示した。原子力発電所の設計・工事の効率化、再稼働、稼働率向上に向けては、軽水炉技師長の松永圭司氏が説明。東芝独自の技術により、例えば、東北電力女川2号機のサプレッションチェンバ(原子炉格納容器下部を囲むドーナツ型の容器)の耐震強化工事では、実物大のモックアップを用いた溶接員の習熟訓練などに努め、厳しい精度が要求される工事が工程・予算通りに進められてきたという。この他、現在・過去・未来の現場状況をパノラマ化する「3Dプラントビューア」、現場作業エリア管理をデジタル化する「エリア管理システム」などを紹介。東芝が培ってきた技術力の強みをアピールし、「デジタル技術を組み合わせることで付加価値の高いサービスを提供していく」と強調した。革新炉開発については、パワーシステム事業部シニアフェローの坂下嘉章氏が、革新安全軽水炉「iBR」のコンセプトを紹介。堅牢な建屋、静的メカニズムを取り入れた安全システムを採用し、さらなる安全性向上と安全設備・建屋の合理化を同時に達成するほか、再循環流量の加減により原子炉出力を容易に調整するABWRの特性を活かし再生可能エネルギーとの共存も図る。また、同氏は、将来の原子力のあるべき姿を多様な部門の幅広い年齢層の社員で討議してまとめた「原子力発電所Vision」を披露。「私たちの原子力発電所は、安全、安心はもちろんのこと、その技術の先進性をもって、発電所の存在が、関わる人々にとって心身ともに快適であり、誇りであり、将来の人々の営みにエネルギーを送り続けることで、豊かな生活の実現に貢献する」というもの。東芝は「iBR」の開発を通じ「新たな社会との共生の関係を築きあげる」ことを目指している。
- 18 Jul 2023
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IAEAグロッシー事務局長が講演 産業界に支援求める
日本原子力産業協会は7月7日、都内で、IAEAのラファエル・マリアーノ・グロッシー事務局長(7月4~7日に日本滞在)による講演会を開催(日本経済団体連合会共催、外務省後援)。グロッシー事務局長は、産業界から集まった約70名の参加者に、IAEAが途上国の支援に向け実施している活動への理解および経済的支援を強く呼びかけた。IAEAでは、発電分野にとどまらず、保健・医療、食料、農業、環境保全、水資源管理など、多分野の放射線利用に係る取組に注力しており、加盟各国からの関心も高まっている。今回の講演会は、「IAEAがSDGsや気候変動といった『グローバルアジェンダ』に対し、いかに幅広く貢献しているのか」について紹介し、IAEAと日本企業との関係構築の一助とするもの。グロッシー事務局長はまず、「IAEAをパートナーとして見て欲しい。われわれが取り組む世界的な活動のどこかに皆さんが『ともに参加できる領域』がある」と述べ、日本の産業界と今後も連携していく意向を示した。その中で、グロッシー事務局長は、「アフリカでは人口の7割が放射線治療にアクセスできない」と、途上国のがん患者をめぐる状況を危惧し、自身が音頭を取って1年半前、放射線治療施設が欠陥・不足している20以上の加盟国を支援するイニシアティブ「Rays of Hope」を立ち上げたことを紹介。その他、医療分野では感染症を媒介する虫の根絶に、農業分野ではかんばつに強い作物の品種開発で放射線技術が用いられ、開発途上国の経済発展に寄与していると述べた。また、最近、関心が高まっている取組として、海洋プラスチック問題に対応するイニシアティブ「NUTEC Plastic」を紹介。「同位体トレーシング」と呼ばれる技術により、プラスチックの再利用をより環境に優しく実現するもので、インドネシアなどでパイロットプラントが立ち上がっているという。「Rays of Hope」も「NUTEC Plastics」も日本政府が拠出金による支援を行っている。一方で、グロッシー事務局長は、「今、われわれが取り組んでいる問題の規模は巨大で、民間企業のダイナミックな力も必要だ」と強調し、産業界に対しIAEAが進めるプロジェクトへの理解・支援をあらためて求めた。グロッシー事務局長は、地球温暖化に伴い原子力エネルギーが世界中で大きな関心を集めている点にも言及。講演後、参加者との間で、浮体式原子力発電所の将来性、一方で、規制対応、産業界の標準化、ファイナンス面での課題についても質疑応答がなされた。また、若手女性研究者を支援する「IAEAマリー・キュリー奨学金」に関連し、参加者から学生向けプログラムの導入を求める声があったのに対し、グロッシー事務局長は、「今回の来日で、福島を訪問した際、生徒たちに原子力について説明したいという地元の高校の先生に会った。次回、福島を訪れた際には、高校生たちと対話したい」などと、微力ながら応えていく姿勢を示した。
- 10 Jul 2023
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アツイタマシイ Vol.5 黒﨑 健さん
「次世代」って?政府が推進する「次世代革新炉」とは何でしょうか?黒﨑「次世代革新炉」という表現が出てきたのはここ1~2年のことだと思います。その「次世代革新炉」にも5タイプあって、技術的には新しいものも以前からあるものも含まれています。たとえば、「革新軽水炉」は、まさにこれから作る最先端技術を取り入れた軽水炉という意味で、新しいものです。小型軽水炉も新しい方に入ります。一方で、高速炉や高温ガス炉は、昔からありますね。高速炉は日本原子力研究開発機構(JAEA)の「もんじゅ」(福井県敦賀市)がありましたし、高温ガス炉は、同じくJAEAの高温工学試験研究炉(HTTR、茨城県大洗町)が動いています。炉としては新しいわけではありませんが、たとえば、高温ガス炉を使って水素を作るといった考えが新しく出てきています。もちろん、水素を作ることも以前から言われていますが、その事業化や水素業界との連携を国を挙げてスタートさせるということが、そうした姿勢というか取り組みが新しいわけです。次世代革新炉の中にある核融合炉は研究段階ですよね?その他にも研究段階のものが数多くあるのでしょうか?黒﨑革新炉WGで挙げているのは核融合炉までですが、その他にも研究開発中の革新炉はいろいろあります。たとえば、浮体式原発。かつての原子力船むつにあったような原子炉ですが、それを巨大なイカダの上に置いて海に浮かぶ発電所にするというところが新しい。そのほかに、溶融塩炉やマイクロ炉といったものも研究開発されています。今までの原子炉とどう違うのでしょうか?黒﨑たとえば、安全性は格段に高まっています。もちろん、既存の原子炉も、新規制基準に適合するように様々な対策が追加で付け加わっているので、安全性は高まっていますが、費用も莫大にかかり、全体最適化という意味でスマートかというとそうではありません。その点、これから作ろうとしている革新軽水炉は、最初から新規制基準への対応が設計に組み込まれ、“シュッとした” 原子炉と言えます(笑)「次世代」という表現は、どのようなニュアンスなのでしょうか?黒﨑次世代革新炉の中でも事業実現性が高いのは、革新軽水炉と考えています。2050年カーボンニュートラルを達成するには、既存炉の再稼働だけでは足りませんし、運転期間を延長しても足りません。そこで、新しい原子炉が必要ですが、いきなり高速炉や小型モジュール炉(SMR)というよりは、既存の軽水炉の最先端版を作ろうというのが、革新軽水炉です。革新軽水炉によるリプレースと、将来を見据えた高速炉の研究開発推進というのが一つの進め方になるでしょう。しかしそれだけではなかなか進まないので、高温ガス炉による水素製造や、主に北米などで開発が進むSMRの開発、さらに核融合なども含めて「次世代革新炉」という表現でひとくくりにして進めていこうということだと思います。チョルノービリ事故でめざめた興味黒﨑先生が原子力に興味を持つようになったきっかけを教えてください。黒﨑中学生のときにチョルノービリ(チェルノブイリ)原子力発電所事故がありました。すごく大きな事故が遠いところで起こったというニュースで、子どもなりにいろいろ調べると、「原子力」というものがあると。それで、なぜだかよくわからないけれど、その「原子力」に関わるような仕事をしたいと思ったのが最初のきっかけです...といつも学生たちには話しています(笑)原子力というものが日本にもあって、それに関係する仕事をしたいと。黒﨑はい。原子力発電所とか、その仕組みとか、詳しいことは何も知りませんでした。ですからもしかしたら、福島第一原子力発電所の事故がきっかけで、もっと知りたいと思った若い人がいたらいいなと思い、いつもその話をしています。原子力に否定的な人たちも多い世の中で、あえて原子力の道を選んだということですね。黒﨑あまり人が選ばないものを選ぶというような気持ちもあったかもしれません。僕は音楽が好きで、昔から好きで追っかけているザ・ピロウズというバンドがあるのですが、これがあまり有名じゃない(笑)Mr.Childrenやスピッツと同期で、メジャーデビューして30年以上経ちます。ほかのバンドは売れたのですが、僕の好きなピロウズはちっとも売れなくて。テレビにもラジオにも流れない。でも、ピロウズが好きで、CDを買ったりして1人で聴いていました。一度ライブに行ってみたら、小さなライブハウスなんですけど、ピロウズが好きな人ばかり集まっていて、「こんなにピロウズ好きな人が僕以外にもおるんや!」と思ったのと同じ気持ちを、大学に入学した時に感じたことを思い出しました。「原子力が好き」という思いを抱いて阪大工学部の原子力教室に足を踏み入れたら、同じような人が40人いたという(笑)福島第一原子力発電所事故を受けとめて福島第一原子力発電所事故の後、世の中が反原発、脱原発の雰囲気になりました。黒﨑先生はどのように受けとめておられましたか?黒﨑僕自身は関西にいたので、少し距離がありました。東京や東北の先生方は、身近なところで事故が起きて、もうなんかすごく大変な様子が見えていましたが、大阪にいると、事故に関係する話に関わりたいけれど関われないという気持ちの方が大きかったですね。そのため、ちょっとゆっくり、物事を考えることができる時期があったのかなと思います。福島第一原子力発電所の中でどんなことが起きていたのか、デブリの取り出しをどうするのか、といったことを考えていました。原子力の専門家ということで、身近な人たちから白い目で見られる感じはありましたか?黒﨑目に見えてそのような感じはありませんでしたが、肩身の狭さは少なからずあったと思います。これから脱原発が進んでいくと思われましたか?黒﨑それは現実的に無理だと思っていました。再生可能エネルギーだけで日本の電力をどこまで賄えるのかという話もありますし、化石燃料はいろいろな意味で課題山積です。もちろん、そういう意味では原子力も課題山積ですが、だからと言って原子力だけを止めてしまうのは問題ではないかと。また原子力が必要だという時が絶対に来るとは思っていました。まさに今ですよね。ウクライナの問題もあって、時代がだんだん変わってきています。日本には原子力が必要だという黒﨑先生の信念は変わらないわけですね。黒﨑変わりません。少なくとも「2050年カーボンニュートラル」をやるのであれば、原子力は絶対必要です。まさにエネルギーミックスなのだと思います。どれか一つに絞るという話ではなく、原子力も再エネも、そして、火力も今は三本柱のうちの一つであって、やめてはいけないと思います。2050年ってすぐそこですよ。原子力をやらずに、あと30年も経たないうちに炭素排出量を実質ゼロにするなんて、ほとんど不可能だと思います。そして、日本には核燃料サイクルも必要だと。黒﨑核燃料サイクルの中には、放射性廃棄物の最終処分も入っています。自分で作ったごみは自分で処分しなければなりません。そういう意味で核燃料サイクルは必要です。使用済み燃料の再処理も必要なのですか?黒﨑再処理に関しては、国によって考え方や方針が違います。アメリカのように再処理せずに直接処分を志向する国もありますが、日本では再処理が必要だと僕は思っています。日本は資源がない国で、ウランも海外から輸入しています。だから、外国から買っているウランを使える限り使い倒すという意味でのリサイクル、再処理をやっていくというのは日本にとっては必要だと思っています。そのうえで最終処分もやる。高レベル放射性廃棄物の最終処分高レベル放射性廃棄物処分はとても難しい問題ですね。黒﨑10万年後のことなんて想像もできないくらい遠い未来ですよね。そういった想像を絶する未来のことも考えながら物事を進めなければならないことに、この問題の難しさがあります。それでも地下深くに埋めたほうがいいとお考えですか?黒﨑そうですね。地層処分というのは国際的にも現時点で最も現実的な技術だと認識されています。もう一つ、「10万年」という言葉が独り歩きしていますが、高速炉をうまく使えば10万年と言われているタイムスケールを300年に縮めることができるといわれています。高レベル放射性廃棄物の有害度低減と呼んでいます。300年でしたら、今の技術で、工学的に可能と言える範囲で物事を進めることができると思います。原子力をめぐる対話の試み原子力に否定的な人たちと話す機会はありますか?黒﨑あります。5~6年前のことですが、阪大の工学研究科にいた頃、大学として、新しい博士人材育成のための文理融合型の大学院教育プロジェクトを、文科省の支援の下でやっていまして、その中で今から考えると結構チャレンジングな授業を実施していました。文系と理系の大学院生を20人ぐらいバスで福井県の原子力発電所立地地域に連れて行くんです。現地で、原子力に肯定的な意見を持っている敦賀の原子力平和利用協議会の青年団の方々とディスカッションをして、その後、原子力に否定的な意見を持っている小浜市内のお寺の住職さんのところに押し掛けてディスカッションをする。初日にそれをやり、翌日は実際に発電所を見学します。面白いですね。黒﨑どちらのディスカッションも面白く、カラーがあります。住職さんには住職さんのお考えがあり、青年団の方は青年団の方でお考えがあります。ディスカッションというと議論をするというように思われるかもしれませんが、どちらかというと、お考えを聞かせていただく、というようなスタンスで学生達は参加していました。原子力に肯定的な意見と否定的な意見を両方聞いた結果、どうなるのでしょうか?黒﨑授業の目的は、別に賛成・反対を判断することではなくて、授業を通じて、自身の考えを持ってもらうということです。いろいろな人の話を聞いて、自分で考えて、その考えの変化を自分の言葉で述べさせます。授業を終えた後は、原子力に肯定的になる学生が多いですね。若い感性、柔軟な頭で、論理的に物事を考え出すと、結論としてはそうなるのかなと思っています。全面的に賛成ではなく、安全性の問題や廃棄物の最終処分という課題があり、そこは解決しなければならないという前提で賛成というような、より現実的な意見もあります。仮に黒﨑先生が、原子力に否定的な人と膝詰めで話す場面があるとしたら、どんな対話をしますか?黒﨑話を聞くことに徹すると思います。こちらから主張すると意見が対立することもありますし。話を聞いて、言いたいことを言ってもらって、考えを聞くだけでもいいのかなと思っています。むしろ聞いてみたいです。いろんな方のお考えを知ることも勉強ですし。実は、この授業は僕と社会科学系の先生と2人で担当していました。その先生は原子力に対して慎重なご意見をお持ちの方でした。慎重なお考えの人と話し合いながら、授業を組み立てていくのですか!?黒﨑そういうことです。事前学習では、僕が原子力の平和利用、主に発電とかエネルギー事情の話を90分します。そしてこの社会科学系の先生は、原子力に対して慎重なお考えを90分します。それからみんなで仲良くバスに乗って出掛けるわけです。事前に両方の話を聞くわけですね。黒﨑そうです。この先生は、太平洋のミクロネシアやポリネシアの人文・社会科学がご専門です。原子力に対しては慎重なお考えをお持ちですが、でも、「気になる」ということで、ご自身で原子力発電所を見学に出掛けたりする方なんです。僕たちすごく仲がいいんですよ。僕の研究や仕事内容もその先生は理解されています。敵対するわけではなく、言い合いするわけでもない。コミュニケーションって、そういうものではないでしょうか?原子力による新たな価値創造黒﨑先生にとって、原子力の魅力はどういうところにありますか?黒﨑さきほども言いましたが、僕にはあまり人が選ばないものを選ぶというところがあって。原子力って正直なところ大人気というわけではないじゃないですか。でもすごく必要で、重要性は高いのだけれど、あまり人気がないというのは、ある種の特徴であって魅力なのかなと思っています。昨今言われる「原子力による新たな価値の創造」とは、どのようなものでしょうか?黒﨑一つは、再エネとの連動や、熱利用による水素製造などが挙げられていますが、それ以外にも、原子炉を利用して放射性同位体の薬を作るとか。今後大きなビジネスに発展しそうな、そういうところに、発電だけではない原子力の新しい価値があります。医療にも放射線が使われていて、私が所長を務める京大の複合原子力科学研究所(複合研)でも積極的に取り組んでいます。僕は原子力のほかに、実はもう一つ別の分野の研究にも同じぐらい力を入れています。熱を電気に直接変換する熱電変換という技術の研究です。熱を直接電気に変換する!?そんなことができるなら、何でも熱いものから電気ができることになりますね。黒﨑そういうことです。原子力分野では核燃料の研究をしてこられましたね。黒﨑はい。僕が研究しているのは、たとえばごく一例ですが、原子炉の中で核燃料が燃焼、核分裂した後、どのように組織が変わっていくかということです。最初はきれいなペレットですが、燃焼させると大きく組織が変わります。ヒビが入ってくるのです。ヒビが入ると、当然熱の伝わり具合が変わってくるので、どのようにヒビが入るのか、きちんと理解しておく必要があるわけです。これがなかなか難しいのです。もう一つ、材料開発に情報科学やデータサイエンスを組み込むマテリアルズ・インフォマティクス(MI)という分野があるのですが、それを原子力分野に応用するという研究に取り組んでいます。熱電分野では、MIがそれなりに取り入れられているのですが、原子力の方ではまだあまり使われていないので、熱電変換の研究で培ってきた知識や経験を原子力分野に応用するという研究に、予算をつけていただき、2~3年前から取り組んでいます。僕の恩師は今の原子力規制委員会の山中伸介委員長です。熱電変換の研究に取り組んだのは山中先生のおかげです。「原子力ばかりやっていたら、時代の波もあるし視野が狭くなるから、違うテーマもやった方がいいよ」と山中先生に勧められて、その頃、先生が始められた熱電の研究を一緒にやらせてもらいました。一つの分野だけでなく、別の分野にも同じぐらいのウェイトを置いて研究してきて本当に良かったと思います。原子力のことを考えていくにしても、視野を広げられて良かったということでしょうか?黒﨑その通りです。全然違う分野ですが、基盤は共通しているのです。たとえば、熱電というのは材料が熱をどう伝えるかという性質を勉強する学問が基礎になりますし、核燃料も熱を伝えるということがだいじなんです。そういうところが共通していて、理解するために学ぶべきことも共通しています。ですが分野は全く異なっていて、関わっている研究者も全く異なる人たちなんですよ(笑)そうすると、両方の人たちとのネットワークができますね。黒﨑複数の分野に興味を持つとそういうことになります。それはとても良かったと思っています。原子力イノベーションでどのような社会を目指すのか「次世代革新炉」の開発や原子力イノベーションによって、どのような社会になっていくのでしょうか?黒﨑今は電気の社会なんですよ。電気がこんなに使われるようになったのはつい最近のことです。200~300年前はそうではなかった。200~300年後にどうなるかもわからない。もしかしたら、電気に代わる新しい何かができるかもしれません。そうなると原子力も発電としては意味がなくなってきますね。まぁ、なかなかそうはならないと僕は思っていますが。しばらくは電気の社会が続くと?黒﨑はい。しかも、もっと需要が増えるでしょう。電気を使う便利なものがどんどん増えて。基本法則ですが、エネルギーの総量は変わらなくて、形が変わっているだけの話なんですよ。電気もエネルギーの形の一つだし、熱もそうだし、原子力の核エネルギーもそうです。その中でエネルギーの形を変えて、最終的に電気という形で我々がいろいろなことに使っているというのが、今の世の中の仕組みです。これから電気がもっと必要になってくるので、その電気を作る担い手として原子力の必要性、重要性は大きく、次世代革新炉がその一翼を担っていくでしょう。もしも将来、電気を使わない時代がやってきて、放射性廃棄物だけが残ったら、原子力発電の恩恵を全く受けなかった将来世代が廃棄物を負担することになりますね。黒﨑確かに、今の世代で管理しきれないような廃棄物を出し続ける発電方法なんて、理想論で言うならばやめた方がいいのです。でも、今は代わりがない。代わりがあるとしても、化石燃料や再エネです。どちらもいろいろと課題があります。そうなると、課題はあるにしろ「原子力をうまく使っていきましょう」という言葉が近いのかもしれません。課題や後始末のことも、同時進行で考えていくしかないと。黒﨑そう思います。1950年代の日本の電力消費量は年間500億kWh程度で、その6割を水力発電でまかなっていました。それが今では年間1兆kWhもの電気を消費しています。現実的に考えて、70年前の年間500億kWhの時代に戻れるわけではありませんので、1兆kWhもの電気を何でまかなうかということになります。そんなにバラ色な感じではなく、原子力をやらざるを得ないということなのですね。黒﨑理想論だけではなく現実をきちんと見て理解することがだいじだということです。やらざるを得ないというだけでは、人材が集まらない気がしますが、ネガティブなところばかりでなく、原子力の可能性というものに、どうやって若い世代を惹きつければいいのでしょうか?黒﨑そういう意味では、「次世代革新炉」とか「原子力イノベーション」とか、その辺りが一つキーワードですね。宇宙開発はすごく若者を惹きつけています。夢があるので。でも、あれがビジネスになっているかと言うと、なかなかそうではなく、ただ一方で、国力の一つのバロメーターにはなっています。3月にロケットの打ち上げができなかった時に、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の人が、「失敗」と言わず、「発射中止」と言ったところ、マスコミが「これはどう見ても失敗なのに、なぜ失敗と言わないのか?」とJAXAの人に詰め寄りました。しかし、それを見ていた一般の人たちは、「失敗」じゃないから別に「失敗」と言わなくてもいいじゃないか、マスコミの方がおかしい、という世論になりました。これが原子力だったらどうなっていたか。「失敗と言うべきだ」と世の中の人たちから言われていたことでしょう。残念ながら、原子力とはそういう分野なのかもしれません。それでも惹き寄せられてくる若者もいるのではありませんか?黒﨑かつての僕のようにね(笑)原子力はあまり人気がない...でも、すごくだいじ。そこに惹かれる若者は、少ないながらも必ずいます。そしてそうした若者ほど、強い意志や自分の考え・意見を持っている。なので、それほど悲観することもないのかな、と思っています。
- 07 Jul 2023
- FEATURE
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GX推進が具体化へ エネ庁も組織見直し
政府の「GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議」が6月27日に開かれ、同会議の議長を務める岸田文雄首相は、GXの推進について「わが国の成長戦略の中核であるのみならず、経済安全保障の上でも大きな役割を果たす」と、政策の重要課題に位置付けられることを改めて強調。西村康稔経済産業相を中心に、関係府省庁が連携し前例にとらわれない大胆な政策の具体化を図るよう閣僚らに指示した。同会議の開催は、昨年末の「GX実現に向けた基本方針」決定以来、半年ぶり。会議終了後、記者会見を行った西村経産相は、GX推進の体制整備を見据えた7月4日付の幹部人事、資源エネルギー庁の組織見直しを発表。人事では、多田明弘事務次官の後任に、「脱炭素社会成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」(GX推進法)の総括責任者で経済産業政策の新機軸を牽引してきた飯田祐二経済産業政策局長兼首席エネルギー・環境・イノベーション政策統括官を充てる。また、平井裕秀経済産業審議官の後任に保坂伸資源エネルギー庁長官が、同長官の後任には村瀬佳史内閣府政策統括官(経済財政運営)がそれぞれ就く。一連の幹部人事に関し、西村経産相は、「通商政策、GX推進法の詳細な制度設計、半導体・蓄電池戦略といった様々な重要施策の継続性に万全を期していく」などと述べた。資源エネルギー庁の組織見直しについては、省エネルギー・新エネルギー部に水素およびアンモニアに特化して需要と供給の両面での政策を担う「水素・アンモニア課」を、資源・燃料部にGXを見据えた資源外交戦略を担う「国際資源戦略室」をそれぞれ新設。また、資源・燃料部では、石油・天然ガス課を「資源開発課」に、石油精製備蓄課と石油流通課を統合し「燃料供給基盤整備課」に、鉱物資源課と石炭課を統合し「鉱物資源課」にそれぞれ改組。課室名から石油、天然ガス、石炭の名が消え、カーボンニュートラル時代を見据えた大幅な体制見直しとなる。西村経産相は、「時代の大きな変化を感じている。新しい時代に向けてエネルギー政策をしっかり推進していきたい」と、決意を新たにした。
- 27 Jun 2023
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SMRの海外展開に意欲 日立製作所
経営戦略を説明する小島社長(日立ホームページより引用)日立製作所は6月13日、報道関係者・投資家を対象に同社グループの経営戦略について説明する「Hitachi Investor Day 2023」を開催し、小型モジュール炉(SMR)の海外展開に強い意欲を示した。冒頭、小島啓二社長は、市場成長を駆動する3つの技術潮流として、「グリーン」、「デジタル」、「コネクティブ」を掲げ、他社と差別化を図り優位性を確立するため、「複数のビジネスユニットが“One Hitachi”で協働する」と、事業間シナジーの重要性を強調。企業価値の向上に向け、環境価値の創出では「グリーンビジネス」を中心に「年1億トンのCO2排出量削減に貢献する」とした。「グリーンビジネス」に関しては、アリステア・ドーマー副社長が説明。同氏は、「世界の気候変動の問題は新しいテクノロジーなくして解決できない。将来のビジネスチャンス獲得に向け、優秀な人材、中期経営計画で研究開発投資8,000億円を『グリーンビジネス』に投入していく」と強調。さらに、産業の脱炭素化に係るビジネスチャンスを“Carbon Neutral as a Service”と称し、強く期待した。原子力エネルギーについて、ドーマー副社長は、SMRの潜在的市場規模の大きさを展望。SMRの標準化に向け、米国合弁会社のGE日立・ニュクリアエナジー(GEH)と、カナダ、ポーランドの各企業との技術協力に言及し、「複数の地域で、より信頼性が高く、コスト効果の高いクリーンなエネルギーを供給できるSMRをつくる」と強調した。
- 14 Jun 2023
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